第五話 アキバに天使が舞い降りた!
週末。
休みの日は基本的に家でラノベ読んだりアニメ消化したりゲームしてたりしたい人なのだが、綿貫のストーカーだどうだというふざけた幻想をぶち壊すために仕方なく外へと繰り出している。予約が埋まっていたら一番良かったのだが残念なことに空席があった。
集合場所に指定しておいた秋葉原へ降り立つと、とりあえずここを目指せと綿貫に伝えているヨドバシ電気の前の柱に併設されたベンチに腰掛ける。
綿貫は一緒に行きたいと言ってきたが、その提案は蹴って現地集合にしていた。
理由は単純に一緒に行動する時間を減らしたかったから。まぁそれでもストーカー怖いと喚きたてられたので帰りは家まで送り届ける事にはなったのだが、まぁ行きだけでも束の間の平和を味わえたのだから贅沢は言うまい。ついでに集合場所に来るまでの綿貫を観察してストーカーされていない事をより確信に近づけるとしよう。まぁ今の時点でも十分確信に近いのだが。
どのタイミングであいつの嘘を看破しようか考えつつ待つこと三十分。待ち合わせ時間は普通に過ぎているのだがと辺りを見渡すと、向こうの方に見知った顔を発見する。
曰くどこからどう見ても天使の一枚絵、白崎叡花。デニム素材のパンツにシャツと薄いジャケットを羽織る姿は、さしたる特別感はないが、それでもなお映えるのはやはり元の素材が良すぎるからなのだろう。どこからどう見てもというのはこの事を表しているのかもしれない。
確か菅生に週末は家の用事があると言っていたはずだが、秋葉原に何の用だ。まぁ中央口から出てきた辺り少なくとも俺たちと同じ目的ではないことは確かだろうが。
歩いている姿をなんとなく観察していると、その傍へなんと男二人が寄っていくではないか。
白崎は立ち止まると、行きかう人々の雑踏で何を話しているのかは聞こえないが、男達に対しにこにこと愛想の良い笑顔を振りまいていた。
まさか友達との遊びを蹴って男遊びとは! と、スキャンダルを目撃した気分でいると、白崎と目が合ったように思えた。
すると、白崎は何故か俺のいる方向へと手を振る。
ま、まさか三人目の男がどこかに⁉ とんだ阿婆擦れ天使だと超失礼な事を考えながら辺りを見回していると、白崎が男二人を引き連れこちらへと歩いてくる。
いやこれは俺か?
となると考えられる可能性は口封じと言ったところだろうか。まぁ一応俺は菅生と関わりあるからな。友情を崩さないためにもこの事は内密にしてほしいのだろう。
ま、俺はサトリストだからな。それくらい造作もない。
一も二もなく承諾しようと用意していると、案の定白崎が声をかけてきた。
「ごめんね元宮君、遅くなって」
「了解」
即答するが、想定していた内容と大きく異なっていた。
え、今なんて言ったこの人。俺今とんでもない誤爆した気がする。
「というわけですみません。私彼と待ち合わせしてたので~」
後からついてきた男二人組にニコニコと言う。
あーなるほど……そういう事。
「えぇ~ほんとかなぁ? 怪しいなぁ……」
男二人組のうちアロハシャツっぽい服を着た男が言う。
「なんか会話の文脈おかしかったし、たまたま居合わせただけじゃな~い?」
妙に勘の良い事を言うのはもう一人の方の金髪ロン毛だ。まぁ確かに待たせてごめんからの了解って意味は通るものの違和感はある。
「うーん、そんな事無いんですけど……ね、元宮君」
「……そっすね。ちなみにお二人はなんなんです?」
大よそナンパでもされていたのだろう。よくも俺を巻き込みやがってと白崎に対して初めて感情が芽生えるも、菅生の推しっぽいので一応合わせる事にした。
「そういう君も何なのかなぁ?」
アロハシャツが煽るように尋ねてくる。質問に質問で返すなよ。
「彼氏は論外? ただの友達ー……にしてはちょっと釣り合わないか。となるとたまたまそこに居合わせたクラスメイトって感じじゃな~い?」
そしてこの金髪ロン毛はなんなんだ。さっきから地味に言ってること合ってんだよ。すげえよあんた。語尾伸ばすのうぜぇけど。
「えー、さっきも言ったじゃないですか。元宮君は私の彼氏ですよ?」
で、この女もこの女で新たな設定出してくんなよ。なんで彼氏にしたんだよ。もう普通に友達にしてくれよやりづらい。
「はいそれ嘘~。彼氏じゃな~いよね絶対」
「やだなぁ……あはは」
ずっと余裕な笑顔を見せていた白崎だったが、金髪ロン毛の指摘にぎこちなさが見え隠れし始める。うん嫌なのわかる。何が嫌っていちいちないを言うたびに伸ばし棒つけてくるのとか超鬱陶しい。それにしてもこの金髪ロン毛の勘は目を見張るものがあるが。
「じゃあさじゃあさ、彼氏って事証明して見せてよ?」
「え?」
アロハシャツの突然の提案に、笑みを称えながらも戸惑いを隠せない様子の白崎。
「それ、いんじゃな~い? ちゅーとかしてみなよ? そしたら俺たちも信じるしかないんじゃな~い?」
もはやオネエなのかと錯覚するくらいな~いを連発しながらも、金髪ロン毛はとんでもな~い事を言い出した。
「ちゅ、ちゅーって、え? き、キス、ですか?」
紅潮し、明らかに動揺を見せる白崎に、アロハシャツが口角を吊り上げる。
