第二十三話 子供たち
白崎の元へと戻ると、どうやら白崎もまたクレーンゲームをしていたらしい。
その傍らには七つやそこらの見知らない女の子がいる。
「行くよ~」
「うん!」
女の子が頷くと、二本アームが動き始める。
白崎は上手い事クレーンを操ると、うずだかく積まれた掌サイズのキャラのぬいぐるみを一つ掴む。そのまま危なげなく落下口へと到達すると、ポトリと賞品を落とした。
「わーすごーい!」
「はいどうぞ」
白崎が女の子に視線を合わせ、ぬいぐるみを渡す。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「いえいえ~」
そう言いながら女の子に微笑みかける白崎。色々と攻撃的な事をちらつかせる女だが、根本の部分ではやはり悪人ではないのだろう。
「お姉ちゃんおそいよ~」
「よー!」
ふと別の方から声が聞こえてくるので見てみると、今度はさらに小さそうな子らが二名ちょこちょこ走ってくる。どちらも女の子の弟といったところか。
「このお姉ちゃんにぬいぐるみ取ってもらってたの!」
「え、ずるい! 僕も欲しい僕も欲しい」
「欲し~!」
子供たちが白崎に純粋な眼差しを向けてくる。
子供は正直ね……。
「え、えっとー、ちょっと待ってね……百円まだあったかな」
白崎は少しだけ戸惑った様子を見せるが、しっかり応えてあげるようだ。まぁこうも純粋に期待されてはなかなか断りづらいだろうな。
「俺が取る」
「あ、正成君」
クレーンゲームの方へ向かうと、配置などを確認していく。
「だぁれその人?」
女の子が尋ねると、不思議そうにこちらを見てくる。
「この人はね、私の彼氏さんだよ~」
「そうだったんだ~すてき!」
白崎の回答に女の子が目を輝かせると、その弟たちも顔を綻ばせた。
「そっかぁ。おあついね~ひゅーひゅー」
「ひゅーひゅー」
「どこで覚えてきたんだそんな言い回し」
子供たちから出てきた言葉に、つい呆れ笑いが込み上げてくる。
まぁ子供って覚えてばかりの言葉使いがちだからな。ドラマか何かにでも感化されたのだろう。
それじゃあまぁ、取っていくか。今度は実力機と見受けられるからな。不正は無しだ。
中を眺めてみれば、ちょうどタグに通せば二個一気に取れそうな所があるな。白崎のプレイを見た感じこのアーマーの設定はそこまで厳しくなさそうだし、これなら一気に決めれるか。ただ一つは確実に通せそうだが、もう一つの方は若干怪しい。とは言え、こちらさえ取れれば恐らくその上のぬいぐるみも崩れて落ちてくるだろうから、二個は最低でも取れるか。
しっかりと当たりを付け、百円を投下。最適と思われる位置へクレーンを動かし、アームを下す。閉じれば爪がタグに滑り込んでいく。
持ち上がると、同時に二個掴むことに成功し、当たりを付けていた景品も支えを無くしたことでコロコロ転がり取り出し口に落下した。
「すごーい!」
目をキラキラさせる子供たちが映るケースの向こうで、掴まれたままの二つのぬいぐるみも落下口へと無事到達。アームが開くと同時に取り出し口に吸い込まれていった。
「わぁ三個だよ!」
「お兄さんかかっこいい!」
「いい~!」
子供らの称賛を浴びつつ、賞品をとりだす。
「ほい。これで姉ちゃんずるくないだろ」
弟たちに渡してやると、大層喜んだ様子で笑顔を見せてくれた。
「うん! お兄ちゃんありがとう」
「とう~」
「良かったね」
弟たちがきゃっきゃする姿に、女の子も嬉しそうだ。
「ちょっとあんた達早く来なさい。何してるの?」
諭すような声が聞こえるので見てみれば、この三人の母親と思われる女性が早歩きでこちらに近づいて来ていた。
「あのね、お兄ちゃんとお姉ちゃんにぬいぐるみ取ってもらった」
「た~」
