第十四話 松さんきついっす

 教室に帰れば未だ教室は俺たちの話題で持ちきりだった。

 当然俺もまたその輪の中に加えられ、色々と聞かれたりしつつも、事情を知る菅生のフォローなどを受けなんとかやり過ごした。

 そんなこんなで早くも放課後。


 綿貫がとぼとぼと歩いている後ろ姿を見ていると、入れ替わりで白崎が歩いてくるのが見える。


「それじゃ、またね元宮君」

「おう」


 彼女らしくわざわざあいさつしに来たのでこちらも彼氏役としてそれに応じると、白崎はフローラルな香りを残し軽やかに教室へと出ていく。


 教室の外で再び白崎はこちらへと目を向けると、軽く手を振り今度こそ俺の視界から消えた。


「カップルらしく一緒に帰ったりしないんだな」


 白崎の出ていった方を見つつ前の席から菅生が言う。


「ま、俺にも色々とあるからな。登下校を共にするのは無しにしてもらってるんだ」

「ほーん」


 既に事情などは知っているからか、特に深入りする様子もなく視線を逸らすと、黒板の端の方で止める。


「はぁ……」

「出し抜けにどうした」

「いや黒板見たら月曜って文字が見えてよ。月曜ってなーんかやる気出ないよなぁ」

「あー」

「分かる! すーっごく分かるわ!」


 首肯しようと思ったら、明後日の方角から突然別の声が降って湧く。

 見てみれば、担任の松さんが菅生の机に両手を叩きつけていた。


「あ、まつさん先生」


 菅生が言うと、松さんは凄まじい殺気を飛ばす。


「あ?」

「じゃなくて佐藤先生。ははは……」


 乾いた笑みを浮かべつつ菅生が言い直すと、松さんは腕を組みながらしぶしぶといった具合に殺気を引っ込める。


「本当ならシュガーと呼んでもらいたい所だけどまぁいいでしょう」


 どう考えても松よりシュガーの方が恥晒しだと思うんですがね。


「それよりもほんとに月曜ってやる気起きないわよね~。月曜も休日にすべきと思うわない?」

「それは分かるっす。月曜ってだけで気が重くなるっつーか」


 それしたら今度は火曜嫌うでしょうに。


「ほんとよ~。しかも菅生君昨日金髪君たちとか女子ズと遊んでたんでしょ? 余計よねぇ?」

「まじそれなっす」


 そういや俺も白崎の穴埋めに誘われてたな。昨日だったのか。


「あ、昨日と言えばぁ」


 ふと松さんがにやにやと嫌らしい笑みを向けてくる。


「元宮君もお楽しみだったみたいよねぇ?」

「ああ、楽しかったですね。今度は帰りにメイド喫茶にでも寄ってみようと思います」

「なッ、メイド⁉」


 メイドというワードに過剰なまでな反応をする松さん。あんたが綿貫の事匂わせるからですよ。


「ちっち、佐藤先生、メイド喫茶だからって不健全認定するのは野暮ってもんすよ? イマドキ余裕でカップルで入ったりするっすからね~」


 松さんの反応が教室としての反応と思ったのか、菅生がフォローしてくる。


「え、ああうん、そうよね。うふ、うふふ……先生ったら頭カコチン☆」


 松さんが舌を出し自らの頭をグーで小突く。

 頭カコチンってなんだよこのアラサー。まぁ言っても見た目はまだ二十代だし割と美人な部類だろうからまだ良かったものの……うーん、やっぱりアラサーって分かってるときつい。


 つい半目で見てしまうと、その視線を何と取ったのか松さんは汗をかきつつ一歩後ずさる。


「そ、それじゃあ二人とも気を付けて帰るのよ? ばいちゃ!」


 早口で言うと、足早に俺たちの前から去り他の生徒たちへと話しかけに行く。


「あ~そこの女子ズ二人~! 土曜のスイパラどうだったぁ?」

「あ、せんせ~ちょー楽しかったよ~」


 その姿を眺めつつ、菅生が口を開く。


「松さん名前に関しては怖ぇけど、けっこう良い先生だよな」


 あれがね……。確かにこうやって生徒とコミュニケーションを図って色々と把握していたりする辺り、良い先生と言えるかもしれないが……この人の裏事情知っちゃってるからな。


「ま、そうかもな」


 とは言え触らぬ神に祟りなし。無難に肯定しておく。


「でもメイド喫茶って事は、秋葉原にでも行ってたのか?」

「ああ。オタ活しにな。そしたら先生に目撃されたんだ」


 まぁ俺のオタ活ではないが。


「なるほどなー。どうだ、楽しめたか?」


 菅生からしてみれば何気ない質問のつもりだろうが、俺には大きな意味を持つ質問だった。


 綿貫とカフェに行った時の事や、アキバ巡りした時の事が今一度思い返される。

 正直な所、多少楽しくはあった。こんなでも俺は人間の端くれだかからな。結局群れたがる生き物に過ぎない。だから綿貫云々というよりも似た趣味を持つ人と時間を分かち合えた事が楽しかったのだろう。ただ相手が綿貫であると考慮した場合、楽しかったなどと手放しに頷くことはできなかった。


「……どうだろうな」


 はいともいいえともつかない回答が口をつくと、菅生は呆れたような視線を送ってくる。


「はっきりしねーやつだなぁ。俺なんて行きたくても学校の連中と会うかもしれないから行くに行けないんだぞ」

「いやそれはお前が自分でつけた枷だろ」

「う、うっせーな! 誰だって努力は水の泡にしたくくないだろ⁉」

「……ああまぁ、それは一理あるが」


 俺もまた菅生のように昔の自分を変えようと色々試みてきた。おかげでようやく多少は常識的な思考ができるようになったわけだが、それが全部無かったことになればと考えると……確かに嫌だな。


「だろ? それじゃまぁ、俺は部活あるから行くなー」

「おう」


 教室を出ていく菅生を見送り、俺もまた帰途につくべく綿貫が待っている裏門へと向かった。

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