after-11

「うーん、無難にカラオケとかかな?」


 白崎が提案する。


「あー……確かにありっちゃありだけど……」

「駄目そうだったかな?」

「いやー、駄目ではないんだけど……」


 はっきりしない様子で言い淀む菅生。カラオケは沈黙しなくて済むという点において、初見メンバーで行くには割とおあつらえ向きな場所ではありそうだが、今の菅生にあと綿貫などを考慮すればやや不都合な場所になってしまうだろう。だがこの事は恐らく菅生と俺にしか分からないため、助け船を出すことにする。


「悪い。カラオケは俺があんまり好きじゃなくてな。菅生はそれを知ってるんだ。まぁでもさっきも言った通り俺は合わせるつもりだから気にしなくていいぞ」


 ぶっちゃけ菅生が渋ってるのは別の理由からなのだが、あえてそう言う事で俺のためを思って渋っている友人を演出し白崎の菅生に対する心証を少しでも良くする作戦だ。一応今回の集まりは菅生と白崎の距離を縮めるのも兼ねてるからな。


「そっか。じゃあやめた方がいいね。気づかなくてごめんね正成君」

「いや全然」


 あくまで感情の対象は俺か。流石に菅生君やっさしぃっとはならなかったか……。まぁいい。こういうのは積み重ねだからな。


「んー、じゃあここはどうだ? ららぽとか」


 菅生が提案する。

 ららぽと言えば大型ショッピングセンターの名称。ここらへんからだとモノレール一本で行ける所にある。菅生が午前練のため、集合は自ずと午後になる事を考慮すれば丁度いい場所だろう。俺は行った事無いが土日とかは人もけっこう多いらしいしな。息が詰まる事もあるまい。


「なるほどな、そこならそんなにも遠くないし色んな店もあるから悪くないんじゃないか?」

「確かに。それに午後からの集まりだしあんまり遠出もできないもんね。うん、良いと思う」


 菅生の意見に肯定する姿勢を見せると、白崎もまた頷く。

 だがそんな中、綿貫だけは小首を傾げ頭に疑問符を浮かべていた。まぁ奈良には無いから無理もないだろう。


「ららぽ……?」

「奈良で言う所のイオンモールだ」

「あぁ~!」


 俺の捕捉に綿貫が明瞭な声をあげる。

 これだけで一発で理解できる辺りやはりこいつも奈良臣民だな。


 何せ奈良が存続できているのは、大阪様のおかげと、実はイオンモールのおかげでもあるからな。奈良は未開拓領域すぎるためどの企業も参入せず物資が不足しがちで、イオングループが来る前はよく物資をめぐってバトルロワイヤルが起きていたものだ。時折政府からの支援物資であるケアパケが落ちてくるのだが、それを察知するやいなや大量の人間が押しかけ、漁夫が漁夫を呼びその眼前には大量の棺桶デスボックスが積み上げられてきた。


 だがそれも物資の宝庫であるイオンモールができたおかげで無くなり、今や中部に至るまでの地域は随分と平和になっている。ちなみに南部は知らん。あそこはヤバい。間違っても怖いもの見たさで行ってはいけない。喰われるぞ。マジで。


「そいじゃまぁ、とりあえず次の土曜はららぽって事で!」


 菅生の言葉に各々が頷く。


「集合時間とかはとりあえず俺が急げば大体学校出れるのが十二時四十分くらいで昼飯とか考えると……」

「せっかくだしお昼ご飯とかはみんなと向こうで食べてもいいんじゃない?」

「おー、ほんとか? 正直そっちの方が助かる」


 普段から友達と遊び慣れている白崎と菅生が淡々と話を進めてくれる。

 事務的になやりとりにも見えるが、逆に言えば自然体であるため、案外雰囲気は悪くないように見える。


 交友経験の少ない俺と綿貫は黙って静観していると、大よそ話がまとまったのか二人の視線がこちらに向いた。


「そいじゃまぁとりあえず、集合時間と場所は――」

「おやぁ! おやおや~?」


 菅生が口を開きかけると、その背後からふらふらーっと人影が近づいてくる。やはり来たか。この人いつも放課後教室に残ってる生徒にかたっぱしから話しかけてるもんな。まぁそれがこの人のやり方というわけだろう。


