第36話 沖田壮馬はナンパされる

 井上隼人と藤堂真奈美がやって来た。

 剛力剛志の車に乗ってやって来た。

 小岩井姉妹の住むマンションの前にやって来た。


「おはようございます! 井上先輩、藤堂先輩!! 俺、何をしましょうか!?」

「おはよう、壮馬くん。開口一番で働きます! って言えるとか、それは才能だねー。海に着くまでは特にやる事もないからさ、ゆっくり車に揺られてていいよ」


 ならばと、壮馬は日菜と莉乃の荷物を抱えて後部座席へと向かう。

 女子の荷物を勝手に運ぶのは場合によってギルティとなるが、ここで光るのが信頼と実績の沖田壮馬ブランド。


「あははー。助かりますー!」

「ふみゅ」


 小岩井姉妹も自分の荷物を預ける事に何の抵抗もない様子。

 「海に行く荷物預けられる男がいれば、もう結婚よ」とは、藤堂真奈美の弁である。


「じゃあ、3人は後ろに乗ってくれる? 真奈美さんが助手席を頑なに譲ろうとしないからさ。もう、君たち3人を並べて乗せたくて仕方がないんだってさ」

「敢えて口に出す事で得も言われぬ圧をかけていく……! 井上、やるわね!!」


 この2人の仲も、思えば随分と親密になったものだ。



「あ、真奈美さん。ちょっとカーナビ入力してくれる?」

「嫌よ。自分でやりなさいよ。今の私は後ろを振り返ることで精いっぱいなの!」



 気のせいだったのかもしれない。

 井上はため息をついて、自分で目的地を入力した。


 南カブトガニビーチ。

 それが彼らの目指す、リア充が集い肌を焦がすパラダイスの名前である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 約1時間のドライブ。

 道中では、日菜と莉乃の水着について主に真奈美が芸能レポーターのようにねちっこい取材スタイルで聞き込みを続けていた。


 そこで満を持して「沖田くんはどんな水着が好きなのかしら!?」とプレッシャーをかける。

 が、そこは壮馬。


 「お二人が選んだ水着だったら、どんなものでも好きになれますよ!!」と胸を張る。


 その発言で日菜が「ふぎゃっ!!」と鳴いたあと、心の中でお気持ちを表明し、莉乃が「壮馬さんってそーゆうとこが大人の人って感じですよねー。好きですけどー」とダイレクトアタック。



 その全てを受け止めた真奈美が「ぽぉぉうっ!!」と叫んで鼻から血を噴いた。



 その後は壮馬の「俺、藤堂先輩の水着もきっとステキだと思います!」と言うイケメンムーブに血を吐いた真奈美。

 「もういい加減にしときなよ。危ないよ、そんな後ろばっかり見てたらさ」と井上隼人が真奈美を諫めて、どうにか彼女は前を向いた。


 前を向いたらそこはもう海岸線だったらしく、真奈美は「これが夏の魔法!!」と感動していたと言う。

 多分違うとだけ付言しておく。


 そんな訳で、南カブトガニビーチに到着した5人。

 スムーズに駐車スペースも見つかり、視界良好。

 日菜が降りる際にドアを縁石にぶつけるアクシデントがあったものの、真奈美がすぐに「そぉぉい!!」とドアに膝蹴りを加えることで事なきを得る。


「真奈美さん? なんでわざわざドアをへこませるの? 支店長、泣くよ?」

「本当にダメね、井上は。日菜ちゃんが、たかが支店長の車にほんのちょっぴり傷を付けた事で、バカンスモードに暗い影を落としてごらんなさい」


「ああ、なるほど。罪悪感を引き受けてあげたんだ? 意外と優しいなぁ」

「尊みのためならば、私はタイキックとニーキックを極めて見せるわ!!」


「問題なのは、真奈美さんにまったく罪悪感がないところなんだよなぁ」

「支店長にはこう伝えておくわ。井上がS字とクランクの連続に耐えられずにぶつけましたってね!」


「そんな教習所のコースみたいな駐車場はないと思うけど」

「ちょっと待って! 沖岩と沖莉乃と日菜莉乃は!?」


「うん。何人いるのかな? 3人なら、先に着替えておいでって言ったよ。僕たちで海の家借りたりしておく方が真奈美さん喜ぶかなって」

「井上、惜しい! 50点!! 私は日菜ちゃんと莉乃ちゃんの着替えも見たいのに!! なんで勝手な指示出すの!? もう行くから、あなたは海の家を押さえて、後はそこの売り子さんとでもよろしくしてなさい!! じゃあね!!」


 そう言って、真奈美は飛び出して行った。

 「まるでロケット花火みたいだなぁ」と、井上は彼女の背中に夏の風情を見たと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「すみません、井上先輩! 遅くなりました!! 何かお手伝いできることがあれば良いのですが!!」

「壮馬くん、早かったね。急がなくてもいいのに。じゃあ、悪いけど荷物の番任せてもいいかな? 僕もちゃちゃっと着替えて来るから」


 壮馬は「了解しました!」と、後輩のあるべき姿を体現して井上を見送った。

 そんな彼に忍び寄る、夏の誘惑。


「え、ちょ、お兄さんマジイケメンじゃん! 体も超仕上がってるし! なに? ソロ? あーしもなんだけど!」



 沖田壮馬、ナンパされる。



 これは容易に想定できた事である。

 沖田壮馬の顔立ちは整っており、イケメンの範疇に入れるとど真ん中のやや斜め上に突き刺さる。


 さらに、和菓子屋稼業のおかげで鍛えられた体をこれでもかと披露する場面は、温泉かプールか海水浴しかない。

 オマケに壮馬は色白であり、そこに黒い水着と軽く羽織った赤いアロハシャツのコンビネーションは抜群。


「ねー。お兄さん、ソロじゃなくてパシリだった系? そんなの捨てといてさ、あーしと一緒にサーフボード乗らね? 教えたげっからさー!」


 沖田壮馬にとっても、ナンパされるのは初めての経験であった。

 ならば、このまま押し切られてしまう可能性もあるのではないか。


 ここに来て、まさかの夏の思い出作り編が始まってしまうのではないか。

 ご安心頂きたい。


 そんな事ないのが沖田壮馬である。



「いえ! 俺は今、みんなの荷物を守っていますので! せっかくのお誘い、大変嬉しいのですが、俺はこのグループの末席に図々しくも座っている身! おっしゃられたようにパシリのようなものなので、どうかご容赦ください! あなたのような綺麗な女性でしたら、きっと引く手あまただと思いますので、悪い人に引っ掛からないようにしてくださいね!! 今日が良い1日になる事を僭越ながら祈らせて頂きます!!」



 ナンパして来たギャルは、かつてないほど気遣いの溢れる言葉を胸に受けて、「お、おうふ」と悶絶した。

 「ヤバない? お兄さん、イケメン越えてもう仏だわ」と無条件降伏をしたギャルは「ありがとうございます」と壮馬を拝んで去って行った。


「壮馬さーん! お待たせしましたー! 今の方はお知り合いですかー?」

「ああ、莉乃さん! いえ、なにやら一緒に過ごすお相手をお探しのようでしたので、俺なんかには荷が重いとお断りしていたところです!!」


 まずやって来たのは小岩井莉乃。

 緑のホルターネックビキニが眩しい、現役JKである。


 なお、これから壮馬によって骨抜きにされる予定でもある。

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