第二十四話 天使にやりきれない

 ゲームセンターを見回ってみるも、存外お互いサイフの紐が固めだったため特に見るだけで終わった。ただまだ買い出しには早いという事で、フードコートで休憩する事に。時間も時間だからか、席はちらほらとしか埋まっていなかった。

 席に着くと、白崎がふとスクールバッグについていてるぬいぐるみへ目を受ける。


「思ったんだけど……」


 白崎がもじもじと顔を赤らめると。


「おう」

「これを真っ二つにして片方を正成君にあげたら二人で一つって感じがして、良くない?」


 そう言ってはにかむ白崎。

 急に何言い出しますのこの子。


「正成君は頭がいいから頭で、私は残りの胴体。どうかな⁉」

「どうかなじゃねえよ怖いわ」


 ていうか二人で一つって物理的な意味で使うもんじゃないだろ。


「でもほら~、より恋人っぽい感じにするなら、同じ物を付けた方がいいのかなって」

「確かに同じ物ではありますがね」


 かつては同じだった物という方が正しいかもしれんが。


「じゃ、じゃあ今から引きちぎる⁉」

「おいやめろ。ぬいぐるみがいたたまれないだろうが。ていうか末代まで大事するのはどこ行った」

「え、それは勿論するよ? ずーっと置いておくよ? 一生眺めるよ? 私がいなくなっても金庫に厳重に保管するよ? 胴体」

「うわぁ……」


 目が据わる白崎に半ば引く。

 大事にするってそういう事じゃないと思うんですね。しかも末代って事は仮に子供や孫が出てきてもそうし続けるって事だろ? 母親や祖母が毎日首無しのぬいぐるみ眺めてるの嫌すぎる。


「とりあえず俺は頭も胴体も受け取らないからな。やるなよ?」


 恋人っぽくするために真っ二つにされたぬいぐるみ付ける二人とか明らかやばい奴らだ。


「そっか……正成君に受け取ってもらわないと意味ないからね……」


 しょんぼりする白崎だが、言ってくれればもう一個くらい取ったんだが。一応偽物を演じる以上、必要と感じたら同じものを付けてもよかった。まぁ必要と感じた場合だが。


「やだ! 帰りたくない!」

「わがまま言わない!」


 ふと、騒がしい声が聞こえてくるので見てみると、先ほどとは別の親子が何やら言い合いしていた。ただこちらの方が子供の年齢は高そうだ。


「アイス食べたいもん」

「駄目っていってるでしょ? ほら、早く行くよ」

「無理!」

「無理じゃありません! すみませんほんと」


 俺たちの視線に気づいたのか、母親とみられる女性がこちらへ頭を下げ、子供を引っ張っていく。

 やがて親子が去っていくと、おもむろに白崎が口を開いた。


「子供って勝手だよね」


 別段冷たい印象は無いが、温かい雰囲気でも勿論ない。


「子供嫌いには見えなかったが」


 クレーンゲームでの白崎からはそんな様子微塵も感じなかった。あるいは今も特にそんな気配を滲ませている様子はない。


「嫌いじゃないよ。むしろ可愛いし好きだけど、勝手ではあるなって」

「まぁ、確かにな」


 特に先ほどの子供は小学三年生や四年生くらいだろうか。それくらいの子供はなまじか自我が芽生え始め親が手を焼き始める年ごろだ。それが勝手と映るのは至極当然だろう。逆にゲームセンターで出会ったあの子たちはまだまだ可愛い年ごろで、特に弟たちの方は基本的に親のいう事に従っていきながら自我を育んでいる最中のはずだ。


「でも羨ましいとは思うかな」


 親子の去った後をどこか遠い目で白崎が見る。


「子供……というよりは家族か」


 うっかり口を滑らすと、白崎が顔をこちらに向ける。

 我ながら余計な事を言ってしまった。


「そうだね……そうかも」


 どうやら特に自覚していた訳ではなかったらしい。


「だって私、ちょうど七歳くらいの時にお母さん死んでるからね」


 思いのほか軽く放れた死という言葉だったが、不思議と俺の心には響いてこない。だから冷静に今までの白崎の行動を思い返してしまう。


 そうか、道理で親子を見る目が他と違ったわけだ。だがその過去がこいつにとってどうであれ、俺はそこへ深く立ち入るつもりはない。元来俺は共感性の薄い人間なのだ。


「なるほど……」


 いかにも気のない返事をしてしまったと反省するが、白崎は特に気にした様子は無い。あるいはそれが予定調和とすら思っていそうな気配だ。


「懐かしいなぁ。お母さんが死んで、いっぱい泣いて、でも丁度そのころに学校で嫌なことあって、でもお父さんは仕事で、家には誰もいなくて。だから私は自分の力で解決する道を選んだ」


