第四話 さっそく綿貫はボロを出す

 滞りなく午後の授業も終え、気づけば放課後である。

 綿貫とは教室で特に親しくしないと言ってあるので、落ち合うのは裏門前だ。


 帰り際もまたクラスの連中に捕まっていたようだが、まぁ直に来るだろう。


 欠伸を噛み殺しながら待っていると、慌ただしそうにする人影が視界に入った。


「まーくんお待たせ~! ってわわっ」


 綿貫が手を振りながら駆け寄ってくると、転びかけるので片手で支える。


「また保健室送りはごめん被るぞ」


 仕事はしなければならないものだが、しなくてもいいならしないに越した事は無いからな。


「こ、今回はこけても大丈夫だったと思うよ⁉ 朝は寝不足だったから……」

「そうかい」


 ひょいと押して態勢を正させる。


「えへへ」


 綿貫は照れたようにはにかみながらスクールバッグを肩に持ち直すと、じゃらりと乾いた音が耳に届く。


「相変わらずすごい量だな」


 綿貫のバッグにはアニメキャラのアクキーやら缶バッジやらがこれみよがしに装着されていた。どうやら今もオタク趣味は健在らしい。まぁちょっと度が過ぎるような気もするが人の趣味嗜好にとやかく言うまい。かくいう俺もがっつりオタクだしな。


「えへへ~いいでしょ」

「いや別に」

「じゃあなんで聞いたの⁉」

「別に聞いたつもりないんだが」


 感想が漏れただけというか。


「そんな事よりお前どこ住んでんの」


 さっさと歩き始めると、半歩遅れて綿貫が並んでくる。


「そんな事⁉ 今そんな事って言ったのまーくん!」

「姦しいな……」

「へ? かし? かしまし?」


 日常生活であまり出ない言葉に、綿貫は思考が追い付いていないようだ。まぁそれを狙ってわざわざそんなチョイスをしたわけだが。怒り出したら面倒だからなこの子。


「さっさと質問に答えろ。場所によっちゃ一緒に登下校とか無理だろ」

「そ、そっか! どーしよ⁉」


 どうやらそんな事にも気づいていなかったらしい。素っ頓狂な声を上げる綿貫。


「ち、ちなみに市内のどこらへんなのまーくん」

「北の方、だが……」


 本能的に危機を察知し曖昧な答え方になるが、綿貫が安堵したかのように胸をなでおろす。


「良かった! 私も北の方だからこれで一緒に登下校できるね」


 嬉しそうに笑っているが……。


「え、怖。なんで俺が市内に住んでるって知ってんのお前?」


 流石に俺の勝手に家族を巻き込むわけにはいかないので、生活費などは貸し与えてもらいながら今は一人で暮らしているんだが。

 尋ねると、綿貫はあっけらかんと答える。


「まーくんのお母さんに聞いたから」

「……」

「それで転勤先の職場からはちょっと遠いけど、パパに頼んで引っ越し先を東大和市にしてもらったんだ~」

「なるー、ほど?」

「でも一緒の学校に行くことしか考えてなくて住所まで聞くの忘れてたから焦っちゃった。えへへ」


 やっちまったぜ~と言わんばかりにテレテレしながら自らの後頭部をさする綿貫に恐怖を覚える。


 えぇ……しれっとなんちゅう事言ってんだこいつ。ストーカー被害訴えてるけどそれむしろ俺が訴えるべきなのでは?


