第十七話 疑念
学校に辿り着き、一息つく。
ほんとあいつら何なんだよ。綿貫は綿貫で仲を深めないという条件に抵触した行為と言えるし、白崎も白崎で登下校は共にしないという条件に抵触している。どいつもこいつも目先の事しか考えず俺を振り回そうとしやがって。
上履きに履き替え、教室へと向かう。
辿り着き中へ入ると、少し早く来たためかいつもより人が少なかった。
だがそんな中に目立つ人影が一人。
そいつは俺が入ってくるのに気づくと、にやにやしながら歩いてくる。
「おっ、出たなサトリストぉ」
「またお前か……」
真っ先に飛び込んでくるのは金色の髪の毛。その髪の輝き具合からクラス全員から金髪と呼ばれている稀有な男。
いつもの取り巻き、と言ってもこいつ自身も菅生の取り巻きみたいなものだが、今は一人のようだった。
「んだよぉ? つれない事言うなよ元宮君」
金髪はなれなれしく肩を組んでくる。
染料の匂いとワックスの匂いが入り混じった変な異臭が鼻を突き気分は良くない。
「それともあれかぁ? 白崎さんと付き合ってるからって調子乗ってんのか? お?」
「そういうわけじゃないが」
これは面倒くさい事になるかもなと先を憂いていると、金髪は肩を叩いてくる。
「まーま。分かるぜぇ? 白崎ちゃんだもんなぁ。そりゃ浮かれる。だからこの際その事は目を瞑ってやるさ」
「そりゃどうも……」
「けーど、俺は納得いってないのよ。なぁぜぇなぁらァ……」
ねっとりとした口調で溜めると、声高らかに金髪が吠える。
「お前は一度も俺におったてたところを見せていないッ!」
「は?」
あまりのくだらなさに絶句してしまった。
「サトリストたるお前が彼女を作ったってのが納得できねぇわけよ。まぁそりゃ白崎ちゃんレベルだしぃ? サトリストの牙城が崩された、ってのもあるとは思うよ?」
金髪が言うと、今度はグッと握りこぶしを作った。
「けどそれをもってしても俺の心は納得しねぇ! あんなにも俺が崩そうと思っていた牙城が一日して他の奴に崩されたのも納得できねぇ! でだ、今日はこんな動画を持ってきた」
意味不明な供述をしながら金髪がおもむろにスマホを取り出すと、ぺこぺこ操作しだす。
こいつはそういう奴だったな……。
「さぁしかと刮目ゥ!」
そう言って再生ボタンがタップされる。
流れてきたのは個室の映像。誰もいない場所にぽつりと映っているのはトイレ。おいマジかよこれ……。
やがて個室の入り口が開かれると、制服を着た女子が入ってきた。
やがてその女子がスカートを上げるところで、停止する。
「おい」
「お?」
声をかけると、何やら期待するような反応が返ってくる。
「お? じゃねえ。お前少し恥を知れ」
「お? お? もしかしてきたか⁉」
「来ねえよ。ただこんな動画を見せてて何も感じないのか?」
真面目に聞いているつもりだが、金髪にはそうは聞こえなかったらしい。
「なんだなんだぁ? そんな事言って、けっこう来てんじゃねぇかぁ?」
「いやそういうんじゃないから。ただ、こういう特殊な動画を平気で見せられる神経に俺は今猛烈な疑惑を抱いている」
あくまで冷静に諭すと、金髪は軽く舌打ちをし茶化すように口を開く。
「んだよ……。もしかしてあれですかあ? こういう
「なら分かった。お前が見せたい動画全部見てやる。だが絶対俺にお前が望むような反応は起きないと断言する」
「な、なんだよ……」
なおも姿勢を崩さないでいると、さしもの金髪も少し臆した様子を見せる。
「というかいつも思うが、このお前の動画のチョイスはなんなんだ? 特殊な奴ばかり拾ってきているみたいだが、普段どんな検索してるんだよ」
つい半目になると、金髪は焦燥感をあらわにしながら前のめりになる。
「ち、ちげえよ⁉ ただ、てめぇが全然普通のでも反応しないから仕方なくつか……。最初はただのAVだったったくね⁉」
「どうだかな。確かに初めはそんなだったかもしれないが、けっこう早い段階で特殊な方に切り替わってたと思う」
「そ、そんな事はー……」
俺の指摘に目を泳がせる金髪。正直適当にあしらっていたので覚えていなかったが、そういう自覚は本人の中であったらしい。
「まぁいい。とにもかくにも今の自分を客観視してみる事だ。特殊な動画をこんな教室の真ん中で同級生に見せつける図は色々軽蔑されても仕方ない」
忠告すると、金髪がぱっと飛びのく。
「きょ、今日の所は許してやっからよ! て、てめぇがサトリストだから悪いんだからなぁ! ほ、ほんとマジで! 俺ちょー健全だからね⁉ じゃ、トイレ行ってくるわ⁉」
サトリストのばかやろ~と吠える声が遠ざかっていくが、まぁ流石に今のは苦言を呈したくもなる。金髪も悪い奴ではないんだろうが。
とりあえず自分の席へと着いて日向ぼっこしていると、少しして菅生が廊下から姿を現す。続いて白崎とそのさらに後ろから綿貫が姿を現した。こいつら一緒に来たのか?
「よー元宮、金髪に何かしたのかー?」
菅生が俺へ話しかけてくるのをよそに、綿貫は間をすり抜けるように自らの席へ着席し、白崎は菅生に一言挨拶をして他の女子の輪に入っていく。この感じだと、たまたまどこかで鉢合わせて一緒に来たってところか。
「別に何もしてない」
菅生が自らの席へカバンを置くので応答する。
「さっきあいつトイレから出てきて元宮にいじめられたびえーんつってたぞ」
どことなく機嫌よさげに菅生が言う。
「まぁサトリストチャレンジは失敗させたが」
「あーそれかぁ。あいつもこりねーよなー」
「まったくだ」
菅生の悠然と語る姿に、一抹の可能性が脳によぎっていると、珍しく携帯の通知音が鳴る。
見てみれば、白崎叡花の文字があった。
教えた覚えは無いがと思いつつも、クラスのグループチャット経由で登録してきた事は容易に想像がつく。
友だちではないユーザーですの文字を見つつ、メッセージの内容を確認すると、『昼休みは一緒だからね?』などと書かれていた。
つい視線を白崎の方へと向けると、白崎はスマホで口元を隠しながらこちらへ笑いかけてくる。
なるほど、天使と言えば天使か。
もし本当の彼女であれば可愛げのある所作に感じたかもなと自己分析していると、チャイムの音が聞こえてくる。
「はーい座った座った~」
前の扉から松さんが入ってくると、金髪なども教室に戻ってきた。
「残念なお知らせでーす。今日は委員会があるので委員の人は帰るのが遅くなりまーす」
松さんがSHRを始めるので、意識を外へ向ける。
空は相変わらず青々としていたが、ちょうど流れてきた雲が太陽を覆い隠したせいで、心なしかくすんだように感じた。
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