第二十話 あわや、危機一髪(?)


 例の如く綿貫と帰りつつ周辺を探ったが、今日は特に誰かが付けてきている様子はなかった。昨日のは俺の気のせいか、あるいは追跡者が気取られたことによって一旦つけるの控えたのか。


 一応綿貫を家に送り届ける事も考えたが、この後予定がある上に、害があるかも確定していない奴から守るためにそこまでするのは、いささか深入りしすぎではないかと思いやめておいた。


 いつもの分かれ道で綿貫と別れると、そのままの足でいとうファミリー、通称いとファへ向かう。既に五時を回っているため、あまりもたもたはしていられないだろう。一応交通機関を使えば余裕で間に合うが、できるだけ生活費は節約しておきたい。


 しばらく歩く事数十分。学校を通り越し、しばらく行くとそれなりに車や人通りが増えてきた。と言っても所詮区外なので大した事はないが、それでも住宅街の多い自宅周辺よりは栄えているだろう。

 しばらく歩いていると、後ろからふわっとフローラルな香りが漂ってくる。


「偶然だね正成君」

「白崎か」


 こつこつとローファーを鳴らしながら、白崎は俺の隣へと並んでくる。


「制服なんだな」


 時刻はもう五時を大幅に超えて六時になろうとしている。学校が終わるのが大体四時やそこらで、もし学校から直接いとファに行けば二十分もかからない。ましてやここなら十分くらいでたどり着ける距離なので、一時間半以上の猶予があったはずだ。


「私服の方がよかった?」

「いや別に。ただ待たせてたら悪いなと」


 もし家が遠くどこかで時間を潰させてしまっていたのなら、こちらの都合で無駄な時間を過ごさせたことになるからな。


「それなら安心して。私も委員会があってさっき学校出てきたばかりだから」

「あれ、何委員だっけお前」

「修学旅行委員だよ」

「あーそうだったのか」


 他人の委員会など気にしたことも無かったからな。記憶に一切留めていなかったようだ。


「修学旅行委員となると、もう一人いるよなたぶん」


 特に宿泊関連であれば男子と女子を用意するのが普通だろう。


「あー、うん。玄間くろま君も修学旅行委員だね」

「誰だそれ」


 聞きなれない名前だ。


「ほら、菅生君のグループで、金髪君とよく一緒にいる子だよ」

「あー、はいはい」


 俺を拝んで来た奴のうちの一人が玄間だった確か。取り巻きとして認識していたからちゃんと名前覚えてなかった。それに金髪とかは主にチャレンジ関連でよく話すが、取り巻きとは一回もちゃんと話した事無いしな。


「しかしもう集まってるんだな」

「うん、言っても半年切ってるからね~」

「それもそうか」


 確か修学旅行は十一月。五月ももう終わろうとしているから、確かに半年切ってることになるな。


「今日なんか決めたりしたのか?」

「えーっとね」


 白崎が思い出そうとする素振りを見せると、後ろで車輪を漕ぐ音が聞こえてくる。

 咄嗟に白崎の腕を引っ張りこちら側に引き寄せると、並走する自転車が鈴を鳴らしながら傍を通り過ぎていった。


 歩道を走るなとは言わないが、せめて並走はするなよ危なっかしい。あれは他校か。しかも片方は男後ろに乗せちゃって。ウホッ♂


「あ、ありがと正成君」


 白崎が心なしか恥ずかしそうにながら控えめに視線を送ってくる。


「気にするな。業務の一環だ」

「業務……。そ、それじゃあ私も雇用主としての権利使っちゃおうかなー?」


 そう言って一思いに俺の腕へ抱き着いてくる白崎。顔を真っ赤にしながら片目で俺の様子を窺ってくる。


「パワハラセクハラで訴えるぞ」

「ご……っ」


 白崎がぱっと離れると、ぎゅっと目を瞑り握りこぶし作る。


「ご無体っ!」


 ご無体て……。


「まぁ別に、腕なんでしょっちゅう勝手に綿貫が張り付いてくるからわざわざ拒否する理由も無いが」


 お好きにどうぞと腕を差し出すと、白崎は存外強い力で俺の手首を掴んできた。

 目を向ければ、凍てつくような眼差しで腕を見ながら、慈しむように撫でてくる。


「そっか……可哀そうな正成君……彼女としてこの腕を千切って空那ちゃんが触れないようにしてあげないと……」

「即物的に腕を取るのはハラスメントどころか凶悪犯罪なんですが」

「いとファだし、糸鋸も売ってるよねきっと。冷凍庫は家にあるし……」


 聞いちゃいねぇ……。


「ま、別に、俺としては業務が減るに越したことはないからな」

「ああっ」


 腕を引っぺがすと、白崎は半泣きの目でその動きを追ってくる。

 そのまま気にせず歩き続けるが、なおも名残惜しそうに見続けてくるので、一旦立ち止まる。


「くれぐれも切り離すなよ」


 自分で言ってて何言ってんだという感じだが、なんかほんとにやりかねない空気醸してたからなさっき……。念には念をだ。

 再び腕を差し出すと、白崎が顔を綻ばせる。


「で、では失礼して……」


 白崎は遠慮がちに寄ってくると、意を決したかのように腕へ抱き着いてくる。

 花の香りが広がると、存外心臓に近い二の腕の方からも温もりが伝わってくる上に、頭との距離の近さにも戸惑う。


 そうか……綿貫は低身長だからしがみ着いて来てもここまで届かないんだな……。いつもはこう手首とは言わないものの、なんというか肘に抱き着かれてるイメージというか。


「暖かい……」


 白崎がほっとしたように呟く。


「そうだよね、腕を千切ったらこの温かさは感じられないよね。危なかった~」

「そうですね」


 俺も心底安堵した。まさか本気で切り取ろうとしていたとは。危なかった~。

 しかし、これはもうあれだな。傍目から見たら立派なカップルだなこれ。ある意味偽装大成功なのかもしれないが、俺としてはあまりカップルっぽくしたくないのが本音だ。


 周囲を見渡せば、ちらほらと人は確認できるが、不自然な挙動をしている人影はない。

 ひとまず安心しつつも、やがて来るその時に向け、今から心構えを決めておいた。

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