after-8

 今日の昼もまた菅生は俺と机を突き合わせ弁当を箸でつついている。

 おかげで目の前の卵焼きが穴だらけだ。


「行儀悪いぞ」


 指摘すると、はっと我に返ったかのように菅生が顔を上げる。


「うおっと⁉ なんで俺の卵焼きがハチの巣に⁉ 誰だ⁉ 誰がやった⁉」

「お前だよ」


 言うと、菅生は手元の箸が突き立てられた卵焼きを見て絶望の表情を見せる。


「ほ、本当、だ……」


 四肢を地面に突かん勢いについ半目で菅生を見てしまう。

 自ら白崎に話しかけたのがよほど精神に堪えたらしい。朝からずっとこんな調子だ。


「菅生お前さ、まだあいつの事好きなんだよな?」


 目線を白崎の方へ向け尋ねる。


「うぇ⁉ 急になんだよ! ま、まぁそうだけども!」

「なら今頃は喜んでいるべき所なんじゃないのか。あのいとファでの一件以来、まともに話せたことなかっただろう。それが今朝はお前が勇気を出して話しかけた。結果拒絶されることもなくむしろ好意的な反応が返ってきたんだ」


 事実を羅列し落ち着いてもらおうと試みるが、菅生の表情は浮かない。


「それは、そうだけどさ……。あれで本当に良かったのか? 元宮が白崎さんの様子とかみんなに言ってた事をメッセージで送ってきてくれて、その上でいつもみたいな接するっていう選択をしたけど……」


 白崎にとって菅生が邪魔な存在になる事の無いよう、席についた直後から携帯で俺は予め菅生に白崎とクラスメイトのやりとりを伝えていた。


「でもほら、今回は事が事だろ? それに俺も白崎さんからしたらあんまり印象良くないだろうし」


 菅生が自信なさげに視線を落とす。

 要するに拡散された画像の件に一切触れないように接することが正解だったのか、それに加えてストーカー扱いされた手前、白崎とまた以前のように関わっても大丈夫だったのか、そんな感じの葛藤が菅生の中にあるのだろう。


「まぁまず拡散された画像について触れない事、これは間違いなく正解だな。本人が問題にしない、そっとしておけと言っている以上必要以上に関わろうとするのはただの偽善。おせっかいだ」

「ふむ……」

「でまぁ白崎のお前に対しての印象だがそれも大丈夫だ」

「でもストーカーだぞ? やっぱりキモくね?」


 菅生の言う事はもっともだろう。一度ストーカーされた奴に話しかけられるほど気持ち悪くて恐ろしい事は無いだろう。普通ならな。


 ただ今回は白崎が菅生を都合の良い駒にするための弱みとしてストーカー扱いを選択しただけだからな。十中八九本人は菅生の事をストーカーなどとは思っていないだろう。


 だがそれを言っても菅生は信じないだろうし、仮に信じられても俺が困る。

 だからこそ今一度俺は菅生の瞳の奥を覗き込む。


「……言っただろ。一途は美徳だ。物語でも永遠の愛は肯定的に捉えられる。違うか?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「だからお前は何も間違っていない。一心に一人の相手を思い続ける事、それは正しい姿勢だ」

「……」


 菅生の瞳に灰色の光を灯す。。


「そう、だよな、うん。サンキューな元宮」


 善人であるほど周りの人間の声を素直に受け取ってしまう。

 まぁ、菅生の場合はそれまでではないかもしれないが。


「まぁでも、実害が出るような行為はダメだぞ」


 法治国家においてそれは結果的に自分にとって不利にしかならないから。


「相手の気持ちは尊ぶべきだからな」

「おう、もちろんだぜ元宮!」


 菅生が笑いかけてくる。そこに悪意は微塵も感じない。

 きっと俺の行いは善人につけこんだ悪人の行いのそれに違いない。が、結果的にそれが幸せにつながるのであれば、過程などどうでもいい事だろう。少なくとも俺の周りの人間には幸せになってもらわならければ困る。


 とは言え、時に一方を不幸にしなければもう一方の他者が不幸になってしまう事もある。

 その場合どうするべきなのか。

 俺が思うに選択肢は二つある。


 一つはその他者の価値を天秤にかけ、自分にとって価値の無い人間を不幸にする事。

 もう一つは、選択そのもをしなくてもいいようにするため――


――人間の持つ全ての権利義務を放棄し自壊する事。


「でもさ、例の画像の件についてはやっぱり気になるよな」


 ふと、菅生が口を開く。


「ああいうの結局撮るような奴が一番悪いだろ? 本人が問題にしないつってもそいつはのうのうと存在するわけでさ……なーんか、こう良いように利用されてる感じがしてやっぱり腹立っちゃうんだよな。ましてや好きな人なわけだし」


 そう言われ、ふっと口元が緩む。いかにも菅生らしい。


「それを聞けて安心した」


 あるいは手間が省けた、とでも言うべきか。


「どういう事だ?」

 

 俺の言葉に怪訝そうにする菅生。俺にとって一番価値のある人間にとっての不安要素は取り除けるだけ取り除きたい。


「実は丁度その出品者を捕まえようと考えてたんだ」


 それが万一の事態になった時アイツの事を守ることになるだろう。

 言うと、菅生が目を丸くする。


「は⁉ 本気で言ってんのか元宮⁉」

「本気だ。それにはお前の協力が必要になる」


 あるいは一人でも可能かもしれないが、俺以外に何人か人がいた方がより効率的に計画を遂行できる。


「いやいくらなんでも……」


 突拍子もない発言に未だ信じられないと言った様子の菅生だったが、俺の目に偽りが無いことを感じ取ったの話を聞く姿勢に入る。


「まぁそりゃ、俺だって捕まえれるなら捕まえたいけどさ……俺には全然その方法が思いつかねーぞ。一体どうするつもりなんだ?」

「ああとりあえずはそうだな」


 目を閉じ、想定される必要な準備を頭の中で紡ぎあげていく。

 やがてある程度思考が整ったところで再び目を開いた。


「遊びの予定を立てる」

「え?」


 俺の発言に、菅生はただただ頭の上に疑問符を浮かべるのだった。

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