after-4
人気の無い屋上前の踊り場の隅で、綿貫もとい”もとみやかぬう”が隅っこで頭を抱えてうずくまっていた。
「このまま住所特定とかされてネットに個人情報を晒されて殺害予告とか届いたり動物の死体とかポストに入れられたりしちゃうんだ……」
縮こまる小さな背中に近づくと、その震える肩に手を添える。
「そしてお前は名誉棄損あたりで法にも裁かれ一生社会て後ろ指さされる事になるかもな」
出鱈目を言うと、本気にしたらしく綿貫がゆっくりとこちらへと顔を向け、無言で大粒の涙を流し始める。
「そんなに泣くならあんなツイートするなよ……」
「だ、だって白崎のせいでまーくんと一緒に登下校できなくなってムカついてたんだもん……」
相変わらず自分勝手極まりない理由で行動する奴だな。
呆れつつも、スマホを起動させツイッターを開く。
ツイートの日付は俺と綿貫の関係がクラスに露見する前くらいか。
結果としてもとみやかぬうのアカウントは綿貫の愚痴垢だった。他のツイート内容を見てみれば鍵もかけずに延々とグチグチ呟いているみたいだったが、そんなのにも同調する人はいるようでどこの誰ともしれない輩からちょこちょこ反応などはもらっているらしい。
そんなアカウントで自分の学校を特定できるような例のツイートのような内容を呟くとは。綿貫のネットリテラシーの無さがうかがい知れるが、今はその事よりも被害を最小に抑えるよう動いた方がいいだろう。
「とりあえずリプ欄も軽く荒れ始めてるし、アカウントは消した方がいいだろうな」
捨て垢からお前誰だとか、コラとか最低じゃんみたいな返信がちらほらつき始めてる。コラじゃない事はうちのクラスでは既に判明してるため、恐らく他クラスの人間だろう。 それは逆に言えば学校中にこのツイートが蔓延しているという事になる。
今でこそ主にうちの生徒のアカウントに広がっている程度だが、オープンなアカウントである以上いつ急速な広がりを見せるか……。
「そ、それは嫌!」
「は?」
俺の制服の袖を掴み、綿貫が食い気味に訴えかけてくる。
「このまま放置していたら本当に特定なんて事態になりかねないぞ」
なんなら既に学校側が特定に走っているかもしれない。学校という所は案外生徒の情報を握ってたりするからな。
「そうだけど……」
「けどなんだよ」
こんな愚痴垢に何か思い入れでもあるというのだろうか。
情報収集がてら遡ったこのアカウントの過去半年に渡るツイート内容を思い返していると、綿貫がぐいっと顔を寄せてくる。
「垢消し逃亡乙wとか涙目敗走wとか言われて馬鹿にされるのはむかつくもん!」
「……」
超くだらない理由に思わず閉口する。
まるで昔そんな言葉を投げかけられたかのような口ぶりだ。この前も“いけぬま”だの口に出したりしていた辺りこいつろくなネットの使い方してないだろ絶対。
既に泣き止んでいる綿貫だが、その目の端に未だ残る雫をそっと指で拭ってやる。
頬を僅かに染め、どこか安堵したように表情を緩める綿貫に、こちらからも笑いかけた。
「いや消せよ」
「どーして⁉」
「はは、消せって」
人間は感情が頂点に達すると、その感情とは逆の言動をとってしまうらしい。面白い事など何もないのに笑いがこみあげてしまった。
だが手元のスマホに映るのもともやかぬうという文字が目に入ると、幾らか笑みも引っ込んでいく。
「でも真面目な話。このままだと本当に特定されるぞ」
「されないもん!」
さっきと言ってる事逆なんですが。
「言っとくが、お前のツイート特定できる要素満載だったからな」
「うっ……」
綿貫が苦虫を噛みつぶしたような表情をする。
一つ一つは直接つながらなくても、幾つかのツイートを総合すれば人物像や人間関係、住んでいる場所や身体的特徴などは容易に綿貫空那という存在と紐づけることができた。だがそれをいちいち説明するのは面倒なため、ここは綿貫にとって一番明快で分かりやすそうな事実を理由として挙げる。
「極めつけはかぬうとかいうふざけた名前だ。お前はうまく暗号化できていると思ってるのかもしれないがこれくらいならちょっと本を読んでる奴とかなら看破される可能性がある」
「うそ……!」
かぬうをローマ字表記にすればkanuu。それを並び替えればkuunaという文字列が浮かび上がる。
「絶対バレないと思ったのに……」
「分かったら消す事だな」
「うぅ、うん……」
やや不服そうにしながらも綿貫はアカウント削除の操作をする。
「こ、これで大丈夫だよね?」
「まぁ、そうだな」
綿貫が不安そうに尋ねてくるので、とりあえず精神状態を悪化させないためにも肯定しておく。
さてこれにて一件落着、と行きたいところだが、今回のは少し広まりすぎた。元のツイート及び過去のツイートはこれ以上拡散されることはなくなったが、もとみやかぬうという名前自体の記憶が消えることはない。
それはつまり俺のように名前の仕掛けに気づいてしまう人も現れてしまうかもしれないという事だ。無論それだけで綿貫本人だと断定されるかは分からないが、単純な奴なら十二分に断定してくる可能性はある。でもって単純な奴ほど自分の信じた情報を周りに吹聴するものだ。
もしそうなれば今度はその事が口伝に拡がり、綿貫が多くの人間に悪い印象を抱かれてしまう事になるかもしれない。その場合綿貫の立場が中学の頃の二の舞になる恐れがある。
もっとも、本来の綿貫がそういう性格なのは事実だし、今回のだって自分で蒔いた種なんだから自業自得ではあるのだが……まぁ、だからと言って迫害されて良い理由にはならないからな。
しかし、名前のからくりに誰かが気づいてしまう可能性は逆立ちしてもゼロにすることはできない。故にもしアカウントの持ち主が暴かれ綿貫が転ぶことになっても、傷が浅く済むように準備しておく必要があるだろう。
先んじてはまず俺の中にある推測の信憑性を高めていく必要がある。
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