「どうしたのまーくん」


 不思議そうに尋ねてくる綿貫に頭が痛くなってくる。


「……なんでもねえよ。北って言ってもどこらへんだ。湖畔とか蔵敷辺りか?」

「えっとね、芋窪」

「うーわ、同じじゃねえか……」


 確かに腐れ縁ではあるが、それにしてもここまでとは。


「え、ほんとに⁉ やった~」


 綿貫が無邪気にはしゃぐと、テンションがあがったのか腕に抱き着いてくる。甘ったるい香りが身を包み、腕からは温もりが伝わってくる。


「くっつくな鬱陶しい」


 すかさず振り払うと、綿貫は口をとがらせる。


「まーくんのいじわる」


 拗ねたそぶりを見せる綿貫を無視して、ポッケからスマホを取り出しネット小説アプリを開き、手あたり次第に投稿されている作品を漁る。


「ってなんでスマホ見始めるの⁉ もっとお喋りしたい!」

「壁にでも喋ってろよ。仲良くするつもりはないと言ったはずだ」

「そ、そうだけど……」


 視界の端にしょんぼりと背中を丸くする姿が見える。

 少し言い過ぎたかと考えるが、それによって俺の事を嫌いなってくれれば本望なので感情は頭の隅に追いやる。


 しばらくじりじりとした視線が送られ続けるが、やがて諦めたのか綿貫もまたスマホを取り出し触り始める。


 ここが都心じゃなくてよかった。横に並びながら歩きスマホする高校生二人とか迷惑この上ないからな。その点周囲は人がまばらなので危険が少ない。


 奈良に住んでたから東の大和と冠せられたこの町に来てみたのだが、東京なのに思ったより自然も多いし、人混みもないし、かといって奈良みたいに高速移動が近鉄頼りで無人駅が点在するような不便さもないし、ここを選んで正解だったと思う。これで鹿が歩いていたら文句なしだった。


 何せ鹿がいればその死体を用意するだけで新世界の神になれる。なに簡単な話さ。自分の気に食わない奴の住んでいる家に鹿を捨てればいい。そうすれば人々はこぞってそいつを袋叩きにしてくれるんだ。鹿は神の使いだからな。奈良にいた頃は毎朝鹿に祈りを捧げていたものだ。奈良県民はみんなそうしてる。


「え、嘘⁉」


 ネット小説を漁りながら故郷を偲んでいると、突然横から大きな声が聞こえてくる。


「ん?」


 目を向けると、綿貫がスマホの画面を見ながら目を丸くしていた。

 かと思えば、綿貫はこちらへ視線を向け勝ち誇った笑みを浮かべる。


「気になったんだぁ」

「……」


 俺の気を引くためにわざと大きなリアクションをしたのだと気づきさっさとスマホに目を落とす。


「わわ、待ってまーくん、本当にびっくりしたの! ほら見て、見てよ、ねぇ~!」


 スマホを持つ手首をぐいぐい引っ張ってくるのが煩わしかったので、画面から目を離してやる。


「なんだよ」


 画面を見ると、そこには最近流行の漫画のキャラや食べ物の写真が写っていた。


「秋葉原でね、陰陽聖戦のコラボカフェやってるんだって!」

「そんな事か……」


 別にコラボカフェなんてそこまで珍しいもんでもないだろうに。


「これは絶対行くしか無いと思う」

「そう思うなら勝手に行けばいいだろ」


 言葉で突き放すと、綿貫は逃がすまいとしてか、腕をぐいっと引っ張ってくる。


「まーくんもついて来て」

「嫌だ」


 なんで俺が好きでもない漫画のコラボカフェに行かなきゃならないんだ。まぁ陰陽聖戦についてはアニメは普通に面白く見てたし嫌いではないが、わざわざ家を出てまで堪能したいほどではない。


「でも私ストーカーされてるし……」

「ストーカーね。どんな奴なのか」


 その姿をぜひとも拝みたいものだと首を回すと、綿貫の両手に視界を遮られる。


「み、見ちゃダメ!」


 声を潜めながら綿貫が訴えかけてくる。


「なんでだよ……」

「え、えと、あれだよ、あれ……その、そう、刺激したくないから……」


 綿貫がしどろもどろに言葉を紡ぐ。


「ストーカーをか?」

「う、うん……」

「あっそう」


 再び前へと顔を戻せば、綿貫がほっと息を吐き胸をなでおろすのが見えた。ま、そりゃそうだよな。何せさっき故郷を偲びつつ周りを盗み見ていたが、付けてきてるやつは誰もいなかった。にも拘らずストーカーを刺激したくないから見るなとはおかしな話だ。


 バレるのを危惧したのだろうが、俺が後ろを見て誰もいなかったとしても幾らでも言い訳はついたろうに。何ならそっちの方が自然だ。


「と、とにかくまーくんも一緒に来て!」


 俺の腕をがっちりホールドし、頑として譲らない姿勢を見せてくる綿貫。もういっぺん振り払ってやってもいいんだが、あんまり断ってるとまた死ぬだどうだとか言って泣き出すかもしれないしな。


「はぁ、分かったよ」


 しぶしぶ承諾すると、綿貫は目をらんらんとさせこちらを見てくる。


「ほんと⁉」

「予約さえとれれば一応な」

「やったぁ~まーくん大好き~!」


 目を細め、綿貫は腕に頬を寄せてくる。


「あくまでストーカーの事を考慮してだ」

「えへへ~」


 釘を刺すが、綿貫の耳には届いてなさそうだ。

 まぁでも、現状ストーカーなどいない説が濃厚。その説の信憑性をより一層深めるには、特殊な環境に繰り出してみるのもいいだろう。いずれ情報がそろった時に突き付けてこの関係を終わらせる。それまではせいぜい騙されたフリをしといてやるさ。

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