第三十話 悪魔の資格
あれからなかなか帰ろうとしなかった綿貫だがなんとか追い出し、無事迎えた朝。
今日からはもう綿貫と登校する必要はないが、代わりに白崎と登校しなければならない。
身支度を整えていると、ふとガタンと何かがぶつかった音が玄関の方から聞こえる。
「わわっ、ドアガードかかってる!」
聞こえてくる耳なじみのある声に、急激な疲労感を覚える。朝からなんなんだあいつ……。
「ねーまーくーん、聞こえてる? まーくうん」
部屋から玄関の方へ出ると、ドアの隙間からこちらを覗き込む綿貫が顔を綻ばせる。
「あ、まーくん」
「インターホンも押さずに入ろうとする奴があるか」
とは言え開けないと騒がれて隣の部屋の人に迷惑をかけかねないので、ガードを外し扉は開いておく。
「えへへ、昨日も入ってたからつい」
「一回入れただけで図々しいにもほどがある」
「そんな事無いよ~」
「どの口が言ってるんですかね」
嬉々として玄関先まで上がってくる綿貫の姿に頭が痛くなってくる。
「ストーカー被害の心配が無い以上、もう登校に付き合ってやる義理はないぞ」
「そ、それは分かってるもん!」
「なら何の用だ」
「えっと、えっと」
一応申し訳ない事をしているという自覚でもあるのか、若干焦った様子で携帯を取り出す。
「じゃーん、これです!」
そう言ってスマホの画面に映った何かのアプリを見せつけてくる。
「なんだよこれ」
「お互いがどこにいるかリアルタイムで分かるアプリだよ~」
ふわっとした笑みを浮かべる綿貫。
位置情報アプリというやつか。
「これを俺に入れろと?」
尋ねると、こくこく綿貫が頷く。
「白崎の自分勝手な理由でまーくんを独り占めするのは許せないので、せめて地図上では一緒の所にいたいと思ったのですが、どうでしょう!」
「どうもこうも……」
スマホを両手で持ちながら、綿貫は目を爛々と輝かせ期待の眼差しを送り付けてくる。何を企んでいるのかは知らないが、どうせ大した企みでは無いだろう。それよりも。
「お前それでいいのか」
「へ?」
綿貫が小首を傾げる。とぼけているのか無警戒故なのか。
「そのアプリを入れるって事は自分の行動が俺に筒抜けになるって事だぞ。極端な話、いつでも監視されてしまう可能性があるんだ」
「うん」
存外あっさり肯定する綿貫。
「でもまーくんだから大丈夫だよ?」
きょとんとしながらすっかり信用しきった眼差しでこちらを見上げてきた。
これはどういう意味で大丈夫なのかは聞かないでおいた方がよさそうだな。
「入れたら行けよ」
携帯を取り出すと、綿貫が顔をぱっと綻ばせる。
「アプリの名前はね……」
綿貫先導の元携帯を操作しつつ、件のアプリを入れ友達登録的な操作を行うと、アイコンが同じ地点に表示された。
それを見ながら嬉しそうに頬を染める綿貫に少し罪悪感を覚えていると、ふと画面の上にバナーが現れた。どうやら誰かがメッセージを送って来たらしい。
タップしてメッセージの中身を確認すると、そこには『昨日の所で待ってるね』と書かれていた。どうやら白崎からのメッセージらしい。昨日の所と言えばあそこか。
了解と返そうとすると、ふと綿貫に腕をとられ阻止される。
「ちょっと待ってまーくん!」
「なんだよ藪から棒に」
ぞんざいに聞くと、綿貫が俺の携帯の画面を凝視する。
「やってたのらいん⁉」
「ああ。まぁ」
頷くと、綿貫がぐいと顔を近づけてくる。
「どーして! どーして教えてくれなかったの⁉ 白崎には教えてるのに!」
「いや別に教えてないから。クラスグループ経由で勝手に知られたというか」
言うと、綿貫は目を大きく見開く。
「やっぱりビッチなんだよあいつ! 今すぐ離れた方がいいよまーくん⁉」
「やっぱりって……」
というか口悪いな。
ただまぁ、さしもの天使も敵にはそんな見方をされてしまうか。
