after-12
土曜午前八時二十分。
平日であればごった返す正門前も、授業の無い今日は出入りがまばらだ。
それでもちょうど九時頃からは主に運動部が活動を始める時間帯のため、まったくの無人というわけでもない。
そんな中、ふと学校の敷地内へと特徴的なスニーカーで踏み入る人影があった。その人影はそのまま正門を通っていくと、その後から金髪と
ふと、金髪が正門前で立ち止まり腕を組み首を傾げた。
玄間もまたそれに合わせて立ち止まると、金髪の方へ顔を向ける。
「どしたー? 金髪」
「いや、なんか身長縮んでるくね?」
「あー、あれでしょ。ライザップ」
「あ、そっかぁ……」
何やら察した様子で納得するが、そんなわけがない。逆に何故それで納得できるのかが不思議なくらいだ。
玄間も玄間で一体どういう意図でそんな事を言ったのか甚だ疑問符ではあるが、両者どちらにも言える事はそれ以上この話題に触れるつもりは無いという事だろう。
「あーそだ、金髪。部活帰りにららぽまで行かね? 今日暇なんよ」
「それありよりのありじゃね! じゃあさ、たくやんも待ち伏せして誘拐せん?」
「お、良いなそれ。急に飛び出してビビらせてやろ」
「いいねぇいいねぇのってんねぇ! たくやんいつも一時くらいに部室出てくるから、五分前にはスタンバっとかねぇとなぁ!」
何やら物騒な会話をしながらも二人は学校の敷地内へと消えていく。
だが恐らくこの両者の目論見は失敗に終わる事だろう。何故なら今日に限って菅生はいつもより早く学校から出るからだ。
ただ、仮に何か、例えば練習時間延長だとかトラブルがあって遅れてしまった場合、菅生はこの二人と鉢合わせる事になるだろう。そうなった場合上手く切り抜けられるかどうか……。
「まーくん」
ふと、背後から聞きなじみのある声が聞こえ思考が遮られる。
うーわ、マジかよこいつ……。よりによってなんで俺がこうして物陰から正門の様子を窺っているようなタイミングで現れるのか。
振り返れば、そこには案の定綿貫の姿があった。わざわざ制服まで着てご苦労な事だな。かくいう俺も浮かないよう制服で来ていたわけだが。
「何故ここにお前がいる?」
「えっとね、朝起きて携帯見たらまーくんが学校行ってるみたいだから追いかけてきた」
平然と答える綿貫の手にはスマホが握られている。画面を盗み見れば、マップ上にアイコンが二つ光っていた。位置情報共有アプリか……。
「ならもう一つ聞く。何故そんな事をした。集合は上北台駅に一時十五分のはずだが?」
尋ねると、綿貫が使命を帯びたような瞳でスマホを握りしめる。
「もしかしたら白崎の奴がまーくんを無理やり呼び出したのかなって思って」
「はあ?」
予想斜め上の解答につい粗雑な声を出してしまう。
「だってあいつ絶対怪しいもん! 私とまーくんを急に遊びに誘ってくるなんておかしい」
「いや誘ったのは菅生だぞ」
すぐに切り返すが、綿貫もそれは理解していたらしく首肯する。
「知ってる。だからたぶんあいつら二人グルだよ。私とまーくんに何か酷い事するつもりなんだよ!」
「えぇ……」
とんでもない発想の飛躍にこめかみの辺りが痛くなってくる。まぁそりゃ確かに急な話ではあったけども。
「お前がまだこっちに来て浅いから知らないのかもしれないが俺と菅生の関係は割と良好だ。まぁ、こういう事口に出して言いたかないが、一応友達に部類されると思う」
「でもあの人白崎の事好きですよね?」
出しぬけに放たれた言葉に、一瞬言葉を失うがなんとか絞り出す。
「……なんでそう思う」
「そんなの見てたら分かるよ。ちょっと前にまーくんが先に走って学校行っちゃった時とか下心丸出しで白崎に話しかけてたし」
あー……そんな事もあったな。たぶん白崎と綿貫の言い合い巻き込まれそうになって面倒臭いから俺が逃げた時だな。あの後確かに白崎と菅生が一緒に教室に入ってきていた。
「なるほどな……。それでお前は白崎と菅生がグルだと主張してるのか」
何もかも間違った認識なのだが、俺が何もしなければそういう未来もあったかもしれないので全くの的外れでもないんだなぁ……。鋭いのか鋭くないのか分からん奴だ。
「人間、愛か友情なら愛を選ぶ生き物じゃないですか?」
謎に手を動かしながら得意げに語ってみせる綿貫。切り抜き動画見てそうな仕草だ。
「まぁ、そういう場合もあるにはあるが……少なくとも今日ここに俺がいるのに白崎は関係ない」
「じゃあどーしているの?」
綿貫が小首を傾げる。まぁそうなるよな。
「これだ」
カバンから毎月発行される保健だよりの六月号のプリントを取り出し綿貫に見せる。題して食中毒に気を付けよう。
「いくつか貼り忘れがあったのに気づいてな。どうせ外出するならついでに学校まで行って済ませようと思ったんだ」
まぁそんなわけ無いんですけどね。仮に貼り忘れがあってもこんな行事の無い日にそんな仕事回ってこない。が、転校生でかつ保健委員でもない綿貫がそんな事を知っているはずもない。
「つまりおしごと?」
「だな。それじゃ俺は行くから」
「あ、待って私も行く!」
やっぱそうなるよな……。かといって大人しく付いてこさせれば嘘がバレてしまう。一番良いのは帰ってもらう事だが、綿貫の性格を鑑みるに素直に帰る事はまずないだろう。帰るにしても俺と同伴である事が大前提のはずだ。ならいっその事集合時間までこいつと過ごすのが一番合理的な選択か。
そうなるとまずは菅生と連絡を取っておかなければならないが、会話の内容はあまりコイツに聞かせたくないんだよな。
「いや勘違いするなよ。もう仕事は終わってる。ただトイレに行きたいだけだからお前はここで待っといてくれ」
「分かった! じゃあ私も一緒に――」
「アホか」
何が分かっただよ。何も分かってないじゃん。男女でつれしょんする奴がどこにいるんだよ。
「あー、まーくん」
無視して正門をくぐると追いかけてこようとするので再び制す。
「いいから待っとけ。大人しくしてたら集合まで一緒にどっか店にでも入って時間潰してやるから」
「え、ほんと! じゃあ待っとく!」
甘言にまんまと乗せられる綿貫をその場に置き、学校へと入っていく。
とりあえずこれで会話は聞かれずに済む。
さて、綿貫がここへきた時点で菅生と予め調整していた予定は既に狂ってしまった。アプリで学校に俺がいるのを見られる事は想定していたのだが、まさかミラクルな発想を理由にその足でこっちまで来るとはな。万全を期すのであれば一旦退くのも手だが、せっかく撒いた餌に食いついている魚がいると思われるのにそれをみすみす逃すのもやや惜しい。
菅生には申し訳ないが、予定を変更してもらう必要があるだろう。
スマホを取り出し、菅生へ一本電話を入れる。
元々この時間くらいに一度連絡をする手筈であったため、すぐに菅生は出た。
「あー、菅生か。ほんと申し訳ないんだが――」
菅生へと玄間と金髪の目論見やら綿貫の出現などここまでのあらましを伝え、午後の予定に大幅な変更を加えた。
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