after-10

 次の土曜どこかに遊びに行かないかと提案すれば、綿貫を誘い出すのは簡単だった。


 だが問題はそれだけしか告げていない事だ。

 そうして迎えた翌日の放課後。教室にはちらほらと生徒が雑談していたり、黒板の前では本日の掃除当番の人達が箒を動かしながら松さんと話したりしている。

 とりあえず形だけはいつも通りの日常という感じだ。


 白崎も昨日と同様に通常通り登校し、また白崎の意向があるのか学校も通常通りの運営だった。

 そんな中、俺、綿貫、白崎は菅生の席を起点とした周りの席へ集合していた。

 なんだかんだありそうで無かった奇妙なメンツだな。


「というわけで! 次の土曜どこ行くかを決めようと思いまっす!」


 声高らかに宣言するのは菅生である。バスケ部で忙しい中、わざわざ時間を割いてこのメンツを取りまとめようとしてくれている。

 が、そんな事お構いなしにすぐ隣に椅子を持ってきて座っている綿貫が耳打ちしてきた。


「まーくん! こいつらいるなんて聞いてない!」


 開幕早々口悪いな……。

 呆れていると、白崎が綿貫の方へと笑いかける。


「聞こえてるよ空那ちゃん? そういう事言うの人としてどうかと思うな」


 うん正論。

 聞こえていないとでも思っていたのか、若干気まずげにする綿貫だったが、つっけんどんに言い返す。


「べ、別に白崎に言ってないもん」

「じゃあ誰に言ったの? 正成君に言ったとでも主張するつもりなのかな?」

「そ、そうだよ? 勝手に盗み聞きしたのは白崎だし」

「ふーん。ま、そう思われたなら仕方ないか。こういうのって認識の問題だからね。そんな事で対話するのも馬鹿馬鹿しいかも」


 そう言って白崎はこれ見よがしにため息を吐く。


「ほんと、正成君が可哀そうだなぁ」

「それどーいう意味⁉」


 即座に反応してくる綿貫に、白崎がふーんと興味深げに呟き視線を合わせる。

 かくいう俺も少し興味を引かれていた。


「別に空那ちゃんに言ってないよ? 私の独り言盗み聞きしないでくれるかな?」


 白崎は笑顔で小首を傾げ分かりやすく煽ると、綿貫は顔を真っ赤にさせる。


「~~っ! むかつく!」

「あ、あのー……」

「まーくんの事知ったような口叩かないで! 元カノの分際で!」


 菅生が口を挟もうとするがまるで聞こえてないのか、綿貫がバッと立ち上がる。

 そしておもむろに自らの口元を掌で覆い隠すと、白崎に見下した視線を送り心底小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「あ、そもそも彼女どころか友達ですらなかったんでしたっけ?」


 語尾に草を生やさん勢いで告げる綿貫に、目に見えて白崎の笑顔に影が差す。


「……知ったような口叩いてるのはどっちなのかな?」


 凍てつくような声音と共に白崎の表情がどんどん死んでいく。


「正成君の事を何も理解してない理解しようともしていない。そのくせ幼馴染の立場を良い事に無理を押し付けて一方的に愛情を搾取してる子が正成君を理解してるなんて本当にありえない……正成君が空那ちゃんにどんな気持ちにされてどんな気持ちで一緒にいるか一度でも考えた事あるの……?」

「は、何言って……」

「無いよね?」


 冷たい声に射貫かれ綿貫が閉口する。

 白崎の問いかけに本気で戸惑う姿は、今のこいつの全てを表しているように見えた。


 しかし白崎も愛情を搾取とはまた大層な表現をしたものだ。そんなもの与えてるつもりは無いしもし与えていたとしても正直その状態が続いた方がまだマシだ。


 が、案外捕食者というのはきっかけと状況次第では簡単に入れ替わったりするものだ。その日が来ない事を切に願う。それこそが何よりも最悪の事態だからだ。

 まぁいずれにせよ今のやりとりにおいてはどっちもどっちだな。呆れ。


 ひりつく両者から目を離すと、視線の先では菅生がはあうあうあうと涙目で訴えかけるような視線を送り付けてきていた。よし、次回作はお前がヒロインだ。勿論俺は主役の座にはつかない。


「というわけで菅生、話続けてくれ」

「え⁉ いやこの空気で⁉」

「こんな至近距離で空気の成分が変わるわけ無いだろ。窒素も酸素もアルゴンも二酸化炭素もその他の気体もしっかり存在してるぞ。見えなくても俺が保証してやる」

「いやそういう化学的な事じゃなくて人文学的な話でな⁉」


 言い募る菅生から視線を外し膠着状態の二人へと声をかける。


「女子二人も雑談はやめて菅生の話聞けよ。わざわざ部活遅れるリスクを背負ってまでこの場を設けてくれてるんだからな」

「あー……そうだよね」


 諭すと、白崎が天使と囁かれる普段通りの雰囲気で申し訳なさそうに笑みを浮かべる。


「ほんと意味わかんない……」


 綿貫もまた白崎の方を不審に一瞥しつつも、自らの席へと戻る。


「あれを、雑談……だと?」


 何やら菅生が愕然としているが、女子なんて全員四六時中こういう話で盛り上がってるんだろ。これまでほぼこの二人の女子としか関わった事がない俺が言うんだから間違いない。ちなみに松さんは女子というにはキツいのでノーカンだ。


「さて菅生進行頼む」

「ん、ああ。そ、それでどこに行くかだけど……」


 先ほどよりも幾らかトーンダウンしつつも菅生が尋ねると、白崎が人差し指を頬にあてがう。


「うーん、このメンバーで行くの初めてだし悩むよね~。正成君とかはどこか行きたいところはある?」

「俺はみんなに合わせる」

「流石正成君。優しいんだね。一応聞いてあげるけど空那ちゃんは行きたいところとかある?」

「私も別に、どこでも」


 綿貫がぶっきらぼうに答えると、白崎はにこやかに笑う。


「ふふっ、協調性無いんだね」

「は、はあ~⁉」


 白崎の物言いにまた立ち上がりそうになる綿貫の肩を抱き寄せる。


「え、ま、まーくん?」

「お前はもう椅子から離れるな」


 あまり脇道に逸れられ過ぎると都合が悪い。

 いいな? と確認すると、腕の中で綿貫は背中を縮こめ頬を朱に染める。


「う、うん」


 綿貫がこくこくと頷く。

 とりあえずこれで綿貫は大人しくなるだろう。後は白崎だがと視界の端へと意識を向けると、白崎は僅かに瞳を揺らしていたが、すぐに目を閉じ意識を切り替えたか元来の天使の目つきへと戻る。あるいはその表情はどこか決意を新たにしたようにも見えた。

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