I want you to love me one more
after-1
窓の外を見れば雨がしとしとと降っている。そろそろ本格的に梅雨入りという事だろうか。
水の滴る音に耳を傾けながらなんとなくツイッターを眺めていると、綿貫にRTされているツイートが目に留まった。
内容は来年うちの高校に受験するためのモチベ向上に在校生の先輩と繋がりたいので拡散希望と言った内容だ。元ツイのプロフ画面に行ってみると、どうやら東京某所の女子中学生という。在校生をかたっぱしからフォローしているらしく、フォロー数に対してフォロワー数が少ない。それでも既に五十人以上にフォローされており、これからもある程度数字は伸びてきそうだ。未来の後輩になるかもしれない子に期待を寄せてか在校生からのリプライもけっこうな数届いている様子だしな。
よくもまぁこんな真似をできるものだとある意味感心していると、何かが開錠される音が聞こえてくる。
ややあって、ガタンとうるさい音が耳に飛び込んできた。
「またドアロックかかってる!」
聞きなじみのある声に、ただでさえ低気圧で重い頭をさらに重くさせられる。
「まーくーん、朝だよまーく~ん」
「知ってる。近所迷惑だから声を張るな」
玄関まで行きドアロックを外し扉を開けると、綿貫が満面の笑みで両腕を横に開いていた。
「おはようまーくん!」
「おはようじゃねえよ……。朝からなんなんだお前は。まだ七時だぞ」
苦言を突き付けるが、綿貫は気にした様子もなく家の中に押し入ってくる。
「まーくんと一緒に学校行こうと思って。えへへ~」
ふにゃりとした笑みを向けながらそんな事を綿貫はのたまう。
「何の義理があってお前と学校に行かなきゃならないんだ」
「幼馴染だもーん」
綿貫は甘えたような声で言いながら俺の腰へと抱き着いてくると、こちらを見上げ、勝気な笑みを向けてくる。
「クラス公認の」
「……」
先日は俺のミスでこいつと幼馴染である事をクラスに露見させてしまった。転校生が幼馴染で再会を果たした奴なんて、もう青春真っただ中の若者どもの格好の餌だ。根掘り葉掘り奈良での事を聞かれてどれだけ精神をごっそり持っていかれた。いっその事俺のやった事を全部ぶちまけて自滅してやろうかとも考えたが、菅生の事がある以上、下手にまずい立場に行くと動きづらくなると考えてやめた。
「だからなんだ。俺はお前と一緒に学校に行く気はない。帰れ」
綿貫を引きはがし、身を翻す。
「なんで……」
ぽつりと綿貫が呟くのが聞こえる。
「なんでそんな事言うの?」
その声は心なしか上ずり震えている。
だが気にせず部屋に入り扉を閉めた。
テレビをつけベッドで体を横にすると、データ放送で三時間天気をチェックする。
一応十五時には曇りマークついてるな。
ややあって、勢いよく部屋の扉が開かれる。
「無慈悲っ!」
首を回してみると、綿貫が目をぎゅっと瞑ってスカートのひだを抑えていた。
「まだいたのか」
声をかけると、綿貫が目を見開く。
「っ!」
そのままこちらへとすっ飛んでくると、ベッドの縁を思い切り叩いてきた。
「私今泣きそうだったんだよまーくん⁉」
「おう」
「なのにどーして放っておけるの⁉」
「えぇ……」
どんな主張だよ……。
「ねーどーしてどーして!」
手すりの部分を掴み体を上下に揺らしながら訴えかけてくる綿貫。揺らしたいのだろうが非力なせいでベッドは微動だにしない。
故に俺への影響は皆無だが、やかましいのには違いなかった。
「あーもう分かったから。一緒に行けばいいんだろ一緒に行けば」
「ほんと?」
綿貫はぱっと顔を明るくする。
「今まで通りだとクラス連中には不自然に映るだろうからな」
俺のしでかした過ちを除いて大よその事をクラスの人間は知っている。そうなると二人でいる事が多かったという事実だけが残るため、そんな間柄の奴らが一切学校で関わらないのはいらぬ邪推を誘いかねない。
