第三話 現在の俺
それにしてもえらい事になったなと騒がしい横の席を見ながら思う。俺の学校のしかも俺と同じクラスに転入してくるとか普通ありえないだろ。しかもよりによってこいつだ。確かに以前からずっと同じクラスだったりと腐れ縁ではあったが。
そして当の本人は転校初日の昼休みとだけあって色んな生徒から質問攻めされていた。
「えと、その……」
ふと綿貫が救いを求めるかのように俺の事を見てくる。必要以上に関わらないと言っただろう。
俺は即座に中から外へと顔を背けると、口を四角く開け、フリーズする綿貫の顔が窓に映る。
しかしそれも人だかりに遮られすぐ見えなくなった。
言っている間に六月になるはずだが、空はまだ梅雨の気配など感じさせないくらい青い。いっそのこと何事も無くずっと晴れていてくれればいいのだがと叶わぬ願いを望みながら作ってきた弁当を取り出そうとすると、じゃらじゃらと軽い金属の擦れる音が聞こえてくる。
「よぉ元宮君」
名を呼ばれたので目を向けてみれば、ニヤニヤする金髪と、その他二名が俺の机を囲んでくる。
このクラスではそれなりに楽しくやってはいるが、こいつらだけは毎度面倒だ。
「なんか用か?」
尋ねると、金髪はチェーンの垂れた制服のポッケから、スマホを取り出す。
「これ見てみ?」
画面が向けられるので見てみると、制服を着た女子が歩いている動画だった。雰囲気からして同じ高校生だろうか。
ぼーっと眺めていると、その女子はエスカレーターに足を踏み入れた。やがて動画のアングルがどんどん下の方へと移動していき、女子へと接近していく。
そうこうしているうちに画面は足元のローファーを映し出し、嘗め回すようにふくらはぎから太ももへと視点移動。最後には薄いピンクの布地で固定される。
いわゆる盗撮動画というやつだろう。画面の端にURLが載ってるし流石に自前ではなく拾ったやつだと思うが。
「どうよ?」
質問意図は分からないがまぁ感想を聞いているのだろう。
「エロいと思う」
実際はクソどうでもいいだったが、それだとこいつは納得しないと予想されるのでそう答えた。
俺の回答が好感触だったのか、金髪は口角を吊り上げる。
「お? すかしたように言いやがってよ。ここはびんびんなんだろぉ⁉」
突然金髪が俺の股間をズボンの上からまさぐってくる。
「……あれ?」
金髪はひとしきり俺の股間をまさぐると、ゆっくりとその手を放した。
「お、おい……」
この世の終わりでも目撃したのかのような声音につい半目で金髪の顔を見てしまう。
「こいつ、勃ってねぇ!」
「な、なんだってー⁉」
ここでようやくその他二名が口をそろえて声を発すると、金髪が手と手を合わせる。
「やっぱやべえわこいつ。お前ら早く拝んどけよ、徳があるに違いないからな!」
「ありがたや~」
朝から俺の目の前で男子三名が手をこすり合わせる謎の図の完成である。
「そんなもんあるかよ……」
つい苦言が口を吐くが、金髪たちには聞こえてないのか、ばしばし背中を叩かれる。
「やっぱサトリストだわぁ」
金髪が感慨深げに言うと、その他二名に向き直る。
「うっし、サトリスト参りも終わったし、早速空那ちゃんとお近づきになっちゃうもんねぇ!」
「あ、待てよ! 俺が先だぞ」
「いや俺だ!」
男三名が我先にと綿貫の人だかりへと突進していく。
サトリスト参りって何なんだよ……。毎度毎度エロ動画見せつけやがって面倒くせえ。
てかさっきの動画けっこうヤバい奴に見えたんけど大丈夫なんだろうな。まぁ俺が携帯に入れてるわけじゃないからどうでもいいが。
「ふぁーあ」
弁当を取り出すと、入れ替わりで欠伸混じりに教室にやってきたのは、頭はツンツンと整えられ一見すれば先ほどの奴らと同じような人種の男だった。
そいつは俺の前の席へ座ると、身体をこちらに向けてくる。
「よぉ、サトリスト。相変わらず悟ってたのかー?」
「よう隠れオタク。昨日もリアタイで視聴か?
