第七話 その理由

 コラボカフェのやってる建物までやって来た、のはいいのだが。


「一緒がいい! 一緒がいい!」


 未だ駄々をこねる綿貫が俺をポカポカ殴ってきていて鬱陶しい。


「しつけえ」

「まーくんが強情なだけだもん!」。


 どっちがだよ。

 だがここで折れてしまえば変に学習して今後も図に乗りかねないので我慢する。


「あんまりうるさいとカフェも入らんぞ」


 脅しをかけると、綿貫が縋るような眼差しで袖を掴んでくる。


「そ、それはダメ!」

「なら大人しくすることだ」

「うう、分かった……」


 綿貫は肩を落とすと、袖を握る力も弱くなる。

 目に見えて落ち込む奴だな。別に俺とじゃなくてもいいだろ。どうせストーカーいないんだし。


 半ば自分に言い聞かせつつも、カフェの方へと目を向ける。予約時間からすでに五分の遅刻だ。十分くらい遅れるかもしれないと連絡は入れておいたが、できるだけ早い方がいいだろう。


「行くか」


 中へ足を踏み入れ階段を下っていくと、キャラの等身大パネルが出迎えてくれる。

 間もなく店員が出てきて予約の本人確認やら注文し方やら決まりなどの説明を済ませいざ内部へ。


 中は作風に合わせてか全体的にモノクロな雰囲気。壁にはアニメのカットシーンやらキャラの絵が張り付けられていた。その向こうにはグッズ売り場があったりアニメ映像の映るモニターがあったり等身大パネルがあったりとなかなか雰囲気は嫌いじゃない。


「おお~!」


 目を輝かせる綿貫を横目に、案内に従って二人席へ向かい合う形で着席すると、机には裏返しのマットがおかれていた。裏返せば、主人公の友人ポジションのキャラが印刷されている。


「ねぇねぇまーくん、いっせーので見よう……ってもう見てる⁉」

「あ、悪い」


 反射的に謝ってしまうが、どのタイミングで開こうが俺の勝手だよな。


「でもいいなぁ~! 闇隠やみがくれ君だ~」

「だいぶ人気らしいな」


 アニメ勢だからあまり詳しい事は知らないが、まぁ俺も好きなキャラではある。


「それはもうビジュアルも言動も何もかもがかっこいいからねぇ~。それにそこはかとなくまーくんと雰囲気似てるし」

「いや似てないだろ……」


 闇隠の方がよっぽどかっこいいわふざけんな。


「それよりお前のは誰なんだ」


 促すと、そうだった! と綿貫がマットをひっくり返す。


「お、ぼく最強な先生じゃないか」


 作中ではとにかくめっぽう強い上にかなりのイケメンで闇隠に劣らぬ人気キャラだ。綿貫も好きそう。

 だが予想とは反して綿貫の表情は微妙だった。


「先生か~……」

「あんまり好きじゃないのか」

「うーん、嫌いじゃないんだけど、先生ちょっと頭おかしいから……」

「まぁ、確かに基本的にクズだもんなあの人。でもめちゃくちゃ強いだろ。あとイケメン」

「うん、だから好きではあるよ? ただやっぱり闇隠君には及ばないかなぁ」

「なるほど」


 まぁ要するに推しキャラじゃなかったって事ね。たぶん口ぶりからして闇隠が推しなんだろう。


「これいるか?」


 手元のマットを指して言う。確かに俺もこの作品では一番好きなキャラではあるが、そもそも作品の大ファンというわけでないからな。それなら大ファンの手元に行った方がグッズも喜ぶだろうという純然たるオタク精神である。