「やったぁ~! まーくん大好き~」
「おい」
綿貫は嬉々として言うと、制すのも聞かずベッドに滑り込みぴったりとくっついてくる。
目が合うと、存外至近距離まで顔が迫ってきていた。
「まーくん……」
綿貫は僅かに瞳を揺らし頬を染めるとややあって、そっと目を閉じ顎を僅かに浮かせる。
その仕草はどう考えてもキッス待ち。
「頭おかしいんじゃないのかお前」
「ガーン」
涙目で口を四角くする綿貫を引きはがしつつ身を起こす。
その足でなんとかベッドから立ち上がると、どっと疲れが押し寄せてきた。
なんで朝から俺はこんな目に遭わねばならないのか……。
「まーくんヒドい。あそこは優しくちゅってしてくれる場面だと思います」
ぺたんと座り、シーツを握りしめながら意味不明な供述をする綿貫。
「一ミリたりとも同意できる要素が無いのだが」
「どーして⁉」
「どーしてもこーしても、付き合っても無い奴とキスとかどう考えてもおかしいだろうが」
ごく一般的な道理を説くと、綿貫が不貞腐れたように呟く。
「まーくんだからいいもん」
「どういう理屈だよ……」
会話の成立しない奴だな。
呆れ果てていると、綿貫がぽつりと呟く。
「まーくんの鈍感」
「鈍感ね……」
いつも八割がた理解した上で発言してるつもりなんですがね。コミュニケーションって難しいね。
もっとも、その綿貫の認識もある意味理にかなった認識ではあるとは言えるのだろうが。何せ鈍感という事にしておかなければ、自分の好意を意図的に無碍にされていると考えざるを得なくなる。
こちらを不服そうに見上げてくるその姿から視線を外そうとすると、不意に携帯の通知音が鳴る。
音の方へ目を向けると、綿貫が電光石火ともいえる速度で携帯を手に取り、ネット依存ぶりを見せつけてきた。
「えっ……」
綿貫が小さく声を漏らす。
「どうしたんだ」
気まぐれで聞いてみると、綿貫がぱっと顔を上げる。
「え、えっと、なんでもないよ? えへ……」
明らかになんでもなさそうな反応だが。
「それより学校行こうまーくん!」
綿貫はちょんちょんと画面をタップすると、そそくさと携帯をポケットに入れベッドから降りる。
ちらっと見えたがさっき閉じたアプリはツイッターか。画面を落とす間際おやすみモードにしていたのも気になるが……。直す際マナーモードにもしていたようだし。
「ま、まーくん? どうしたの?」
あからさまに動揺した様子で綿貫が尋ねてくる。
「いや、学校に行くにはまだ早いだろと思ってな」
「えと……」
綿貫は目を泳がせると、手首を折り曲げ決め気味に人差し指を向けてきた。
「そ、それってまーくんの感想ですよね」
「そりゃそうだが……」
急になんなんだこいつ。若干言葉を詰まらせた辺り誤魔化そうとしているのは間違いないけども。
まぁ気にしても仕方ないか。この子隠し事下手だし、知ろうと思えばいつでも知ることはできるだろう。ちょっとした事でいちいち入れ込んでいては中学の二の舞だ。
わざわざ早い時間に学校へ行きたいとは思わないが、かと言って行かなければ綿貫と二人きりでこの部屋に待機することになってしまうだろう。どちらが精神衛生上よくないかと言えば圧倒的後者なのは明白。
なんならもう既に脳の回転が本調子じゃなくなってきている。ここはさっさと部屋を出るのが吉だろう。
「じゃ行くか」
テレビを消せば綿貫が当然の如く腕に抱き着いてくる。
「えへへ~」
胡乱な眼差しを送り付けるが、綿貫は頬を朱に染め嬉しそうに目を細めていた。
「チッ、離れろ」
「舌打ち⁉」
綿貫を振り切り、さっさと玄関の方へと歩く。
「ああっ、まーくん! まーくんってば! もー!」
後ろから慌ただしく綿貫が追いかけてくるが、気にせず外へと出た。
どうにもやりきれないな。
つづく
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