「私はお姉さんからで、二人がお兄さんからもらったの」
「あら!」
子供たちの発言に母親が目を丸くすると、こちらへ視線を向ける。
「ごめんなさ~い! うちの子たちが何か粗相したみたいで……」
「いえいえ、自分たちが好きでやった事なので。な?」
同意を求めると、白崎は人当たりの良さ全開の笑みを浮かべる。
「そうですよ~。それよりもこちらこそ迷惑じゃありませんでしたか?」
「そんな迷惑だなんて! そうだ、お金の方はお幾らかかったのかしら」
そう言いながらサイフを取り出すので制する。
「百円ずつくらいしかかかってないですし」
「でも……」
「それにもう一つ取れてるので全然気にしないでください」
余分にとれていたぬいぐるみを見せると、ようやく母親の方も納得できたのか、逡巡したそぶりを見せながらもサイフを収める。
「それなら、お言葉に甘えさせていただくことにするわね。本当にありがとうございます」
「いえいえ」
「ほら、ちゃんとあんた達もお礼言いなさい」
「ありがとうお兄ちゃんお姉ちゃん~!」
「ありがと~!」
「と~」
口々に子供らが言うと、そうだと思いついたように母親が口を開く。
「さっき買ったものなんだけど、良かったら二人で食べて」
差し出されたのは最後までチョコたっぷりの箱だった。
「そんな悪いです」
「いいのいいの、さっきちょっと安くて買いすぎちゃったやつだから」
返報性の原理とでも言うべきか。ここは素直に受け取っておくのが無難かもな。
「それではお言葉に甘えまして。ありがとうございます」
受け取り頭を下げ受け取る。
「こちらこそありがとうござました」
母親もまた一礼し歩き始めると、子供たちが去り際俺たちに手を振ってくるので振り返した。
「今日の晩御飯は何がいい?」
「ハンバーグ!」
「いいえ、カレーにしま~す」
「なんで~⁉」
そんなやり取りをしながら親子たちはこの場を後にしていく。
ここからどうするかと白崎の方へと目を向けると、白崎はまだ親子の姿を眺めていた。
微笑むその目はどこか慈しむようであり、儚げに映える。あるいはどこか羨ましがっているようにも見えた。だがそんな数多くの雰囲気を醸す白崎はどこか神々しく、まさに天使と称されるに相応しいと改めて秘められた魅力に感心する。
「あまりじろじろ見られるのは恥ずかしいかな……」
ふと、白崎が頬を朱に染めそんな事を言ってくるので目を逸らす。
「ああ、悪い」
つい美術作品を鑑賞する感覚で見てしまっていた。
妙な間が開くので、それを埋めるべく手に持つお菓子とキャラのぬいぐるみに視線を落とす。
「こっちは分ければいいとして、問題はぬいぐるみをどうするかだが……白崎いるか?」
一応尋ねてはみるが、別に上質なものでもないしな。まぁ要らないなら要らないでこちらが処理するだけだ。
しばらくもじもじする白崎だったが、やがて恥ずかしそうにしながらも口を開く。
「も、もらっても良いのでしょうか……」
「まぁそりゃな。俺が持ってても仕方ないし」
言うと、白崎が嬉しそうに顔を綻ばせる。そんなに良いものかね。
ほいと渡すと、白崎はぬいぐるみを大事そうに胸に抱え満面の笑みを浮かべた。
「ありがとっ。末代まで大事にするねっ」
「お、おう……」
喜んでくれて何よりだが、それって呪い殺すって時に使う言い回しじゃない? 考えすぎ?
とは言え、心から嬉しそうにぬいぐるみを眺める姿は、幾らか可愛げがあると思わなくもない。
こういう小さな出来事を積み重ね、人はやがて一緒になる道を選んでいくのだろうか。
そんなくだらない事が頭をよぎった所で、馬鹿馬鹿しくなり自嘲する。
このまがい物の関係に、俺は一体何を考えているのやら。
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