after-5
滞りなく授業を終え、帰りのSHRの時間になるが、現れたのは松さんではなく副担任だった。
「えー、佐藤先生は少し用事があり席を外しているため、今日は代わりに私が帰りのSHRをする」
やや教室がざわつくが、そのほとんどは理由について思い当たる節があるようだった。
まぁ十中八九白崎関連だろうな。欠席してるから家庭訪問にでも行ってたりするのかね。
しかし事が事であるため遠慮しているのか、クラスにその事について言及する者は現れなかった。
副担任は無難に諸連絡などを終わらせると、さっさと退散していく。
いつもなら拘束を解かれたクラスの面々が思い思いに過ごし始め騒がしくなる教室も、今日は幾らか落ち着いているようだった。それでも時間は勝手に進むため急きたてられるように部活へと向かう者やら帰宅する者が現れるうちに、普段の騒がしさが取り戻され始める。
「まーくん、一緒に帰ろう!」
そんな中綿貫が目を爛々させながら俺の机へと乗り出す。
その背後では普段綿貫の相手をしてくれている女子の面々が実に生暖かい視線をこちらに向けてきていた。
「パス」
「へ?」
綿貫の間の抜けた声と呆気にとられる女子グループを置き去りにさっさと教室から撤退する。
しかし綿貫はそれくらいで解放してくれるような奴ではない。
すぐさまパタパタと追いかけてくると、横から話しかけてくる。
「ま、待ってよまーくん! どーして⁉ どーしてそんな事言うの!」
「寄るとこあるんだよ」
「寄るとこって?」
綿貫がやや不満げに尋ねてくる。
正直言いたくないが、どうせアプリで位置バレるしな。前みたいに不具合と嘯いて位置を隠すのも手だがあまり乱用してミュート機能に気づかれたら余計面倒な事になりそうだし、ここは正直に伝えておくか。今綿貫にヘソを曲げられると今後の計画に支障が出かねないからな。
「ネカフェだ。ちょっと調べものがある」
「ネカフェ⁉ え、私も行きたい!」
ネカフェの四文字に綿貫が目を輝かせる。
まぁそうなるよな。だから言うの嫌だったんだよ。一応強引に突っぱねる事も可能だろうが、今後の事を考えるとそうしないのが賢明か。
「好きにしろ」
そう言えば必ずついてくるのが綿貫空那という人間――
♢ ♢ ♢
――パソコンの置いてある個室に入れば、ぴったりと横で綿貫が座していた。
「これがネカフェ……いわゆる漫喫!」
さしもの奈良であってもネカフェくらいは存在するが、そうそう行く機会などなかったのだろう。綿貫が物珍し気に個室をきょろきょろ見回す。
余計な綿貫が隣にいるが、やるべきタスクをこなすためパソコンを起動した。
デスクトップ画面になり次第インターネットを開くと、特殊なブラウザをインストールする。
「ねねまーくん、お外にいっぱい漫画あったけど持ってきいいんだよね⁉」
「そうだな」
半ば興奮気味に尋ねてくるので首肯すると、そそくさと綿貫は個室から出ていった。
さて、あいつがいようが構うつもりなどなかったが、いないのであればそれに越したことはない。さっさと用事を済ませよう。
これから潜るのは個人情報が筒抜けになりかねないダークウェブ。わざわざうちではなくネカフェに足を運んできたのはそれが理由だ。今特殊なブラウザをイントールしたのはそのダークウェブに潜るためだ。
俺の見立てが正しければそこに俺が欲している情報があるはず。
まずはあの拡散された画像元である違法取引サイトへ行くが、白崎のものと思われる動画は跡形もなく消えていた。流石、あの手の動画を取り扱ってるだけあって手が早い。どれくらい早いかと言えば一連の騒動の成り行きを全て察知してるかのように早い。あるいは元々限定販売とかだったのかもしれないが。
そこからさらに深いところへ。
これ以上はネカフェでも安全か微妙だなというところで、ふと別の違法取引サイトに辿り着き、決定的なページを発見する。
びっしりと制服や私服姿のサムネイルが立ち並び、$表記で様々な値段がつけられていた。
出品者はきたむー。どうやら扱っているのは女子高生の盗撮動画らしい。本物jkなどの謳い文句が多く存在する。ロケーションは駅や商業施設にとどまらず、トイレや更衣室、果てには家なんてものも存在していた。一番多いのは街中でスカートの中を撮っているらしき動画だが、その多くが顔写真付き。何より重大なのは、見知ったような制服を着ている姿が多くある事だ。
