after-15
「んむ⁉」
綿貫が俺の持つスプーンを口にくわたまま白崎の方を威圧気味に見る。
「もうちょっとしか正成君の残ってないよ?」
「ああ、ほんとだ」
白崎が言うので見てみると、既にプリン本体は四分の一にまでなっている。感情を殺してただ目の前の荷物を運搬する作業してるつもりでいたら気づかなかった。
「こ、これくらいじゃ私太らないもん!」
綿貫はやや食い気味に言うと、まだ手をつけてなかった自らのデザートを食べ始める。
白崎はそういう話をしていたわけじゃないと思うんだが……まぁ綿貫にそれを分かれという方が無茶な話か。
白崎もまた呆れたのか一つため息を吐くと、今度はこちらの方に目を向けた。
「正成君、私の半分くらいいる?」
白崎がやや首を傾げ聞いてくる。
「気持ちはありがたいが遠慮しとく」
「もしかして甘いのとかそんな好きじゃなかったかな?」
「好きではあるが」
言うと、白崎は顔を綻ばせる。
「そっか、それなら良かった。もし正成君が嫌じゃないなら食べて欲しいなって」
こちらを窺う様な視線の中には特に怪しさはない。もしここで一にも二もなく俺が断ったとしてもそのまま引き下がるだろう。ただもし純粋な要請であるのであればこちらに断る理由が無いのも事実。
「別に構わないが一応理由を聞いてもいいか?」
尋ねると、白崎は人差し指を頬のあたりにあて考える素振りを見せる。
「うーん、まぁダイエットかな?」
「ダイエットね……」
そんな天使の名に恥じぬバランスの取れた体型でか。無難な理由ではあるものの白々しい事この上無いな。
ただこの一連の流れが白崎による配慮である事は詳らかに語るまでも無い。あくまで要請という形を取ることで相手に気を遣わせないようにしているのだろう。この場面だけ切り取れば人としての器が綿貫とは雲泥の差だ。
「分かった。そう言う事なら頂くとする」
「助かるよ。ありがと」
白崎は丁寧にフォークでケーキを切り分けると、わざわざ小皿に移してこちらへと渡してくる。
「え、ちょ、ちょっと待ってまーくん? それなに!」
小皿を受け取ると、綿貫が横から食い気味に口を挟んでくる。
「見たまんまだろ」
ケーキを口に運ぼうとすると、綿貫は大慌てで腕を抑えようとしてくる。
「だ、駄目だよ! 食べたら駄目!」
「なんでだよ」
「そ、それは、えと……」
綿貫がひとしきり目を泳がせると、何か思いついたか出し抜けに人差し指を突き立てる。
「ど、毒! そう毒だよ! それ毒入ってるよ絶対!」
「何を馬鹿な事を……」
まぁぶっちゃけ白崎ならそういう事しかねない部分もある気がしないでもないが、俺の見ていた限り何か仕込むような隙は無かった。
「ほんとそうだよ」
ふと白崎が口を開く。
「そんな事言ってまで食べたいなんて空那ちゃん流石にそれは卑しすぎるんじゃないかな?」
卑しいとはまた強烈な言葉を選んできましたね。
「は、はあ⁉ そんなわけないでしょ! 白崎から渡されたものなんてぜーったい食べるわけないもん!」
「あ、そうなんだぁー? 空那ちゃん卑しん……ふふっ、食いしん坊だし、てっきり食べ物ならなんでも口に入れちゃう人なのかと思ってたよ~。ごめんね?」
ウィンクし手を合わせる白崎の所作は完全に綿貫を煽りに行っている。しかもわざと卑しって挟んだだろ。
「んぬ、ぬうう……!」
綿貫は顔を真っ赤にし煮えくり返った感情が漏れ出てるのが目の端にやや涙を浮かべる始末。煽り耐性ほんと無いなこいつ。
呆れつつ白崎からも分けてもらったケーキを食べると、豊かな卵の風味と溶けるようなスポンジの感触が舌を楽しませてくれた。また、含有する砂糖の塩梅も絶妙らしく、喉に引っかかるようなもったりとした感覚も一切残らず後味も非常に良い。ほんと優秀だなこの店。
「あー! まーくん食べてる⁉」
綿貫が横から声を張るが、気にせずフォークを進める。
「けっこう美味いなこれ」
「え、ほんと? 私も食べよっと」
「なっ……!」
絶句する綿貫など気にもかけず白崎もまたフォークを手に取る。
丁寧な所作でケーキを口に運ぶとすぐに、嬉しそうに頬を染めた。
「あ、ほんとだ。すごく美味しいね正成君! スポンジもすごいフワフワしてるし、何より全然甘さも喉に引っかからない」
奇しくも同じような感想を白崎は抱いたらしい。こやつ、もしやできるな? やはり普段自分で料理をしてるだけあって味には敏感なのだろう。