再び俺の携帯の方へ視線を落とす綿貫だったが、何かを思い出したのかはっとした表情をする。
「あれ? でも私がグループに入った時よろしくって言ってくれてたっけまーくん?」
「いや普通にスルーしたけど」
「ひどい!」
俺の弁に半泣きで固まる綿貫。というか入った事すら知らなかった。基本的に読まずに既読するからな。
「クラスグループとか苦手なんだよ」
「分かるけど!」
流石元ぼっち仲間。そこは理解してくれるか。
「とにかく友達追加するからしてね? 絶対だよ?」
そう言いながらいそいそと綿貫がぶつくさ言いながら自分のスマホを操作し始める。
「中学の時はやってなかったのに……ちなみにツイッターとかインスタもやってるの?」
「一応あるけどそっちのアカウントはほとんど知ってる奴いないからよくないか」
せいぜい菅生と趣味垢同士でつながっているだけだ。
「ダメ! 絶対ダメ!」
しかし綿貫は完全に俺の言葉を突っぱねると、ツイッターなどを開き始める。
その際、ずらりとアカウント画面に色々なアイコンが並んでいるのを目撃し軽く引いていると、強制的にいくつかのアカウントとFF内にさせられてしまった。
「携帯貸して。まーくんの事だから絶対放置するもん、私がちゃんと追加してあげなくちゃ」
よく分かってるな……。曲がりなりにも付き合いが長かっただけある。
だがこれで渡したら余計な事をしかねないのも長い付き合いの中で分かっていた。
「渡さん。でも追加はこの通りしておいた」
画面を見せつけつつ綿貫をきっちり追加する。
「むむ」
不服半分、嬉しさ半分といった具合で呻る綿貫は放っておき、未だ返事ができていなかった白崎のトーク画面を改めて開き了解と入力する。
「あれ、まーくん……」
メッセージを送信していると、綿貫が画面を覗き込んできた。
「なんだよ」
「白崎の事友達追加してなかったんだ」
「ああ、まぁ」
綿貫はトーク画面の上にある友達ではありませんの文字を見ながら、そろりそろりと指をブロックの方へと伸ばそうとする。
「触れるな」
「あっ」
すかさず阻止すると、さっさとポケットに突っ込む。
名残惜しそうに声を漏らす綿貫だったが、やがてその口元は緩み始める。
「でもそっかぁ~。白崎、まーくんに友達とも思われなかったんだぁ~。エヘヘ~、ざまぁ♪」
たかだかSNSの関係一つで友達かどうかをはかれるとは思わないが。
上機嫌な様子の綿貫につい半目になる。
「お前マジで性格悪いよな」
指摘すると、慌てた様子で弁明してくる。
「し、白崎の方が悪いもん! 他の男のためにまーくんを利用してるんだよ⁉」
「ふむ……」
確かに綿貫目線からはそう映っても仕方ないか。他でもない白崎自身がそう思われるように振舞っているのだから。
悪魔にだってなってみせる。
あの時そう言った白崎の黒真珠のような瞳を思い出す。果たしてあの天使はどこまで身を堕とすつもりなのだろうか。
分からないが、いずれにせよ白崎は悪魔になどなれはしないだろう。何せ天使は幾ら堕ちようと堕天使にしかなれない。無論、解釈次第ではそれもまた悪魔ではあるが、それでも根っからの悪魔に敵うとは到底思えない。
「とりあえずこれで用は済んだろ。さっさと行け」
「わ、分かってるもん。まーくんのいじわる」
不満を漏らす綿貫など気にせず背中を押し玄関から追い出す。扉を閉めようやく一人になったところで先ほどのアプリの設定画面を開き、位置情報を許可しないに設定しておく。
入れるとは言ったが使うとは一言も言ってないからな。
そんな言い訳を心中でしつつ、自分も大概性格の悪い人間だなと苦笑が込み上げてきた。
何を今更自覚したような風を装っているのかと。
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