after-13
時刻は集合時間の五分前。連日雨続きだったが、珍しく空を覆う雲は所々裂けており時々青色を覗かせている。とは言え割合的には曇りである事には違いないのだが、それでも色が二色あるのと無いのとでは印象がだいぶ違う。
学校を出た後、綿貫と漫喫で時間を潰してから駅へ向かうと、既にそこには白崎の姿があった。
俺も綿貫も制服を着てしまっている事は伝えておいたので、白崎もそれに合わせて制服を着用してきているようだ。
その姿を見るやいなや、綿貫は不快そうに眉をひそめ所有権を示すかのように俺の腕にしがみついてきた。
白崎の方へと歩いていくと、あちらもこちらに気づいたらしく手を振ってきたのでそちらまで歩み寄る。
「おう」
「こんにちは正成君」
白崎はにこやかに挨拶すると、おもむろにスマホを取り出す。
「実はさっき菅生君から用事できたから行けないって連絡があって」
「マジか……となると三人になるのか。どうする白崎。やめとくか?」
「え、じゃあやめよ! で、私とまーくんだけでどっかいく!」
分かりやすいよう名指しで尋ねたというのに、綿貫がウッキウキで口を挟む。
だが白崎には聞こえてないのか、声の方へは一瞥もくれず口を開いた。
「正成君さえ良ければせっかくだし行きたいかな?」
「そか。まぁ白崎がそれでいいならこのまま決行するか」
「やった」
俺の言葉に心から嬉しそうに目を細める白崎。菅生が見たら尊死しそうな邪気の無さだ。
「え、私の意見は⁉ ねぇまーくん! あれ、聞こえてない? まーくん? まーくぅん!」
綿貫が俺の腕を抱きながらぐっと身を寄せぴょんぴょこ跳ね始める。
「やかましいな……。誰がいつお前に意見を求めた」
「そんな、ひどい! どーして? どーしてそんないじわる言うの⁉」
綿貫は半泣きで俺の腕を引っ張り、顔をぐぐいっと寄せてくる。面倒くさい……。
辟易していると、ここでようやく白崎が綿貫の方へと目を向けた。
「なんか腕にすごく重そうな荷物持ってるけど大丈夫? そこのコインロッカーに入れていく?」
しれっとすごい提案をしてくる白崎だが、綿貫も突然のもの扱いに黙ってはいない。
「うざ! 重くないもん私」
そこかよ。
「ふふっ、ごめんごめん。まな板みたいに薄っぺらい人間だもんね空那ちゃんは。重いわけないか」
白崎が綿貫の胸元に意味深な視線を送る。
身体的特徴の事を言っているように聞こえるが、たぶんこれ人格も一緒に否定してるな。まぁ大よそ間違いではないが、俺は正直重いと思うぞこいつ。
スマホのマップ上に映るアイコンを確認しながら、またポケットにしまう。
抽象的な言い回しだったためか意味を理解できず怪訝そうな目を白崎に向ける綿貫だったが、そのうちその視線は白崎の胸元で固定される。
「っ!」
綿貫がはっとした様子で自らの胸元と交互に見やる。まぁこいつは目に見える表面的な事しか捉えない奴だよな。
とは言え別に白崎も特別懐が深い女子というわけではないと思われるが、綿貫と比べればその差は歴然だろう。ただまぁ、重さに関してはどうだろうな……。意外と良い勝負な気もする。
「こ、これから成長するもん!」
事実上の敗北宣言に白崎が満足そうに微笑む。
「そう? じゃあなるべく早く大人になれるといいね」
「っ!」
白崎の言葉はエールを送っているようにも聞こえたが、綿貫にとっては嫌味でしか無いらしい。地団太を踏まん勢いで顔を真っ赤にしていた。
「ほんっとむかつく! やっぱこんな奴放っておいて二人で行こまーくん」
綿貫がくいくいと腕を引っ張ってくる。だがいくらせがまれようが今回はこのメンツで行く。これは規定事項だ。
「今さっき菅生から俺のとこにも連絡がきてたみたいでな。用事が早く済めば合流できる可能性もあるらしいから予定通り行くとする」
「むむむ……」
告げると、不服そうに呻る綿貫だが、俺と白崎以外の第三者が理由である事を突き付けられ、ひとまず引く姿勢を見せる。
「そいじゃまあ、行きますか」
歩み始めると、白崎が適切な距離感を保ちつつ俺の横に並ぶ。それに引き換え綿貫は相変わらずべったりだが……歩きにくいったらありゃしない。
モノレールに乗り込み、ガタンゴトンとというかウィーンと揺られ、ららぽと併設された駅へと降り立つ。
改札を抜ければ、そこまで歩くことなく本館へと続く小綺麗な歩道橋へと出る事ができた。
眼下には大きな公園広場があり、多くの家族連れの子供たちが思い思いに遊んでいる。
子供らの元気な声に包まれながら本館へと身を投じ、館内マップの案内板の前までやってきた。
「一応まずは昼飯という事になっていたが……無難にフードコートとか」
「まーくん! ここ行きたい!」
「あ?」
俺の声など聞こえもしていないのか、綿貫がマップの中にある一つの店舗を指さす。
どうやら館内にある独立した飲食店のようだ。卵料理カフェと銘打たれている。
別に卵料理は嫌いじゃないが、こういうとこって割と値段するからな……。その割に味は普通だったりするからどうせ普通のものを食べるならより安い方が得だと感じてしまう。
だがそれも俺に限った話ではないだろう。恐らく白崎も同様のはず。
かつて俺が倹約家なのかと感想を漏らした時、白崎は父親が変な話にひっかかったからと言っていた。断片的な情報しか聞いていないが、それらを考慮すると白崎家の経済状況はあまり良好というわけではないのは容易に想像がつく。
となると昼飯一つでもできるだけ安い方が良い気がするが、さてどう綿貫を説得するか。
「綿貫、」
「じゃあそこにしよっか」
俺が言いかけるより先に白崎が口を開く。
そんな白崎に心なしかむすっとした視線を送る綿貫だが、自分の希望に沿った意見であるためか特に噛みついたりはしない。
案外あっさり承諾したものだ。意外と白崎はイベントごとには糸目をつけないタイプなのだろうか。あるいはあの時の発言は同情を誘うための嘘だったか。少し気にはなるが、わざわざ尋ねるのも過干渉というものだろう。そもそも今みたいに半端に関わる事さえ俺は自重すべき立場なのだ。
「了解」
一つ頷き、足をレストランエリアの方へと向けた。
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