第37話 藤堂真奈美には尊みが濃すぎる

 莉乃はぷっくりと頬を膨らませて壮馬の隣に座った。


「あの、莉乃さん? 気のせいでなければ、怒ってますか?」

「いえー。怒ってはないですよー。でも、壮馬さんの良さに気付く人が割と普通にいる事を再確認しましてー。少し危機感を抱いたところですー」


「さっきの方ならば、多分よほど暇を持て余しておられたのだと思いますが!」

「ふむー。危機感のレベルがアップしましたー。壮馬さんが無自覚なのはまずいですー。これは皆さんとも情報共有しなくちゃですよー」


 壮馬は「それはそうと、莉乃さん」と、隣に座る女子高生に声をかけた。


「同級生の男の子に言われた方が嬉しいかもしれませんが、莉乃さんの水着、とても可愛いですね! 緑と言うのが莉乃さんにピッタリだと思って! シルエットに無駄がない辺りも莉乃さんっぽくてステキだと思います!!」



「あー。うー。……壮馬さん、そーゆうことを真顔で言っちゃうから、勘違いする子が生まれるんですよー? 責任取ってもらえますかー?」

「…………? よく分かりませんが、俺に取れる責任でしたら、喜んで!! おわっ!」



 壮馬が返事をした瞬間に、莉乃が彼の太い腕に飛びついた。

 これにはさすがの壮馬も少しばかり驚く。

 身を引こうとするが、それを莉乃は許さない。


「ダメですよ、莉乃さん! 女の子がそんな薄着で男にくっ付いたりしては!!」

「ふっふふー。どうですかー! これが現役JKの距離の詰め方ですよー!! 逃がしませんー! 責任取ってもらっちゃいますー!!」


 壮馬はどうしたものかと周囲を見渡す。

 井上は、そして真奈美と日菜はまだ来ないのかと。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「お、おうふ……。尊い……!! モルスァ尊いわ!! 照れながらも限られたチャンスを有効活用するために積極的な作戦に打って出る莉乃ちゃん……!! ぶるすこ尊い……!! ちょっと、そこのあなた! 何見てるんですか!?」


 真奈美は更衣室の入口から顔を出して、尊みを補充していた。

 そこに通りかかった一般男性をキッと睨み、けん制する。



 水着姿の女性が顔に暖簾をかぶって不審な行動をしていたらチラ見くらいするだろうに、何と言う理不尽だろう。



「これはまずいわよ。莉乃ちゃんの尊みが既に場を支配し始めているわ……!! レディーガガくらいの支配力よ!! バランスを取らないと!! 日菜ちゃん、まだ着替えは終わらないのかしら!?」


 そう、真奈美は待っていたのだ。

 日菜の着替えの完了を。


「ふぎゅ……! あ、あの、やっぱりわたし、帰りましゅ……」

「おうふ……! 尊みエクスプレス……!! 行き先は常夏パラダイス……!!」


 藤堂真奈美が尊みを摂取し過ぎて、コミュ症の仲間みたいになってきた。


「わた、わたし、大人なのに子供みたいな体型だし……。水着も大人っぽくないし……ふぎゃっ!?」


 真奈美は日菜の肩を掴んだ。

 鼻から血を流しながら。

 目から涙を流しながら。


「いいえ、日菜ちゃん!! あなたは誰かと比べるために海に来たのではないのよ! あなたと言う、オンリーワンの光で世界を明るく照らすために来たの!! 違う!?」


 海水浴に来たのではなかったか。


「ふ、ふみゅ……」

「確かに、おっぱい力では莉乃ちゃんに軍配が上がるかもしれないわ! でもね、日菜ちゃん! 女の魅力はおっぱいだけじゃないのよ!! あなたにはその、誰にも出せない尊み秀吉がいるじゃない!! 秀吉が言っているわ!! 恥じらいこそが最強のスパイスだって!!」


 その後、真奈美による謎の鼓舞は7分にも及び、女子更衣室からはお客がスンッと姿を消した。

 干潮には早すぎるのだが。


「わ、分かりました……。わたし、行きます……」

「日菜ちゃん……!! じゃあ、私は時間を潰してから行くわね!!」


「ふぎゅ!? 一緒に行ってくれないんですか!?」

「当たり前じゃない、もったいない!! ……間違えたわ。日菜ちゃん、勇気を出す時にはひとりになる事も大切なのよ? 安心して、私、見守ってる!!」


 こうして日菜はおそるおそる、初めての海水浴場へと足を踏み出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あっ! 日菜さん! 待ってましたよ! おお、それって! トランプ・ダークネスのヒロインが2期の水着回で着てたヤツですか!? すごく似合ってますよ!! やっぱり実物を見ると違いますね! フリフリしてて可愛い!!」


 日菜は何も答えない。

 莉乃は察していた。「あー。お姉ちゃん……。ああー」と呟いている。


「ふ、ふみゅ! 沖田くんは本当にそういうところがあります! いつもいつも、女の子をしっかりと見て!! 本当にありがとうございましゅ!!」


 そう言うと、ペタンと壮馬の向かいに座り込んだ日菜。

 「よく冷えた飲み物ありますよ!」と日菜莉乃に勧める壮馬。

 まだ壮馬の左腕を支配しているご満悦の莉乃。



 それを陰から見つめる藤堂真奈美。



「あの、ちょっと。真奈美さーん?」

「なんですか!? うるさいわね!! って、井上じゃないの」


「ええ……。今のテンションを相手を確認せずにぶつける予定だったの? それはあんまりだなぁ。他の人の迷惑になるから、ヤメようね?」

「バカ言ってないで、あなたも見なさいよ! あの尊さしか存在しない、領域展開を!! 並の呪術師だと、足を踏み入れた瞬間に灰燼と化すわよ。死にたいの? 井上!!」


 井上隼人は、頑なに自分の方にお尻を突き出している会社の後輩があまりにも無防備なので、それをカバーすべくポジショニングを調整していた。

 普段は女性のお尻を追うのが専門の彼に、お尻を守らせる真奈美。


 彼女もなかなかの使い手である事は間違いない。


「んああああ!! 聞いたかしら!? 今のセリフ!!」

「うん。真奈美さんがマキバオーみたいな鳴き声を上げたね」


「バカ野郎、井上ぇ! 何を聞いている!! 今、壮馬くんの飲んでるコーラを見てね、莉乃ちゃんが、それも美味しそうですねー、って言ったのよ!! これもう、間接キッスフラグじゃない!! 聞き逃すとか、正気!? バカなの!? 死ぬの!?」

「そうなんだ。……さあ、僕たちも合流しようか」


 真奈美はそのクールな瞳で、井上隼人を心底失望したように見上げる。

 人を見上げながら見下すとは、真奈美も器用な事をする。


「あの、ドッキドキ! 尊み平安京に加われって言うの!?」

「うん。とりあえずね、元ネタがないのに、さも元ネタがあるみたいな勢いで変な造語を作らないでね。ほら、行くよ。壮馬くんが待ってるから」


 ようやく5人が揃ったのは、壮馬が荷物番を引き受けてから実に30分が過ぎた頃だった。

 それでも「お待ちしていました!!」と歯を見せる壮馬を見て、「この子は本当に好青年だなぁ」と感心する井上隼人であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る