after-7

 教室へと入れば、窓際より廊下側に人が多く、いつもと違って空間に対してのクラスメイトの人数比が偏っている。


 だがそれもそのはず。


 何故なら廊下側には彼女の席が存在し、昨日は空席であったはずのその席が、今日は埋まっているのだから。

 ようやくお出ましか。

 しかしそれでも楽し気に皆で談笑している、というわけではないようだ。


「で、でもさ。あれは流石に……」

「ごめんね。詳しくは話せないんだけど、その件に関しては問題にしない事になったんだ」


 クラスの女子が言い募ろうとするが、彼女――白崎は諭すように遮る。

 まぁ十中八九拡散された画像についての話だろうが、問題にしない……ね。


「そういうわけだから、そっとしといてくれると嬉しいかな」


 そう言われてしまえばこれ以上外野がとやかく言う事はできないだろう。クラスの女子たちもしぶしぶと言った具合に下がっていく。


 まだ全員が集まっているというわけではないが、それでも白崎に向けられる視線は多い。そのほとんどが気遣う様な眼差しだが、中には疑念が混じったような視線もあった。


「行こ、まーくん」


 どこかよそよそしい雰囲気の中、ふと横の綿貫が手首の裾を引っ張ってくる。


「いやすぐそこなんだから勝手に行けよ……」

「席につくまでが一緒に登校だもん」


 綿貫が自分の席の方をじっと見ながら、というよりは白崎の座る場所を見ないようにしながらそんな事をのたまう。つい俺が白崎の方を見てしまっていたのが面白くなかったのか、あるいは騒ぎの元となった事への罪悪感でもあるのか。いや、綿貫の場合自分が責められるんじゃないかという被害妄想の線も……まぁ考えても仕方ないか。

 自らの席につかない事には解放してくれなさそうなので大人しく言う事に従った。


 席につき綿貫からも解放されたので携帯をいじっていると、朝練から帰ってきた菅生が教室へと入ってくる。

 そのまま菅生の視線は白崎の席へと向けられた。

 天使の姿を視認をすると、一瞬逡巡したような素振りを見せるがやがて覚悟を決めたのかのように口を引き締める。


 白崎に仕掛けられたあの日以降、菅生は以前より白崎と会話する回数が減っていた。それでも、複数で集まった時などは流れのままに言葉なども交わしていたため、クラスの連中は誰もその関係性の変化には気づいていないだろう。


 というか関係性自体は菅生の病的なまでの愚直さのおかげで変わっていない。関係性は変わっていないが、関わり方は少し変わった、恐らくそんな感じだ。


「お、白崎さん。今日は来てるんだな! 昨日はなんか具合とか悪かったのか?」


 菅生が明るく言い放つと、白崎も笑顔で応じる。


「ま、そんなところかな。心配かけてごめんね」


 白崎が言うと、菅生が自らの鼻の下を指でこすり。


「なに……今この場で白崎さんが元気でいる、その事実だけで嬉しいじゃあないか! そうだよなー……も、元宮!」


 菅生がぐるーっと首を回し俺の方を向くと、大層ぎこちない笑顔を俺に向けてきた。

 それなりの距離からそれなりの音量で声をかけられたため、自然と教室中の視線が俺へと集まる。


 あの野郎……内心ビクビクしながら話しかけたものの耐えられなくなって俺に振って来たな。めちゃくちゃ汗かいてるし……。そんなメンタルじゃいつまで経っても白崎と一緒になれんぞ。


「まぁ、そうだな」


 一応肯定しておくと、「だぁよなぁ⁉」と若干震え気味に同調してくる。


「いやぁ良かった良かったぁ!」


 菅生が腰に手を当てうんうん頷ていると、ふと白崎が頬を染めると、口元に手を当て屈託のない笑みを浮かべる。


「ふふっ、ありがと」


 不意に、白崎と目が合う。

 だがすぐにその視線は別の方へ移された。


「菅生君」

「ん⁉ あ、いや⁉ おう! 別に感謝されるような事は何もしてないぞ⁉ みんなも同じように思ってるからな!」


 いつものように微笑む天使に名を呼ばれ挙動不審になりながらも、菅生は自分の意見はクラスの総意だと主張する。

 それに呼応するかのように金髪や玄間を始めとしたクラス連中も肯定の声を上げ始めた。


 どこか物々しい雰囲気が漂っていた教室も、菅生の登場によって徐々に融解していく。


 やはりこのクラスにおいて菅生の存在は大きい、か。こういうのは一種のカリスマみたいなものなんだろう。

 だが、それをもってしても白崎の牙城はなかなか崩せそうにない。


 ……まったく、さっきの発言はうかつだった。今回は一杯食わされたな。


  自らの行いを省みながら、俺は窓の外へと顔を向けた。

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