同じように聞き返すと、ツンツン頭は眠気が吹き飛んだのか目を見開く。
「も、元宮おま、その呼び方やめろよな! 誰か聞いてたらどうすんだよ! 確かにリアタイで実況ツイートしまくってたけどな⁉」
声を潜めつつもハキハキと告げられる。
「怒るなよ。聞かれた時のための言い訳は用意してある」
「どんな言い訳だあ?」
「お前の名前は
淡々と説明すると、菅生が考え更けるかのように視線を上にやる。
「スガオタクヤ……うわ、マジじゃん。十六年この名前と付き合ってっけど今まで全然きづかなかったぞ」
「これで安心して隠れオタクを名乗れるな」
「おう! ってならねーから! マジでやめろよ? 高校デビューから一年余り、オタクである事を隠し通し今の地位に腰を落ち着けるのにどれけ努力したか……」
噛みしめるように菅生が言う。まぁこいつ一応カーストで言うならトップ層だもんな。なんならさっきの金髪よりも立場的に強いんだから大したもんだ。と言っても中学の時のような明確な地位の違いみたいなのはこのクラスには無いのだが。
「でも努力のわりに俺にはバレてるな」
指摘すると、菅生がじっとりとこちらを見てくる。
「お前は例外だ。マジでびびったんだからな、高一でデビューが軌道に乗ってきたころだ。普段から誰にも興味を示さないで静かに座ってるお前が急に後ろから話しかけてきて、そのラノベ面白いよな、だぞ? マジであの時は心臓ひっくり返ったね。人間失格の表紙までつけて偽装した上に後ろには他人に無関心な奴しかいない神ポジで学校でもラノベ読めるひゃっほーいってなってたのにとんだ災難だった」
「ページの左上にタイトル載ってるタイプのラノベ読んでるから悪い」
ついでに言うと俺がシンパシーを覚えてしまうようなラノベだったのも悪い。実際中学での事もあり、俺が他人に対してあえて無関心であろうとしていたのは正しくて、それ故俺としても声をかけるつもりなど毛頭なかったのだが、気づいたら声をかけてしまっていたのだ。
「まーでも、そういう話できる友達一人くらいは欲しかったし、お前も基本的にバラすような事しないからむしろ良かったのかもしれないけどな」
出し抜けに流れてきた友達という言葉に、胃の中の蟠りをまた自覚し情けなくなる。
未だ俺はそういった言葉に過度な期待を抱いてしまうのか。あるいは綿貫と再会してしまった事でまたあの頃に逆戻りしそうになっているのか。
分からないが、いずれにせよ気分は良くないな。
「まぁでもそれはそれだ! 俺がサトリストと若干いじったから意趣返しでそういう返しをしてきたのは分かってる。俺も気を付けるから元宮も気を付けてくれよ!」
念を押すような声が聞こえ我に返る。過去の話、ましてや500キロ近く離れた場所での話なんて考えるだけ不毛だった。綿貫が来ようと関係ない。俺は二度とあんな間違いは犯さない。
「了解。まぁ別にサトリストというあだ名が嫌いなわけじゃないからお前は特に気を付けてくれなくてもいい」
実際その響きは嫌いじゃない。
サトリスト。一年の時から俺がいつの間にかつけられていたあだ名だ。誰が言い出したのかは知らないが、普段の俺は基本的に人に無関心だ。特に誰かに干渉するわけでもなく、ただ静かに座っている姿が悟りを開いてるように見えるからサトリストらしい。
あとさっきみたいに性的な物に反応しないのもサトリストに拍車をかけていると菅生に聞いたことがある。
まぁ前者は分からないでもないが、後者については未だ解せぬ。好きでもない見知らぬ女のあーだこーだ見たところで勃つわけないだろ。
「で、お前は綿貫―……さんとお近づきにならなくてもいいのか? いつもの取り巻きは颯爽と人だかりに突っ込んでったぞ」
危ない。癖で呼び捨てにするところだった。俺と綿貫の関係はできるだけ開示したくない。再会した幼馴染とか高校生の話題の格好の餌食だ。そうなればより深く綿貫と関わる羽目になりかねない。
