第十三話 俺と天使の関係を知る者①

 人気のない所を探しつつ廊下を歩いていると、菅生が口を開く。


「い、いや~、お前も隅におけねーやつだよなぁ。まさか白崎さんと付き合い始めるなんてさ」

「……」


 やはり動揺してるな。

 菅生の様子やら周囲を人がいないか注意しつつ、渡り廊下の出入り口に付近で立ち止まる。


「どうした急に立ち止まって? てかそもそも俺に用ってなんだ? もしかしてここがその用のある場所かぁ?」


 菅生が額に手を置き、わざとらしく辺りを見渡す動作をする。


「まぁ、それでいい。だがまず用件を伝える前に一つ確認する」

「おう」

「これから言う事を、お前は絶対に他の奴らに言わないと約束できるか?」


 目を見て尋ねると、菅生の表情に真剣さが宿る。


「なんだ急に改まって。らしくもねー。まぁ何を言うつもりかは知らないけど、別にお前が言うなって言うなら言わねーよ?」

「その言葉信じるぞ」

「おうよ」


 菅生はどんと来いとばかりに構える姿勢を見せる。


「その話と言うのが俺と白崎についてだ」


 言うと、再び菅生がお茶らけ始める。


「お、なんだなんだ~? もしかして馴れ初めでも語ってくれるのかぁ? 仕方ねぇなぁ、聞いてやるよほれ」

「ある意味間違っては無い」

「そ、そうか……そうだよなー……」


 至って真面目に答えると、菅生は気まずげに視線を逸らす。まぁまずそんな話は聞きたくないだろうからな。さっさと誤解をとこう。


「結論から言うと、俺と白崎が恋人であるっていうのは嘘だ」

「え?」

「いわゆる偽装カップルというやつだ。俺と白崎は表面上付き合ってるフリをこれからするが、実際本当に付き合うわけではない」

「いや、え? どういう事だ? え?」


 菅生からしてみればあまりに突拍子もない話なのだろう。随分と混乱していると見受けられる。妥当な反応と言えば妥当な反応だな。


「どうもうこうもそのままの意味だが」


 冷静に切り返すと、菅生は少しずつ落ち着きを見せ始める。


「そのままの意味って言ったってよ……そんな話本当にあるとは思えねーぞ……」


 ややあって、何か思いついたのか口を大きく開けた。


「もしかしてあれか? ドッキリ的な。恋人同士なのに偽装カップルとカミングアウトしたら信じない説~みたいな」

「……」


 なんでそうなるんだよ。


「ったくよー、二人とも舞い上がりたい気持ちは分かるけどそれに俺を巻き込むなよな~!」


 まぁでもそう言いたくなってくるのも理解はできるか。


「俺からしたらそっちの方が本当にあるとは思えない話だ」


 いかにも俯瞰している口ぶりで言うと、菅生はどこか呆れを内包したような眼差しを向けてくる。


「いや偽装カップルも大概だぞ……そんなラノベみたいな……」


 確かにそう簡単に信じられる話ではないからな。それならまぁそれで仕方がない。


「まぁ、信じないなら好きにしてくれていい。他の連中と同じように俺たちの事を祝福してくれ」


 相手にとってあまり想像したくないであろう事をわざわざ言葉にして伝達する。それでもなお信じないというなら、それがこいつの選択だとして尊重しよう。

 しばらく膠着していると、おもむろに菅生が口を開く。


「……マジ、なのか?」

「マジだな」

「マジか……」


 菅生が嘆息したように呟いたかと思うと、ぱっと顔を明るくする。


「いやあ~焦ったわ~。まぁそりゃそうだよな。別にそんな今まで関わって来なかった二人が付き合うわけねーよな!」


 どうやら信じる気になったらしい。


「ごもっともだな」

「そうかそうかーちょっと安心したわ」

「安心か」

「あ、いや安心って言うかなんというか、うーん、まぁいいや。安心だな! 何せ白崎さんは人気者だからな~。お前が周りの男子から刺されかねないかと思うと、ダチとしてこれほど不安な事は無いしな~」


 一瞬言いよどむ菅生だったが、調子よく誤魔化してくる。


「まぁこの事はお前以外には言ってないから、刺される可能性は大いにあるわけだが」

「あ、そっかぁ」


 まぁ刺してくるのは男に限った話ではないが。

「はぁ……」


 信じてくれた安堵と、思いやられる先行きに息を吐くと、不意に菅生があの質問を投げかけてくる。


「でもよ、何でまた元宮も白崎さんもそんな事してんだ?」


 やっぱりそれは気になるよな。相手から差し出された条件である以上、使わない事に越したことはなかったのだが、聞かれてしまったなら仕方がない。言われた通りの理由を伝える事とする。


