after-14

 見本料理のショーケースを両サイドに携えた通りをしばらく行くと、目当ての店に行き着いたので足を踏み入れた。


 中は明るすぎず暗すぎずの丁度いい光に包まれ、壁面に無造作にかけれた額縁の洋風な写真を照らしている。


 客入りもそれなりのようで、いくつも配置された高級風な見た目のテーブルクロスがかけられた席の半数以上は埋まっているようだった。


 ややあって店の奥から店員が現れると、こちらへどうぞ~と愛想よく言う。

 天井でゆったりと回る木製のシーリングファンの下を通り過ぎれば、四人席へと案内された。


 席順は当然の如く俺の隣を綿貫が陣取り、白崎は俺の斜向かいへ。白崎が店員からメニューを手渡されると、先にどうぞと言って俺らの方へと差し出してきた。


「へぇ、白崎にしては気が利くじゃん」


 綿貫がやや上機嫌に言うが俺は白崎ほど気の利く人間を他に知らない。


「そう思うならありがとうの一つでも言ったらどうかな?」


 知らないのだが……依然として綿貫への当たりは強烈だな。まぁ悪いの綿貫だが。


「はい~?」


 笑顔の白崎に綿貫は嫌悪感を滲ませながらメンチを切る。


「大変仲のよろしい事で……」

「どこが⁉」


 ぽろっとぼやいてしまったが、綿貫がすかさず否定してくる。


「皮肉だ皮肉」


 分かるだろ? と言語処理能力の高そうな人のいる斜向かいへと視線を送るが、白崎は満面の笑みをこちらへ無言で向けたまま微動だにしない。やめろよ。そういうのが一番怖いんだよ。


