after-3

 困惑する俺をよそに、他の人達は予想外の言葉ではなかったのか、妙に納得した表情を見せていた。


「まぁ、そうよね。聞き方最悪だったけど」

「最低な振りだったけどでかした金髪」


 そんな声が聞こえる中、聞こえないふりをしているのか大げさに汗を拭うそぶりを見せる金髪。


「いんや~緊張したぜ~。こういう事はたくやんの方が向いてるわやっぱ」

「ちょっと待ってくれ。どういう事だ」


 警戒心のようなもので満たされていた空気が散ったようなので、単刀直入で尋ねる。


「サトリスト知らねえかあ。実は朝こんなツイートが拡散されてたんよ」


 そう言って金髪がスマホの画面を見せてくる。


「なんだこれ……」


 つい声が漏れる。

 画面には『これうちの学校の奴なんだけどヤバすぎw』という文面と、その下には一枚の画像がアップロードされていた。


 画像の中には『きゃわわ超絶美少女jk撮影。白崎〇花たむ(16)』という文言と女子高生の後ろ姿の写真が掲載されている。


 そしてそのツイ主は『もとみやかぬう』、と。


 ……なるほど。それでリベンジポルノという単語が出てきたわけだ。白崎はいわば高嶺の花であり、どちからというと世論は俺が白崎に振られた、という認識になっているみたいだしな。 


 その上アカウント名がこれだからな。疑いの眼差しを向けられたのも理解できる。

 まぁそれにしたってリベンジポルノは突飛な発想すぎるが、誰かの頭の中でたまたまその単語が紐づけられてそれを口にして認識が広まったのだろう。


「やばすぎよな……」


 さしもの金髪もこの異常な画像には引いているようだ。


「てかさーこれ絶対コラじゃん? 名前もあからさまだし、これ元宮君とか白崎さんとかに対する嫌がらせとかじゃない?」

「それは思った」


 クラスの誰かの言葉に誰かが同調する。確かにその線は否定できないか。


「コラじゃないみたいだぞー?」


 が、そこへ別の声が聞こえ多くの視線がそちらへと集中する。

 声の主は金髪の取り巻きの一人、玄間だった。


「ほら見てみー? このサイトじゃん絶対。画像と同じページあるし」


 それを聞き、クラスの連中が玄間の元へと殺到する。

 今回ばかりは俺も確認しないわけにもいかないので、同じく玄間の席へと行くと、確かにスマホには画像と同じ画面と、ネットである事を示すブラウザのURLが上部に表示されていた。


 よくこんなサイト見つけられたなこいつ。どうやらかなりアングラな動画取引サイトのように見えるが、これで少なくともツイートの画像はコラなのではなく本物だという事になってしまった。これはかなり厄介だぞ。


 サムネが設定されてないためこの動画の内容は分からないが……関連販売動画のサムネがローアングルばかりのなところを見ると、下着等の盗撮の類だろうか。


 それとも。


 サイトの確認を終え、恐れやら驚きやら様々な感情を浮かべながら散っていくクラスメイトを眺めていると、勢いよく教室の引き戸が開けられ教室の注目を一点に浴びる。


「も、元宮いるか⁉」


 声の方を見てみれば、練習着のまま必死の表情を浮かべる菅生の姿があった。

 どうやら菅生もこの件について知ったみたいだな。


「いる。たぶんツイートの事だよな」


 応じると、菅生がこちらへと駆けてくる。

 するとそこへ、この時間には本来鳴らないであろう放送のチャイムが鳴り響く。


『職員の皆さんは臨時会議を始めますので、至急職員室にお集まりください』


 どうやら学校側もこの事態を把握したようだ。後はもう学校側に全て任せて無関係でいるのが得策のような気もするが……。


 もとみやかぬう、ね。


 俺の苗字が冠せられた名前を思い返しつつ、俺は教室でただ一人顔を真っ青にした人物がいるのを視認するのだった。


♢ ♢ ♢


 一時間目の自習以外は特に変わり映えのしない午前だった。まぁその自習の時間で色々と職員室では話し合いはされたのだろうが、まぁ教師側がそれを生徒たちにおおっぴらにするはずもないからな。


 握り飯を齧りながら件のツイートを眺めていると、向かいの弁当箱に箸が置かれる。


「かー! だめだ、集中できねぇ!」


 菅生が自らの頭をわしわし掻きながらそんな事を言う。


「飯食うのに集中も何もないだろ」

「逆にお前はよくそんなに落ち着いてられるよな⁉」

「落ち着いているのは確かだが、集中してるわけじゃない」


 今だって情報収集の片手間に栄養を摂っているに過ぎない。


「あーくそ、俺に何ができる事ねーかなぁ」

「あるぞ」

「そりゃ分かってるんだけどよ~……ってあるのか⁉」


 身を乗り出してくる菅生に、今できる最善の行動を提示する。


「ああ。まずはその箸を手に取る事だ」

「なるほどその手があったか! お手元だけに? ……ってそうじゃねーよ!」


 相変わらずツッコミに余念のない奴だ。


「あれ、食べないの空那ちゃん?」

「えと……今日なんか食欲なくて……えへ」


 ふと、隣の席での会話が耳に届く。今日は綿貫の席で複数人で昼食を共にしているようだ。

 心配そうに見守られる中、綿貫は弁当の蓋を閉じた。


「ご、ごめん、ちょっとお外の空気吸ってくるね」


 綿貫は立ち上がると、逃げるように教室の外へと出ていく。


「白崎さんの事だよ白崎さんの事……っておい元宮? 聞こえてるかー?」

「聞こえてる。その件については現状お前にできることは何もない。何せ当事者がこの教室に来てないからな」


 廊下側にある空席へと目をやる。白崎は今日学校に来ていない。

今回の件が関係しているのか、それともたまたま偶然体調を崩しているだけなのかは分からないが、前者であっても後者であっても喜ぶことはできないな。

 雨のせいかすっきりしない頭を持ち上げると、席を立つ。


「ん、どっか行くのか元宮?」

「トイレ。でかい方」


 それだけ言い残し、俺もまた教室を後にする。

 廊下に出ると、スマホをポッケから取り出し位置情報共有アプリを起動した。

 見てみれば、寸分たがわず自分の位置が映し出されている。


 流石東京、学校程度の敷地内でもしっかり位置がまるわかりのようだ。もしここが奈良なら三十キロくらいの誤差は出ていただろう。あるいは位置を示すマークが蠅のように飛び回ってたかもな。何せ奈良には鹿の密猟者をかく乱するための特殊な電磁フィールドが廬舎那仏を中心とした上空に張り巡らされているからな。


 唯一マップ上に存在する自分以外のマークを見ながら、その後を追う。

 少ししてとぼとぼ歩くその小さな背中を捉えた。


「どこに行くんだ」


 声をかけると、綿貫は立ち止まる。

 傍まで歩いていくと、綿貫がぱっと振り返った。


「ど、どうしようまーくん!」


 携帯を握りながら、綿貫が半泣きで訴えかけてくる。

 さて、一体何をしでかしたのやら。

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