 空気が心なしかひりついた気がした。

 母親の死についてはもう特に何も思っていないのか、特に憂いている様子は無い。それどころか喜んでいるようにも見えた。


「でも今となってはそれで良かったと思ってるよ」


 白崎は口元に笑みを湛える。


「だってそうじゃなかったら私、正成君と今こうして一緒の時間を過ごせてないと思うから。あの道を選んだからこそ私は正成君と肩を並べることができている」


 白崎の黒真珠のような瞳が俺を捉える。


「でもまだ、あくまで同じ土俵立っただけ。だって正成君、まだ私に全然興味ないよね?」


 否定してほしいのだろうか。

 そんな考えがよぎるが、やめておく。ここで甘言で惑わすことにメリットを感じない。


「性分なんでな」


 婉曲しつつも肯定するが、実は少しだけそれは間違いだ。

 何故なら俺は、ここまで白崎と過ごす中でほんの少し心を揺り動かされていた。無論微量ではあるが、それは本来俺にとってはあってはならない感情のはずだ。

 だから分かっていても口に出して認めるわけにはいかない。


「嘘だよ、それ」


 不意に放たれた白崎の声が耳朶を打つ。

 その底知れぬ瞳に、視線が吸い寄せられる。


「私、知ってるよ。正成君は正成君の思ってるほど冷たい人じゃない。だから嘘」


 放たれる言葉は凍てつく刃先のようで、冷気を伴って俺の心臓へと迫りよる。


「勿論、私に興味ないのはその通りだと思うよ? だけどそれは性分だからじゃない」


 ひんやりとした温度が俺の心臓に触れたような気がした。


「空那ちゃんがいるからだよね? 屋上では気にしてない風を装ってたけど、全然そんな事無い」

「……」


 言われて、はっとする。言葉を失ってしまった事に驚く。そしてそれは白崎の言葉が紛れもない事実である事を証明していた。


 ああまったく、その通りだよな。自分に嫌気がさす。幾らだまくらかそうしても、それがたとえ他でもない俺自身に対してのものだったとしても、白崎は全てを見透かしてくる。


 やはりこの女は侮れない。頭もそれなりに回るし、嘘も上手。何より、人を見る観察眼が段違いに鋭い。いつだってこいつの言葉は俺の真ん中を突いてくるのだ。それ故に、心を揺さぶられざるを得ない。


「……だから綿貫をどうにかするつもりか?」


 隠したところ無駄とはわかりつつ、明言は避けつつ問う。


「綿貫さんにはしないよ? 前も言ったと思うけど、私は大好きな人を敵に回したくない」

「今は敵対してないと、そう主張するのか?」


 言葉の裏を明らかにしようと尋ねるが、白崎はさもありなんと首をかしげるのみだった。


「勿論だよ? 今だけじゃない。私はいつだって正成君の味方。きっと綿貫さんからも解放してあげる」


 白崎が屈託のない笑みを浮かべる。

 綿貫からの解放、脱却。それはある意味で、俺の一番の命題になり得るのかもしれない。


「だから覚えておいて。私は、正成君のためなら悪魔にだってなってみせるよ」


 そう告げる白崎の目はしっかりと俺を見据えていた。

 悪魔。天使とは正反対の存在か。


「そりゃまた大層な……」


 だが、こうして白崎は俺の内側へまた少し侵食していく。つくづく思う、本当にこの女と中学の時に出会わなくてよかった。もしあの時の俺がこんな言葉を掛けられた時には、あっという間に染まり切っていただろう。元来、俺はそういう人間なのだ。


 だがもし、本当に自らの心が白崎に囚われてしまったとしても、それはたぶん俺へ安らぎをもたらしてくれるに違いない。


 前門の虎後門の狼とは言うが、俺の場合まったくの逆だな。とんだ幸せ者な事で。

 自らの置かれている状況に喜びを嚙みしめようと努力していると、ふと白崎の視線が外れる。


「そういえば、今何時かな?」


 先ほどの影はすっかり鳴りを潜め、白崎が問いかけてくる。

 携帯を確認すれば、もう八時になろうとしていた。


「八時近いな」

「そうだよね? 急ごう正成君。そろそろ値下げシールが貼られる頃合いだから!」

「なるほど」


 それでまだ買い出しには早いと言っていたわけだな。まぁ大よそ母親を亡くしているため、やりくりなどは全て白崎に一任されているのだろう。


 慌てているのか、白崎は臆面もなく手を取ってくると、俺を引っ張っていく。

どうやら後門を抜けた先には、食品売り場があるようだ。存外悪くなくてやりきれない。


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