「さて、何にするか」


 圧に屈し、俺は視線を手元とメニューへと落とす。無難に昔ながらのオムライス単品でいいか。安いし。


「わぁすごい! どれもおいしそ~!」


 先ほどの事などすっかり頭から抜けたのか、横から綿貫がメニューを覗き込んでくる。


 俺は既に決まったのでメニューから顔を上げ綿貫の方へとスライドさせるも、どういうわけかまたメニューがこちらへと押し返された。


「決まったのか?」


 目を向けると、綿貫が小首を傾げる。


「まーくんも一緒に見よ?」

「いや俺決まったから」

「私は決まってないもん」

「……」


 胡乱な眼差しを送り付けるが、綿貫は気にした様子もなく再びメニューへと目を向ける。


「すご! デザートいっぱい! え、これ美味しそう。あーでもこれも美味しそう!」


 主食も決めず綿貫は先にデザートのページを凝視し始める。


「うぅ、どれにしよ……どうしようまーくん!」


 綿貫が顔を近づけ訴えかけてくる。

 知らんがなと一蹴したいところではあるが、それをすると面倒くさい事になりかねないのは重々承知だ。


「卵料理屋だし、ケーキ系とかがいいんじゃないか。良質な卵使ってりゃ他より美味しくなるだろ。知らんけど」


 大阪様がお生みになった至高の御言葉『知らんけど』を添えつつアドバイスしてやる。これさえ言っておけばいかなる責任からも解放される非常に強力なカードだ。


「なあるほどぉ。あ、でも卵と言えばこのプリンアラモードもそうだよね?」

「まぁそうだが」

「え、じゃあどっちも美味しいんだ! うーん、うーん……」


 しばらく呻る綿貫だったがややあって、ぱっと顔を綻ばせると、横からこちらを覗き込んでくる。


「そうだ、まーくんはデザートなににするの?」

「頼む予定はない」

「え……」


 魂胆が丸見えだ。だがこんなものでは引く綿貫ではないだろう。


「せ、せっかくオシャレなとこに来たのに頼まないのはもったないと思うのですが!」


 金の方が勿体ないわ。と言ってもどうせ聞かないだろうな。

 メニューに再度目を向け一番安いものを見つけ出す。


「それもそうだな。じゃあ俺はこっちのコーヒーゼリーに……」

「それはたぶん絶対あんまり美味しくないからやめた方がいいよ! 卵要素無いし!」

「いや、カスタードちょっと乗ってるだろ」

「た、確かに乗ってるけど……」


 綿貫はしどろものどろになりつつも、ぎゅっと目を引き絞る。


「少ないもん!」


 自分で食べる事が前提なような物言いに呆れつつも、たかだがデザートの品目で押し問答する時間が無駄に感じたので、今回はこちらが折れる事にする。


「ならお前のおすすめはなんだ?」


 尋ねると、綿貫が嬉しそうに顔を綻ばせる。


「プリンアラモード!」

「ならそれにする」

「やたぁ」


 綿貫がふにゃりと上機嫌に笑う。


「で、メインの方はどうするんだ?」

「はっ、そうだった!」


 綿貫が口元に手を当てると、そそくさとまたメニューのページをめくり始めた。

 その姿を横目に見つつも、ふと気になったので前方の方へと意識を向ければ、白崎はいちはやくそれを察知し微笑みかけてくる。もし菅生なら心臓発作で死んでいただろう。


 それから時間をかけながらも綿貫がメインの方を選ぶと、次いで白崎は手早くメニューを選ぶ。


 オーダーを済ませれば綿貫の選ぶ時間よりも短い時間で料理が運ばれてきた。

 綿貫はスフレオムレツとパン、白崎はプレートにオムレツやらサラダなどがちょこちょこ乗っているやつにしたようだ。単純な値段で見れば俺の選んだ一品ものの方が安いが、白崎のプレートは日替わりランチで値段はやや高くてもコスパは抜群と言える。


 ……まぁ、他人が何を選ぼうが俺の知った事ではないか。

 目の前の昼飯の方へ目を向けると、スプーンを取り黙々と食べ進める。

 流石にフードコートよりはうまい。というか比にならないな。え、なんだこれ。うま。


 正直ナメていたよね。皿ごと。


 まぁ流石に嘘だが、それくらい理性を壊しかねない美味さがこの一品にはあったという話だ。今度金に余裕できたら個人的にまた来よう。


 予想外の美味しさに舌鼓を打ち終わったころ、それを見計らったかのように今度はデザートが運ばれてくる。サービスの方も高水準と来ましたか。やってくれますね。

 各々の目の前にデザートが置かれると、綿貫が目を輝かせる。


「ん~~! 美味しそ~」


 そのまま食らいつくのかと思ったが、綿貫はシュパっと携帯を取り出し、シャッター音を連続で鳴らし始める。映えというやつか。


 俺も携帯に手を伸ばし画面を入れていると、携帯を取り出すわけでもなくただ一心にデザートとにらめっこする白崎の姿が視界の端に見える。どうやら日替わりランチについていたショートケーキのようだが、あまり好きじゃないのだろうか。そういう変な好き嫌いをする奴でもなさそうだが……。


「まーくんまーくん」


 ふと肩を叩かれるのでそちらへと視線を移す。


「そのプリンアラモード、味見したい!」


 まぁ、どうせそういう事だろうとは思っていた。


「勝手にどうぞ」


 スプーンごと器を綿貫の方へ寄せると、何故か綿貫は不服そうむうと眉をひそめる。


「……なんだよ」

「食べさせて」


 何を言い出すかと思えばこの女。幼馴染である事を周囲に知られてから随分と調子に乗るようになったものだ。ここらで一つお灸を据えてやりたいところではあるが、今後の事を考えれば多少の希望になら沿ってやってもいいか。


 「あ~」との抜けた声を出す綿貫の開いた小さな口の中へとプリンをスプーンですくい運ぶ。


「んむ。はむはむ。ん~⁉」


 綿貫が瞳を輝かせると、とろんとほおを緩め幸せそうに目を細める。


「おいしぃ~」

「そりゃよかった」


 もう一口! とせがんでくるのでお望み通り再度プリンを運んでやると、綿貫はまた嬉しそうに頬を染めた。

 そうしたらまた再び要求してくるの同じように運べばパクリと綿貫は口を閉じる。


 なんというか、ペットに餌やってる気分になってきたな……なんて。

 我ながら狂った発想だ。この光景を見た第三者がどう思うか、考えただけでも恐ろしい。特に白崎なんかこんな至近距離で何見せつけられてるんだって話だよな。


 むしろドン引きして俺への好意がきれいさっぱり無くなってくれれば楽なのだが……と少し様子を窺ってみれば、何故かニコニコしながら俺たちの方を見ていた。それが一番分かりづらいやつなんだよ……。ただまぁ、そうやって白崎が笑みを浮かべる時は大抵。


「よくそんなに食べられるね~空那ちゃん」


 ふと、白崎が口を開いた。

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