「え、ほんと⁉」


 身を乗り出し目を爛々とさせる綿貫。やっぱ闇隠推しか。


「ほれ」

「わぁ~」


 マットを差し出すと、綿貫は顔を綻ばせる。


「あ、そうだ。じゃあまーくんにはこれあげる」


 そう言って差し出されたのは先生の方のマットだった。


「別に全部お前が持って帰れよ。好きなんだろ陰陽聖戦」


 言うと、綿貫はぐっとこらえるように目を瞑る。


「うーん……! 確かに、確かに先生の方も回収したい感はあるよ! あるんだけど……」


 ふと綿貫が、自らの頬をぽりぽり掻く。


「お互いが同じとこで貰えるグッズ持ってるのってなんかこう、二人で来た証みたいでいいかなって……えへへ」


 頬を赤らめはにかむ綿貫の姿に、鼓動のリズムが一瞬歪むのを感じる。


「そうか」


 努めて平常心を装いつつ差し出されたマットを受け取ると、綿貫は機嫌よさげに俺が渡したマットを眺める。よっぽど推しのマットが嬉しいに違いない。


「はっ! これ顔の所にまーくんの顔写真を貼り付けたらもっと……」

「やめなさい」


 不穏な呟きが聞こえたのですかさず制する。推しに対する冒とくだぞそれは。ていうか普通に俺が嫌だ。


「冗談だよ~」

「だったらいいんですけどね」


 にこやかに言う綿貫だが、胡散臭さが滲み出ていて絶妙に信用できない表情だ。


「そんな事よりさっさと注文しないとな。誰かが遅刻してきたせいで時間も無いし」

「わ、わぁ! すごいよまーくん! 指だって指!」


 露骨なまでに話を逸らす綿貫がお品書きを指し示して言う。

 そんな姿に呆れつつも指とはなんぞやと思いお品書きを見てみれば、確かにそこには禍々しい指の写真があり、一言で【指】と印字されていた。


「良い趣味してんな……」


 確かに怪物化した主人公の手の指が数本敵に食われるというシーンはあったけけども。デザート枠っていうのもなんか悪意を感じる。

 種類は少ないのでとりあえず指とあとは適当なものを注文すると、綿貫が辺りを見渡す。


「でもやっぱりアキバっていいねぇ~。聖地って感じするよ。こういうコラボカフェって奈良には無かったし」

「大阪にはあっただろ」

「そうだけど……」


 それはつまり実質奈良にあると同義だ。何故なら奈良は大阪の植民地だからな。アクセスだって郊外から都内に出るのとそう変わらない。だが南部は別だ。あそこは奈良でも人食い族が生息する地域だからな。せいぜい大阪の統治下にあるのは中部くらいまでだろう。そういう意味では真の奈良は南部にこそ存在するのかもしれない。


「なんていうかその、雰囲気がやっぱりアキバなんだよ!」

「分からんな」


 なんなら昨今のアキバにはオタクがいなくなったとまで言われてるし。俺としても大阪の日本橋の方がオタクの町って感じがしないでもない。


「だからもっと色々と見て回りたいなぁ……」


 ちらっと綿貫が視線を送ってくる。まだ諦めてなかったのかこいつ。アキバ推しはそれを言うための布石だったか。


「だからまわりたきゃまわれと言ってるだろ」

「だって一人じゃなくてまーくんと一緒にまわりたいんだもん」


 熱のこもった眼差しに、また分からなくなってくる。何故だ。何故俺なんだ。


「なんで俺となんだ……」


 ぽろりと言葉が口から零れてくる。押さえつけていた溜飲がふつふつと胃の中に燻ぶり始めるのを感じた。


「そ、それはあれだよ。ほら、私」

「ストーカーされてるから、か」

「そうそう!」


 こくこく頷く綿貫だが、そのストーカーが存在しない事を俺は知っている。とはいえ証拠は不十分なので今それについて議論するのは不毛だろう。だからストーカーがいるという前提で話を進めていく。


「じゃあストーカーさえいなければ一緒に回らなくていいのか、とはならないんだよな」

「う、うん」


 まぁ、そうだよな。ストーカーいないし。

 それに既にその問いかけは保健室の時に終わっている。こいつは守ってほしいから俺と一緒にいたいとは言わなかった。アキバ巡りに関してもそれはたぶん同じだという事くらい想像できる。


 だがなればこそ、もやもやする。


 思えば最初からよく分からない。自分なりに答えを見つけてみたりもしたが、そのどれもが腑に落ちないのだ。


「だったら……」


 綿貫は一体俺をなんだと思っている? 何を思えばそんなに親し気にできる。一体今の俺は綿貫にどう映る?

 頭の中に様々な疑問が浮かび上がり、一つの疑問へと集約される。


「なんでお前はそんなに、俺と一緒にいようとするんだ」


 俺の問いかけに、束の間の沈黙が訪れる。

 やがて目の前の綿貫はもじもじし始めると、自らの指をもてあそび上目がちに頬を染める。


「……好きだから、じゃ駄目かな」


 綿貫から飛び出た思いがけない言葉に、頭の中でうごめいていた無数の文字列が一瞬にしては弾ける。


 好きだから。そうか……好きだから、か。


 俺が考えたどの理由よりも腑に落ちる理由だった。

 だが溜飲が下がると同時に、別の何かがうっすらと浮上し像を結び始める。


「駄目に決まってるだろ」


 気づけばそう口走っていた。


「どーして⁉」


 綿貫が半べそをかきながら尋ねてくる。


「冗談にしてはあまり面白くなかった」

「ウケ狙いと思われてる⁉」


 しょんぼりと綿貫が肩を落とす。


「まぁでも、アキバ巡りくらいなら付き合ってやらないことはない」


 言うと一転、綿貫が表情をぱっと明るくさせる。


「ほんと⁉」

「まぁな」


 元々集合時間に遅れてこなかったらそれくらいしてやってもいいかとは思っていた。カフェの時間まで突っ立ってるのも暇だし、何より、何もせずに一緒にいるという状況に俺が耐えられそうにないからな。


 だがそれは、あくまで奈良から引っ越してきた知り合いをおもてなしするというような事務的なもので、そこに他意などない。


「やった! えへへ~どこからまわろうかなぁ」


 アキバ巡りに思いを馳せているのか、上機嫌な様子で綿貫は自らの頬に手を添える。

 その姿を見つつ、改めて思う。

 やはりこいつとは深く関わらない方がいい。

 何故なら、もし関係をこれ以上濃いものにしてしまったら。


 

 俺は綿貫を壊してしまうかもしれない。

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