「……まぁなんだ、少し話す機会があって、その時白崎さんが好きな人の気を引きたいから俺に彼氏のフリをしてくれと頼んできたんだ」


 条件には『風に』の言葉が付いていたので、多少アレンジしつつも条件通りの事を伝えると、案の定菅生は食いついてくる。


「す、好きな人だと? 白崎さん、好きな人いんのか⁉」

「らしいな。誰かまでは聞いてないが」

「そこは聞いとけよ!」

「興味ないし」


 まぁ実際は俺というのが正しいのだろうが、その事実を伝えてしまうのは俺にとってやや不都合なので伏せさせてもらう。


「そうか……お前はそういう奴だったな元宮……。それでも何か頼まれたら必ず引き受けていく辺り良い奴なのは分かってるけどよー。現に白崎さんの頼みも引き受けてるもんなー」


 急にそんな事を言ってくるので、わずかに言葉が詰まる。


「……やる事無いから頼まれたら聞いてるだけだ」


 偽装の件については半分脅されたようなものだが。


「そんな事言ったってお前頼まれたらだいたい引き受けてねーか?」

「そうでもないだろ」

「あるとしても綿貫さんを保健室連れていく時くらいじゃね? あの時はびびったわ~まさか元宮が渋るとはな」


 菅生の発言に、一つだけ俺の中で不可解だった事に合点がいく。


「だからあの時視線が痛かったのか」

「そういや注目の的だったな」


 からかうかうように菅生が言ってくる。

 にしても少し嫌な素振り見せるだけで見世物になる俺の立場とは一体。まぁそれだけ俺の普段の行いが功を奏していたのだと肯定的に捉えとくか。中学の時じゃありえないからな。


「でもなんというか、災難だな元宮も。白崎さんと偽の恋人させられるとは」

「お前の目にはそう映るのか」


 不意に放たれた想定外の言葉に、つい感想が口から出る。。


「ん、どういう事だ?」

「いやお前なら羨ましがるくらいしそうなものだと思ってな。実際俺の認識は災難で間違いないが」

「あー、確かに相手は天使だからなぁ。一緒に居れるってのはでかい特典だよな」


 俺はともかく、それが一般的な見解だと思っていた。


「ただ、理由が他の男のためだろ? 俺なら素直に引き受けられるかどうか……」

「なるほど……」


 無論菅生があの女に惹かれているのは承知していたが、それでも菅生なら羨ましいだの言ってくると思っていたのだが。


「あ、あーいやあれだぞ⁉ 一人の男として他の野郎のために利用されるってのがあれっていうかな? 男のプライドって奴な⁉」


 俺が邪推してるとでも思ったのか、慌てた様子で弁明してくる菅生。どうにも白崎が好きだと悟られたくないきらいがあるが、ここまで露骨なのに気づかないわけないんだよなぁ。それでも隠したいというなら別にそこを突こうとは思わないが。 


「元来オス同士は競い合うよう設計されてるから言わんとしてる事は分かる。ただそれでも一つ言えるのは俺にとってそれがどうでもいい事であるという事だな」

「流石ぶれねーなぁ」


 菅生は安堵にも呆れにも似た視線を向けてくるがすぐに引っ込ませ、自信ありげに腰に手を当てる。


「でもま、お前らの関係は分かった。なんか面倒な事になったりしたら相談してくれ。いつでも手を貸してやるからな。俺に言ってくれたのもそういう事なんだろ?」


 何故俺がこの話を菅生に開示しようと思ったのか。それを聞かれた時どう答えるべきか悩んでいたのだが、どうやら勝手に菅生で良いように解釈してくれたらしい。実際は違うが、ここは遠慮なく乗っからさせてもらおう。


「……そうだな。助かる」


 あとはまぁ、菅生なら大丈夫だろうが、念には念を入れておくか。


「ただくれぐれも他言しないでくれ。もし言ったらオタクの事バラす」

「お、おいおいおい、急に怖ぇ事言うなよな⁉」


 俺の言葉に菅生は随分と焦った様子で訴えかけてくる。


「冗談だ。悪かったな。流石に俺も恩を仇で返す趣味は無い」

「おま、顔色一つ変えずに冗談言うなよな……。まぁ俺もまだ恩を着せたわけじゃないから、本気でそう言われても仕方ないけども」


 菅生が疲れた様子で肩を落とす。やはりよほどオタクである事をバラされるのが嫌らしい。


 少し悪い事をした気もするが、白崎に強く出る事ができた理由の一つとしてこれがあった。実際バラすと言ったわけではないが、その可能性を植え付けただけで効果は大きいはずだ。これでまず白崎との関係は口外しないだろう。


「からかって悪かったな」

「まぁまぁ、お前けっこう義理堅そうだからな、そう言われたとしても分かるさ。なに、天地がひっくり返っても他言しないから安心していいぞー」

「助かる」


 やはり根本的にこいつは良い奴なのだろう。何にせよこれで俺の目的は達成できた。後は綿貫だな。


「そいじゃ、そろそろ教室戻るか」

「ああ」


 頷き歩き始めると、ふと菅生がぽそりと呟くのが聞こえる。


「白崎さんの好きな人、かぁ」


 何を思って呟いたのかは分からないが、俺の目には単にさっきの会話を思い出して繰り返しただけとは映らなかった。

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