「そうだなー。まー同じクラスだし、焦らなくてもそのうち仲良くなれるだろうからな。俺はパス」
菅生の言葉につい半目になる。
「うーわ……」
「なんでそんな引いてんだよ」
「リア充の発想だなと」
「リア充、ねぇ」
正直に言うと、菅生は少し遠い目になるがすぐに頷く。
「うん、悪くない響きだな。うし、あいつらは綿貫さんにかかりっきりみたいだし今日は一緒に昼飯食おうぜ」
菅生がコンビニ袋を俺の机へと置いてくる。まぁ、高校デビューって自分で言ってるくらいだからな。リア充と言われる事自体に悪い気はしなかったのだろう。
ま、いずれにせよ菅生は実際に行動し、その結果変われたんだろう。対して俺の方はどうなのか。まぁ客観的指標もないし考えるだけ無駄か。
「勝手にしろ」
「勝手にさせてもらうとしよう」
俺の言葉に、菅生がおどけながらパンを取り出す。
「やっほー菅生君―」
ふと透き通った声が聞こえるので見てみると、菅生のもとへと歩いてくる人影があった。
長めの髪にはヘアピンが飾られ、一筋の編み込みが流れている。陽に照らされると、焦がれるようなブラウンの色合いを伴っている事に気づかされた。
「おー、白崎さん」
菅生が返すと、白崎は小さく手を振りはにかむ。
容姿端麗、才色兼備。そのどれを当てはめても問題ないような可憐な所作と顔立ちは、一部の人間からはどの角度から見ても天使の一枚絵と謡われているらしい。
「元宮君もやっほー」
白崎はこちらへ向くと、同じように微笑みかけてくる。
「ども」
短く返すと、白崎はすぐに俺から興味を外し、さっさと菅生の方へと顔を向ける。
「週末みんなで遊ぶ約束なんだけどね、ちょっと用ができて行けなくなっちゃったんだ」
「あー……マジかぁ。楽しみにしてたんだけどな~」
「ごめんね」
片手を胸の前で横にし、申し訳なさを表す白崎に、菅生はぶんぶん首を振る。
「いやいやいや! ま、用ができたんなら仕方ないって」
「ありがと」
「っ!」
にこっと微笑む白崎に、菅生もノックアウト寸前と言ったところだろうか。
あーこれもしかしてあれか。本命がいるから綿貫に対する興味も薄いとか? いや流石に考えすぎか。
とは言え、オタクの菅生ならいざ知らす、オタクを隠している菅生ならもしかしたらワンチャンあるかもな。立場も申し分ないし、苦労自慢するだけあって実はこいつだいぶイケてる風貌だからな。元の素材も悪くなかったのだろうが、それだけじゃないのはなんとなく理解できる。
「でもそっかぁ~。え、ちなみにどんな用事なの?」
菅生が尋ねると、白崎は人差し指を頬に添える。
「うーん、まぁ家の用事ってとこかな?」
「なるほど家の用事、か。なら仕方ないよなぁ。ま、どうせまた遊びに行くだろうし、その時は遊ぼうな!」
「うん、楽しみにしてるね」
白崎は首肯すると、「それじゃ」と甘い香りを残しクラスの輪に加わる。
特に何を思うでもなくその後ろ姿を眺めていると、視界の端で菅生の顔が再びこちらに向くのが見える。
「でだ、予約人数変更できるけどめんどくさいし、元宮お前代わりに来るか週末?」
「いや行かねえよ。しかもアレの代わりとか参加する男子全員に首絞められるだろ……」
「アレってお前な……」
菅生があきれ果てたような視線を飛ばしてくる。まぁ確かにアレ呼ばわりは失礼だったか。
まぁ週末どっかで遊ぶとか普通の学生らしいし、悪いお誘いではなかったんだがな。いかんせん俺はインドア人間だ。アクティブなのは似合わない。
とは言え、今の俺が特殊なのは周りかサトリストとあだ名で呼ばれるくらいで、基本的には友達少なめの平凡な高校生と言えるだろう。
大丈夫、俺も少しずつ変わることができてきているはずだ。
そう心中で言い聞かせつつ、弁当箱の蓋を開けた。
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