「やっぱりそうだよな? 普通のそこらへんのケーキってなんかこう喉に甘さが残るんだよな。別にそれがまずいってわけじゃないが、やっぱり後味としてはすっと胃の中に収まってくれるのが理想というか」
「うんうん、すごく分かるそれ。でもこんなにすっきりした甘さにするのって相当じゃないかな? もしかして普通の砂糖じゃないのかも?」
「確かにな……。少なくとも自然由来の何かか……」
「っぽいね。なんだろうね……」
白崎と共にケーキの考察をしていると、ふと視界の端にやきもきした様子の綿貫の姿が映りこんだ。
「むむむ……」
綿貫は不満げに呻りつつ、既に空になった自らのデザートの皿へと視線を落とす。
白崎の煽りが相当効いたか、あるいは俺と白崎の会話に入り込めない事が不服なのか、話してるのが単純に気に食わないだけか、それとも自らの行いを悔いているのか。
色々な邪推が頭をよぎるが、とにもかくにも今は白崎とこのケーキの美味しさの秘密を解き明かすことに専念する事にした。
× × ×
白崎とケーキ談義をする事幾分。ある程度砂糖の種類は絞り込めたがそれ以上の特定は難しそうだったため、話を切り上げ店を出る事に。
会計を分ける事ができるか店員に尋ねる白崎から意識を逸らし傍らに目を向ければ、綿貫はいつの間にか携帯の画面に目を落としていた。
少し放置しすぎたかなとこちらも携帯を開きアプリを切り替えツイッターを開いてみる。
TLを見てみれば綿貫が遠回しに白崎への恨みつらみを連投しているようだった。もとみやかぬうのアカウントが無くなった事で普通の趣味垢でぐちぐち呟いているらしい。流石に騒動があった手前新しいアカウントは開設していないみたいだな。
「行くぞ綿貫」
「……」
声をかけるも返答はなく、濁った眼差しで画面を見ながら指を動かし続けている。こりゃ聞こえてないな。
だったらと綿貫のスマホを上から摘まみ上げてみた。
「っ⁉」
綿貫は突如眼前から奪われたスマホを探すと、頭上にその姿を発見する。
「かーえして! かーえして~!」
立ち上がり一生懸命手を伸ばしぴょんぴょこ跳ねるが、俺から奪う事はできない。
「もお~、もお~!」
跳ねながらぷりぷり怒るので、着地と同時に頭の上に手ごとのっけた。
「あぅっ」
綿貫が間の抜けた声を出すと、頭上のスマホを両手に取り口をとがらせる。
「まーくんの意地悪」
「声かけたのに気づかないからだろ」
「ふーんだ。無視したのはまーくんの方だもん。ずううううっと白崎と喋って」
別に無視してたわけじゃないんだが。話しかけてきたらちゃんと応じる予定だった。
ただ気に掛ける事はしなかったからこいつにしてみればそれが無視と同義なのかもしれない。だとすればいかにも自分本位の世界で生きている綿貫らしいが、わざわざ楯突いたところでこれ以上メリットは無さそうなのでこちらが折れるとする。
「それは悪かった」
「……」
謝るが、綿貫は不機嫌そうな顔のままだ。
少しの間沈黙する綿貫だったが不意に口を開く。
「なでなでして」
「は?」
「なでなでしてくれたら許します」
ぷくーっとわざとらしく頬を膨らませ顔を逸らす綿貫。図に乗りやがって……。
呆れつつも、それで面倒ごとが避けられるなら安いと、綿貫の頭へと手を乗っける。普段からだらしのない生活を送っていると思われる綿貫だが、そこは女子というべきか手入れは怠っていないらしい。絹のような艶やかな感触が指から伝わってくる。
「これで満足か?」
「えへへ~」
ご希望通り撫でてやれば綿貫は嬉しそうに目を細めると、おもむろに店員と話を終えた白崎の方へと目を向けた。
「べぇ~!」
「……」
実に憎たらしく舌を出す綿貫に、白崎が目を瞬かせる。
ややあって、傍までやってくると、掌を綿貫の額の辺りで垂直にする。かと思えば今度は俺の額の辺りまでそのまま掌を持ち上げてきた。
何をしてるのか理解できないでいると、白崎はふむふむと何やら納得した様子で頷き、満面の笑みを浮かべる。
「本当に空那ちゃんってちんちくりんだねっ」
「んなっ!」
満面の笑みで言われ、綿貫が目を見開く。
さっきの手の動きは身長を測ってたのか、というか単純に動作で煽ってただけか。
「それじゃあ行こっか正成君。お会計は別々にしてくれるって」
「それは助かるな」
綿貫の頭から手を外しレジへ向かおうとすると、すぐに綿貫は腕を取り白崎の後ろ姿を睨みつける。
「ほんっとうざいよね白崎って」
それお前がうざい事するからだよたぶん……。
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