◯クラスの天使にやりきれない

第十六話 俺と天使の関係を知る者②

 朝。いつもより少し早めに家を出て綿貫の待ち合わせ場所へと向かう。


「……流石にいないか」


 周りを見渡しても気になる人影は無い。

 昨日今日では流石に尻尾を掴ませてはくれないようだ。それとも綿貫の家まで行けばあるいはと、いつも綿貫がやって来る方の道を見やる。


 まぁ、流石にそこまでしなくてもいいか。俺と違って家族と住んでるわけだし、そう家の近くで何か起きることはないだろう。

 それでも念のため綿貫からは死角になる位置で待つと、やがて慌ただしい足音が聞こえてきた。


「あ、あれ⁉ まーくんがいない!」


 聞きなれた声が聞こえてくると、綿貫が角から姿を現し顔を綻ばせる。


「あ、まーくんいた~」

「おう」


 短く返事だけして、綿貫の背後など入念に辺りの気配を探るが、誰かにつけられている様子は無かった。


「それじゃ、行くか」


 ひとまず登校中は安心かと歩き始めると、綿貫が突然俺の腕を抱き寄り添ってくる。


「何してんの……」

「えへへ~まーくんの温もり感じてるの~」

「感じて何になる」


 じんわりと伝わってくる温もりを振り払おうと考えるが、目を細め嬉しそうにする綿貫の姿が目に入り思い直す。

 まぁ、飽きたら勝手に離れるか。


 とりあえず好きなようにさせておこうと、空いてる左手でスマホをいじる。

 が、歩けども歩けども綿貫に俺を離す気配はない。


「いい加減離れろ」


 学校近くにさしかかり、堪らず口を開く。


「えー、どーして~?」


 にこーっと幸福感に満たされた饅頭のような顔を向けてくる。


「もう学校近いし。ちらほら生徒の姿も増えてきたし」

「でもまーくん彼女いなんですよね~?」

「そういう問題じゃねえ」


 てかなんでそんな煽り口調なんだよ。いやまぁ煽られる程度には彼女いた事無いけども。


「ともかく離れろ」


 懸命に振りほどこうと腕を大きく振り回すが、存外力が強くとれない。結果的に綿貫の身体を振り回す事になってしまった。


「あうーおうーあうぅ~」


 揺らされるたびに間の抜けた声を発する綿貫だが、しっかり腕にはしがみつき離れようとしない。


「はぁ……」


 いい加減疲れたので一端引きはがし作業を止める。


「えへへ~」


 ふにゃりとした笑みが勝ち誇った笑みに見えてなんか腹立つ。


「まぁまぁ、良いではないですか~」

「良いわけないだろ」

「ほんとだよ~」


 突然別の声が聞こえたかと思うと、ぬっと目の前に人影が現れる。


「元宮君は私の彼氏なのにそういう事されると困るんだよね~」

「白崎叡花……」


 綿貫が小さく呟く。

 どこから現れやがったこいつ……。


「あ、名前覚えててくれたんだ空那ちゃん。ついでに元宮君からも離れてね」


 白崎がにこやかに言うと、綿貫はべっと舌だし腕の後ろへ身を隠す。

 そのふてぶてしさに白崎は笑顔こそ崩さないものの、明らかに表情がカチーンと硬くなっていた。


「えっと、正成君は私の彼氏なんだからー、何も間違ってない事言ってないと思うけどなー?」


 しれっと呼び方変えてきたな。


「なっ……! そんな事!」


 綿貫が目を丸くすると、何か訴えたそうに前へ出て白崎と対峙するが、押し黙る。

 ややあって身を翻すと、道の端に寄って行って俺へ手招きしてきた。

 仕方なしに応じると、綿貫がしゃがむので俺も視線を合わせる。


「あの、嘘恋人と知ってる事は白崎に言っても大丈夫なのでしょーか⁉」

「あぁ……」


 確かに誰に言うなと言ってるから白崎も対象に含まれている可能性は大いにある。

 存外律儀だな。昔に比べて多少成長したのか、あるいはよほど絶縁したくないか。


 まぁ正直なところ、わざわざ言わなくていい事は言わないでもらいたいが、実害がでる確率は低いだろうし、言いたいこと言わずにため込ませる方が都合悪いか。


「別に構わない。あんまり声高らかに言うと周りに聞こえるからそこだけは注意してくれ」

「おっけー!」


 許可を与えると、綿貫は揚々と躍り出る。


「あ、離れたんだね。それじゃあもう独りで学校に……」

「わ、私知ってるもん……」


 元来引っ込み思案のためか、白崎にかける声音は少し緊張が伴っている気がした。


「何を?」

「ま、まーくんとの関係、知ってるもん。だから、白崎……白崎さんが」


 あ、呼び捨てにしかけて言い直しやがったこいつ。


「独りで学校に行けばいんじゃないかな」


 おっかなびっくりながらも、はっきり放たれた言葉に白崎は微笑を称える。


「なるほど、もう言ってあるんだ」


 白崎と目が合うが、正当な権利なので特に気にせず耳を傾ける。


「でもだからなにっ?」


 満面の笑みを浮かべる白崎に、綿貫が一歩後ずさる。


「んなっ……!」

「形はどうあれ正成君は私の彼氏だから、空那ちゃんの出る幕はないよ。ていうか空那ちゃんこそ彼女でもないくせにどういう了見してるのかな?」

「ぐぬ」


 早口でまくし立てられ、綿貫が苦虫を噛みつぶす。


「私の主張は形はどうあれ恋人という関係があるからこその主張で正当性はあるけど、空那ちゃんについては微塵たりともその正当性は無いよね?」


 論理的風感情論。


「あ、ありますケドー? 私とまーくん幼馴染だし、幼馴染だったら何したっていいもん!」


 いやよくねえよ。感情論以前に倫理観がどうにかしてる。


「お。幼馴染だからって、何でもしていいなんて……そ、そんな、しょんなこと!」


 噛むなよ。なんでこの狂った倫理観から出てきた主張に狼狽てるんですかねこの天使は。

 これもう相手にしたら面倒なだけだな。


「そ、そうだ!」


 どちらが言ったのかは分からないが、どうでも良かった。


「ま――」


 次の言葉が降りかかってくる前に地面をけり上げる。

 できるだけ早く走れるよう正しいフォームで、俺は残りの通学路を駆け抜けた――

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