◯やりきれない俺

第三十二話 彼女がいなくなった日常

 結局学校までのルートは同じなので、自然と白崎とは同じ道をたどることになる。とは言え恋人関係というがなくなった今、俺たちが会話する理由もなく終始無言だった。あるいは俺の事をまだ好きであるというのなら、白崎の方には会話を持ち掛ける理由はあるのだろうが、当の本人は携帯とにらめっこして誰かとやりとりしているようだった。


 白崎は俺の後ろについているので画面までは見えないが、まぁ気にする必要は無いだろう。むしろただのクラスメイトのスマホの画面に関心を持つ方がおかしい。


 関心を白崎から完全に外し、この先に起こるであろう出来事に目を向ける事にする。


 うん、綿貫にどう言い訳するか。


 許可しない設定にした位置情報共有アプリのアイコンをぼんやり眺めつつ考える。

 どうせあいつの事だから今も俺の動きを監視しているに違いない。だが位置情報をオフにしているため、恐らくアプリ内での俺の位置は動いていないだろう。そんな状態で教室に顔を出せば切ってる事がバレてどーしてどーしてと放課後なりメールなりで喚きたてられるのは目に見えている。最悪の場合なりふりかまわず教室内で接近してくるかもしれない。


 まぁそれも今のうちに位置情報をオンにしてしまえば解決できることなのだが、しばらく俺は妙な動きを地図上でする事になるためあまりそれを気取られたくは無い。俺が都合の悪い時だけ位置情報を遮断するというのも手だが、その都合の悪い時がどれくらいの頻度で出現するのかが未知数のため、もし高頻度であった場合いらぬ勘繰りを綿貫がしてその度に宥めるのは面倒な事この上ない。


 よって今の状態を少なくとも都合の悪い時がなくなるまでは維持しておきたいのだが、果たしてあいつを納得させるだけの理由なんてでっちあげられるのだろうか。現実的に考えたら家に携帯忘れたと言えば仕舞いなのだが、あの子合鍵持ってるしな……。探されたすぐバレてしまう。


 せめてここが奈良であれば、そもそも電波が届く事の方が珍しいので何とでも言い訳はついたのだが。くそっ、区外とは言え曲がりなりにも東京とだけあってかどこでも電波が届きやがる。地下に行っても繋がった時はマジで焦った。何かの陰謀に巻き込まれたかと思って百回くらい背後確認したよね。おかげでちょっとした人の気配も感じ取れる身体になっちまってたんだぜ……。


 東京さすげぇだなぁと改めて奈良との違いをひしひしと感じているうちに、学校に到着してしまった。


 とりあえず携帯を取り出し、位置情報設定をアプリを使用中のみ許可へと変えつつ、靴を履き替える。


 そのままの足で教室へと向かうと、案の定というべきか席に座る綿貫は携帯から顔を上げ、丸くした目をこちらへと向けてくる。


 視線を流しつつ自分の席へ座ると、ほぼ同時にスマホが震えた。早いな……。

 画面を確認するとやはり綿貫からのメッセージだった。


『どーして⁉ どーしてまーくんがここにいるの⁉』


 横目に隣を確認すると、携帯を両手で握りしめた綿貫が目をぱちくりさせながら視線を送り付けてくるのが見える。

 直接話しかけてこなかっただけまだマシか。


『そりゃいるだろ』

『でもまーくんのアイコンずっと家から動いてない……ハッ、まさかミュートしてるの⁉ ねぇ! ねぇ⁉』


 文面だけでやかましいのが伝わってくるな……。てか打つの早いな。秒だったぞ。

 呆れつつも、一旦返信を置いて位置情報アプリを起動させる。マップ上で自分のアイコンが学校まで瞬間移動したのを確認し、綿貫の方へと画面を向けた。


 それを見た綿貫もまたそそくさと自分の携帯でアプリを起動させると、まじまじとその画面を眺める。

 ややあって、また俺の方にまたメッセージがきた。


『どーして⁉』


 どうやら見立て通り一度のみ許可とかはよく把握していないらしい。あるいは俺のアイコンが動かない理由をミュートだからと判断したあたり、位置情報の許可の事をそもそもあまり把握していない可能性もあるな。なら好都合だ。


『バグとかかもな』


 もっともらしい事を返信すると、今度は少し間を開けて返信が送られてくる。


『むむ、なら仕方ないか……』


 と思えば一瞬で次のメッセージが送られてくる。蓋を開けてみればチョロい。


『それより』

『じゃあな』


 さらに次のメッセージが送られてくる前に返信し、携帯をポケットにしまう。

 このまま行くと延々とチャットで話しかけて来そうだったからな。せっかく友達もできつつあるみたいだと言うのに携帯ばかり見ていては、できる友達もできないだろう。


 外の方へと目を向ければ、窓ガラスには半泣きでこちらを見る綿貫の姿が映っている。

 その背後からこの前話していた女子がやってくるのを眺めつつ、俺は風を呼び込むため窓の淵へと手をかけた。

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