「いいねいいねぇ? さぁここにうら若きカップルのあま~いキッスの瞬間が訪れまぁっす」
アロハシャツが声を張り上げると、ちらほらと俺たちに興味を示す人たちが出てき始める。
これはもう話を合わせるだけではやり過ごせそうに無いな。
警察もありだが、時間を取られると予約時間に間に合わなくなる。まぁ時間内に綿貫がこなければ同じなんですけどね。集合時間をだいぶ早めにしていたのは正解だった。枠をとった以上ドタキャンするのは良くない。
まあさしもの綿貫でも、流石にカフェの時間には間に合わせてくるだろう。気は進まないが強引に場を収めるしかないか。
「あのさ」
俺が声を発すると、男たちはにやにや食いついてくる。
「なになに~? ちゅーしてるところ見せてくれるってぇ?」
アロハシャツはそう言うが、実際キスをするなどとは露ほども思っていないだろう。何故ならこいつらは白崎と俺がただのクラスメイトであると確信している。
だが、根拠はない。
故に、もし本当に彼氏のような振る舞いを見せつけられたらどうだろうか。例えば本当にキスをしたのであれば、自分たちの方が間違いであったと考えを改めざるを得ないだろう。そうなればこいつらに引き下がる以外の選択肢はなくなる。
とは言え本当にキスをするわけにはいかない。実際俺と白崎はただのクラスメイトにすぎないからな。
ならどうやって本当に俺が彼氏だと信じ込ませればいいのか。その方法を考えた時、幸か不幸か俺にはその素質があった。
かつての俺の姿が朧げに頭の中に浮かび上がってくる。
「叡花は、俺の彼女なんだよ……」
「ん~? だからそれを証明すためにキス見せてって言ってるんじゃな~い? まさか下の名前で呼んだだけで彼氏だって証明できると思ってる系?」
金髪ロン毛が茶化してくるが無視し、相手の肩を鷲づかみにする。
「だから見世物じゃない」
「は、は?」
察しの良い金髪ロン毛でも流石に思考が追い付いていないのだろう、困惑気味に声を上げ後ずさるが俺は逃がさない。
「見世物じゃないって言ったんだよ。聞こえなかったのか?」
掴む力を強くし、金髪ロン毛の背中を壁に押し付ける。
「叡花は俺の女だ。お前らなんかにキスをする時の表情なんて見せてやるわけないだろ?」
「ちょ、ちょっと、落ち着かな~い?」
「落ちつけ? 俺は落ち着いてるよ。落ち着いて教えてやってるんだ。人の物を捕ろうとするのは悪い事だって」
物。自然と口を吐いたその言葉に、視界が曇る。かつての俺は彼女という存在を物と考えていたのか?
「う、うわー物って何それ……地雷じゃな~い……」
「俺がか」
「ひっ」
金髪ロン毛が軽く悲鳴を上げる。
「ああ、そうだよな。その通りかもな……」
本当にそうだ。昔の自分はどこまでも地雷で。そしてそれをいつでも思い出せる自分に心底反吐が出る。だがもはや止める事は出来なかった。
「でも安心してくれ。地雷は踏まなきゃ爆発しないから」
自然と笑みが零れると、アロハシャツが横やりを入れようとしてくる。
「お、おい……」
俺と金髪ロン毛を引きはがそうとしてくるので、即座に身を翻し、その腕を捕らえる。
「なに?」
「わ、分かったからさ、俺たちが悪かったから……」
「悪かったからなんだ? まさか認めただけで許されると思ってるのか? あんた、この汚らわしい手で叡花に触れたんだよな?」
「い、いやいや! 触れてないって! そこはほら、セクハラとかなったらやばいし俺らも気を付けてるというか⁉」
「ふーん……」
まぁ確かにさっき見てた感じ声をかけてるだけで手とかは出してなかったか。
「そうか。それなら良かった」
手首を離すと、アロハシャツがホッと胸をなでおろす。
「でも、今度俺の彼女にちょっかいかけたら、その時はただで済むと思うな」
睨みつけると、アロハシャツは一転して顔を強張らせる。
「わ、分かった。分かったからさ……。い、行こうぜ」
「あ、ああそれがいんじゃな~い? うん、絶対良いわ」
二人組が逃げるようにこの場を去っていく。
とりあえずこれでこの場は収まったかと、白崎の方へ目を向けると、茫然と立ち尽くし俺の方を見ていた。
まぁそりゃそうだよな……。あんなのどう見たっておかしいのは俺だ。また黒歴史を作ってしまった。
「引いただろ?」
「え?」
自嘲気味に尋ねると、声をかけられると思ってなかったのような反応が返ってくる。これ絶対ドン引きしてるやつだ……。
場を早く収めたかったがためとは言え、さっきのは少し軽率だったかもしれないな。
と言っても元々白崎は俺に興味無さそうだったし、特に面白おかしく誰かに話したりとかはしないと思うが。まぁ話されたところで何が起こるわけでもないだろう。白崎には気持ち悪がられ続けるかもしれないが……。
あれ、それもしかして男子的にはご褒美なのでは?
「あ、それじゃあ、俺はそろそろ行く」
中央口の方へと目を向けると、ちょうど見知った小さな影を見つけた。
「彼氏設定とは言え急に名前を呼び捨てして悪かったな」
一応謝っておくと、さっさと白崎から背を向けこの場を去った。
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