「どうかしてるな……」
一人ごちると、ふと後ろのスライド扉が開く音が聞こえる。
「まーくんすごいよ! 読みたいのがいっぱ……え?」
綿貫が抱えた漫画が一冊滑り落ちる。
視線の先はディスプレイの画面だ。まぁ若い女のローアングルのサムネイルがこれみよがしに立ち並んでるからな。パッと見ただけでもアレなサイトだと察することはできるだろう。
「お前のツイッターに上げた画像もこんな雰囲気だったな」
確認すると、少し遅れて綿貫が口を開く。
「……う、うん」
そろりそろりと中へと入ってくると、やや緊張した面持ち、あるいは警戒したような面持ちで俺の隣へと座る。何か誤解されている気もするが、まぁ聞かれない限りいちいち弁明する必要も無いだろう。
「一つ聞くぞ。お前はどうやってあの画像のサイトに辿り着いた?」
「え、えとフォロワーさんからDMで……」
「なるほどな」
それでその送られてきたURLにたまたま白崎と思しき動画があったとは随分な偶然もあるもんだな。
「綿貫、もとみやかぬうのアカウントパスワードを教えてくれ」
「え? ど、どーして?」
困惑気味に尋ねてくる綿貫は、俺に対する不信感を徐々に募らせている気配だ。
「ちょっと気になる事があってな。一瞬だけアカウントを復活させたい」
「気になる、こと……」
綿貫が腑に落ちない様子で復唱する。まぁ消したアカウントとは言え易々とそういう事を教えたくはないか。
まぁ特にこちらとしても絶対に確認が必要というわけではないからな。しつこく聞きだすことはしない。
「ま、嫌ならいい。確かにリスクはあるからな」
このまま引き下がろう。思考はそのように満場一致になっていたはずのだが、ふと口から余計な言葉が飛び出す。
「お前が俺の事を信用できないなら仕方ない」
そう言って俺は綿貫から視線を外す。
ああ、最悪だな。こんな言葉を口走りたくなかったし、本当に口走るとも思っていなかった。
何故ならそれはある意味今の俺が一番毛嫌いしているはずの言動だからだ。結局俺は今も昔も変わってない。いや、むしろもっとタチが悪いか。
自らの体たらくに心中で舌打ちしていると、綿貫が慌ただしく俺の腕を取る。
「ま、待ってまーくん……! し、信用してる! してるから 教える! 教えるよ? えっとね、えっとね……」
いそいそと綿貫の口からかぬうのアカウント名とパスワードが告げられる。
「……助かる」
陰鬱な気分になりながらも教えてもらった情報を入力し、一時的にアカウントを復帰させる。
俺が確認したいのはURLを送ってきた相手の事。だが案の定というべきかアカウントは削除されていた。
それでも履歴には『そのムカつく子って天使って呼ばれるくらい可愛いんでしょ? そういう子って案外こういうとこで円光みたいなのしてたりするし探してみたらw うまくいけば失脚させられるかもょw』という文面と、件の画像のサイトへつながるURLは残っており、綿貫の言っていた事が嘘ではない事は確認できた。
アカウントの退会手続きを再度行い、パソコンの方も既に得たい情報は得たのでページを閉じる。
「二時間パックだからさっさと読み始めないと時間来るぞ」
「へ?」
声をかけると、既にデスクトップ画面に戻ったパソコンをぼーっと眺める綿貫だったがはっとしたように視線を上げる。
「あ、そ、そーだよねまーくん! えと、これ陰陽聖戦の作者のデビュー作! 一緒に読も!」
どこかぎこちない雰囲気を醸しつつも、綿貫は持ってきた漫画の中から一つを選んで俺に表紙を見せてきた。
「それは興味あるな。読みたい」
「ほんと⁉」
俺が肯定する姿勢を見せると、綿貫は先ほどの様子から一転、顔を綻ばせぐいっと身を寄せてくる。
「えへへ~」
視界の端では綿貫が機嫌よさそうにしている。
こんなもの、一人で読んだ方が確実に効率が良いだろうが、漫画を読みに来たわけじゃない俺にとってはどうでもいい事だな。
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