第六話 クズな小悪党
「あ、まーく~ん!」
綿貫が手を振りながらこちらに気づいて寄ってくるので、スルーして歩き続ける。
「って、どーして⁉ どーして無視するの⁉」
綿貫が慌てた様子で横に並んでくる。
「目的地こっちだからまっすぐ歩ているだけだが」
あとあまり時間に余裕もないし。
「つまり無視だよね⁉ ね⁉」
「やかましいな。ていうか待ち合わせ時間三十分遅れてきた奴にぐちぐち言う権利あると思ってるのか?」
指摘すると、綿貫が頬を膨らますのが横目に見える。
「だって服とか決まらなったんだもん」
思い切り私用じゃねえか。やっぱこいつクズだわ。
「あと秋葉原ダンジョンが想像以上に手ごわくて……」
「あー……それは分かる」
「だよね⁉」
俺も引っ越してきて初めてこっちに来た時このダンジョンには色々と辛酸を舐めさせられた。ましてや奈良みたいなド辺境から来たような奴には初見クリアはまず無理だ。奈良は無人駅しかないからなー。その上人通りも少ないから、たまに改札飛び越して電車乗ってるサラリーマンとか見かけるし。マリオで例えると別ステージに行ける土管がそこかしこにある感じか。そんなぬるま湯に浸り続けていた俺たちが簡単に突破できるわけないんだよなぁ。
「そ、それでどうかな」
ふと綿貫が立ち止まり、服の裾を摘まんでくる。
「何がだ」
振り返ると、綿貫が遠慮がちな眼差しでこちらを見ていた。
「服、とか」
ぽそりと呟くと、綿貫はキャスケットを両手で抑え深くかぶり、上目でこちらの様子を窺ってくる。
「あー……」
ふわっとした白のブラウスの胸元にはリボンが施され、チェックが薄く刺繍された灰色のプリーツスカートにもまたリボンが付けられている。
「あー……りがちだな」
「ガーン」
絞り出された俺の言葉に、綿貫が固まり半べそをかく。
いやだってこれどう見ても量産型のそれ……いや待てよ?
「すまん撤回する」
言うと一転、パッと顔を輝かせる綿貫だが、俺の感想は特に変わらない。
ただ一つ気になることがあっただけだ。
「何その登山できそうなでかいリュック。明らかにそれだけ異質だった」
てっきりスカートに付属するサスペンダーかと思っていたが、よく見てみればリュックのものだった。しかもけっこうでかい。こういうファッションの小物って普通小さいショルダーバッグとかだよね。もしくは小さいリュックとか。
「え、これくらいないとグッズ回収できないし」
「えぇ……」
それにしたって大きすぎじゃない? いったい何買うつもりなんですかね。
「でもそっか……ありがち……」
先ほどの俺の言葉を思い出したのか、どこかしょんぼりした様子を見せる綿貫。
一応服を選ぶのに時間はかけたんだったか。それで遅刻したんじゃ世話ないが。
「……別にありがちでも似合ってればそれが正解だろ」
「え?」
言うと、綿貫が顔を上げるのでさっさと身を翻し歩みを再開する。
「あ、待って、まーくん!」
追いかけてくる気配を感じたのでもう一つ歩調を速めた。
「え、ちょ、は、はやいよまーくん⁉」
小走りになりながらも、綿貫はなんとか追いすがり隣に並んでくる。
「ふぅ、ふうっ、そ、それよりもまーくん。さっきのは褒めてくれたんだよね?」
息を切らしながらそんな事を尋ねてくる。
「そう思うならご自由に」
「やっぱりそうだったんだ、えへへ~」
突き放したつもりだったが、綿貫はそう捉えなかったらしい。自らの頬に手を当て幸せそうに微笑んでいた。
解せぬ。
あんなことを口走ってしまった俺にもまた解せぬ。
立ち止まると、小走りに近い状態だった綿貫が勢い余って前のめりになる。
「きゅ、急に止まらないでよまーくん!」
「どこで立ち止まろうが俺の勝手だろ。それよりも……」
後ろからものすごい視線を感じた気がする。だが足を止めたと同時に消え失せた。まるで俺に感づかれるのを嫌ったような気配だ。
まさか本当に綿貫がストーキングされていたのか? いやでも綿貫が姿を見せた時に周囲を確認したが、特に誰かにつけられている様子はなかった。唯一俺が歩いてき方は確認していなかったが……別に待ってる間怪しい奴なんて一人もいなかったよな。
「それよりもどーしたの?」
綿貫は自らがストーカーされている事、というか設定などすっかり忘れたように小首を傾げてくる。今すごい気配感じたんですがね。昨日俺が後ろ見ようとしただけで止めるくらい敏感になってるなら気付きそうなものですがね。知らんけど。
「いや、お前アキバ初めてなんだろ? この電気街口辺りから見える景色がよくアニメとかで登場する景色だぞ」
目を向ければお馴染みの建物やメイドの呼び込みなどを確認できる。
「え!」
適当な事を言って整合性を合わせただけだが、綿貫はまんまと食いついた。
「ここがそうなんだ~!」
綿貫は楽しげに辺りを見渡すと、前へ躍り出てあれやこれや眺め始める。
「あ、でもほんとだ! あの建物ララライブに出てたよねまーくん!」
「出てたな」
「こっちはあれだ、おれいも!」
「ほう」
そこらへんまで履修しているのか。やるな。少し感心した。
無邪気に駆け回る綿貫の姿に、つい笑みが込み上げそうになるが律する。
仲間を見つけたらすぐに親近感を抱いてしまうのはオタクの悪い性質だ。
「ねぇまーくん! どこからまわる⁉」
「いやまわらないから」
「どーして⁉」
「元々コラボカフェに行くって話だけだっただろ」
俺の言葉に顔を俯かせる綿貫だったがややあって、わざとらしく肩を揺らす。
「ふっふっふ……」
どういう情緒してんだこいつと訝しんでいると、綿貫は意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「本当にそーでしょうか?」
「あ?」
「もう一つ、約束してたはずですよねぇ」
「なんの約束だよ……」
急に変な口調になるなよ薄気味悪い。
「確か帰りは送ってくれるんじゃありませんでしたか?」
「それはそうだったな。で、それが?」
なんとなく何を言い出すのか察しつつも続きを促してやると、綿貫が前傾姿勢で身を乗り出しながら俺の前へと跳ねてくる。
「つまりですよ? もし私が一人でまわる事になったら、まーくんずっと待っとかないとダメですよねぇ? それなら私と回った方が……」
「いや普通に待つが」
「へ?」
即答すると綿貫が間の抜けた声を出す。
「だから普通に待っとくって。俺小説読んどくし」
「え? え? あの……」
まったく想像の範疇に無い返答だったらしい。綿貫は焦った様子で言葉を失っている。
やっぱりそんな事を考えていたのか。あるいはたった今思いついただけかもしれないが、まぁいずれにせよそう来る可能性は考慮していた。
「そこの電気街口前で待っとくから思い思いに楽しむがいい」
「ちょ、ちょっと待って⁉」
「それじゃ、さっさとカフェ行くか」
歩き出すと、綿貫は慌てふためきながら歩調を合わせてくる。
「ま、待ってよまーくん! 一緒、一緒がいいの!」
「知らんがな」
「もー! まーくんの意地悪! もー!」
牛になりながらピーピー横で騒ぐ綿貫だが、無視してスマホへと目を落とした。
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