「ほっほう、これはまた珍しいメンツじゃない?」

「あ、佐藤先生」


 綿貫が言うと、松さんは目をらんらんと輝かせる。


「ハーイ綿貫さん。ちゅっちゅ~ んーま! んーま!」

「えぇ……?」


 恐ろしい投げキッスを四方八方へと飛散させる松さんに、さしもの菅生も引き気味だ。


 白崎も一応松さんの姿を視界には入れているようだが、どうも焦点は合っていないような気がする。たまたまなのか、あるいは努めて合わせないようにしているのか分からないが、その顔色からは真意を読み取ることができない。


「それでぇ? 四人は一体何の話をしていたのかにゃ?」


 丁寧に猫の手を作り首を傾げる松さん。相変わらず深刻なアラサー教師だ。


「いやー実は次の土曜このメンバーで遊びに行く予定立ててたんすよ」


 菅生が答えると。松さんの目が急に死ぬ。


「ああ次の土曜……いいわね……先生は緊急保護者説明会とかで休日出勤よ……マジでざけんなよ。もう解決してるんだからほっとけっての……」


 ブツクサ言いながらやさぐれる松さんに菅生も苦笑いだ。まぁでも休日出勤は怠いよな。そこだけは同情する。


「ああ、なんか一時くらいまであるんでしたっけ?」

「そうなのよぉ~! 十時始まりで三時間よ三時間!」

「そっすか……でもま、俺も午前練でそれくらい練習なんで、お互い頑張りましょ!」

「あら~ッ! 菅生君やっさしぃ! すき~らぶらぶちゅっちゅ~!」

「ウっ……」


 えづいてて草。まぁえづいたのは俺だが。胃酸が内部でぐるぐるしているのが分かる。

 だが幸いというべきか、すっかり機嫌をよくした松さんは俺の様子には気づかなかったらしく、再び質問をしてくる。


「菅生君も部活って事は、午後から遊ぶって感じね? ちなみにどこ行くの?」

「ららぽっすね。詳しい行動は決まってないっすけど、昼ご飯食べてぷらぷらーっと見て回る感じかな?」


 菅生が教えると、松さんはふむふむと腕を組みぱっと顔を上げる。


「ららぽ! 良いわねぇ? あそこいっぱい写真スポットあるから、いつ行っても飽きないのよ~!」

「そっすよね~! そうだ、なんか先生のおすすめとかあったりします?」


 菅生は陰など一切感じさせず松さんと会話し始める。こういうの見るとやっぱ流石だなと思う。俺にはできない芸当だ。徹底的にオタクである事を隠してるだけあってしっかり陽キャしてるな。まぁもともとド陰キャだったというわけでもないらしいが、少なくとも過去の自分を変えたくてそれを行動に移し結果を出してる姿は尊敬の念すら抱く。


 松さんはひとしきり菅生と話し終えると、いっけなぁいと口元に仰々しく手を当て時計の方を見る。


「ついつい長話しちゃった。実は半から会議なのよ。みんな次の土曜、ららぽ楽しんでね。ばいちゃ~!」


 松さんは俺たちへ手を振るが、こちらから背を向けると途端猫背になる。


「会議だるーん。今日はひとっぷろ浴びてから帰るか……」


 本人は聞こえないよう呟いたつもりだろうが丸聞こえだ。ただまぁ仕事終わりに銭湯へ行くというのは年相応な感じがしていいんゃないですかね。

 覇気の無い姿を見送ると、菅生もまた立ち上がる。


「うし、目的も達成できたことだし、俺も部活行くかな。今日は集まってくれてサンキューみんな!」

「集合場所と時間はまだだったよな?」


 松さんの乱入で遮られていたので一応尋ねておく。


「おっと、そうだった。集合は上北台駅に一時十五分……で良かったよな元宮?」

「なんで質問した奴に聞くんだよ」


 まぁ俺と綿貫、白崎の住んでいる所に高校の位置を鑑みれば一番妥当だとは思うが。


「ん? あ、ああそうだよな! というわけでそんな感じでよろしく!」


 菅生の言葉に各々頷く。

 かくして賽は投げられた、とでも言えばいいのだろうか。

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