第35話 小岩井姉妹は水着の準備ができない
明日は海水浴当日。
沖田家では準備を済ませた壮馬が両親とお茶を飲んでいた。
「かぁぁぁ! 壮馬、お前ってヤツぁ! 日菜ちゃんと海に行く日が来るたぁ!! 明日に何を用意して持たせりゃいいんだぁ!?」
「井上先輩と藤堂先輩が企画してくれたんだよ。莉乃さんも行くってさ。あと、何も用意しなくていいよ。和菓子って暑さに弱いものばかりじゃない」
「ちっくしょう! 和菓子屋ってヤツぁ! てめぇのせがれの大一番を前にして、なんて無力なんだ!! もう和菓子屋なんて廃業して、海の家始めるか、母さん!!」
「お父さん、そんなに興奮すると血圧が上がるわよ」
「オレの血圧なんざ、上がろうが下がろうがどうでもいいんだ! 明日の気温が良い塩梅になるなら、オレぁ血圧とコレステロールを生贄に捧げても構わねぇ!!」
「大袈裟だなぁ。大丈夫だよ。明日は絶好の海水浴日和だって、さっき天気予報でも言ってたから」
「なんだと!? するってぇと、なにかい!? 朝から日差しが強いじゃねぇのか!? こいつぁいけねぇ! うちの野点に使う傘持ってけ!!」
「いや、いらないよ。でも、傘か……。ビーチパラソルとかって現地で借りられるのかな? ちょっと聞いてみようか」
壮馬はスマホを持って自室へと引き上げていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁっ!! り、りりり、莉乃ぉ! 水着が決まらにゃい!!」
「えー? お姉ちゃん、アマゾンでたくさん買ったって言ってたじゃんー? ちょっと入っても良いー?」
「ちょ、まぁぁぁぁ!! 今は待ってぇぇぇ!!」
「別に、姉妹なんだから裸でもいいじゃんー。……あー」
そこには、スクール水着を身に纏った日菜さんの姿があった。
「……お姉ちゃん。妹として、それはちょっとどうかなってー」
「だ、だから待ってって言ったのに!! 違うの! 色々調べてたら、社会人が着るスク水は背徳感があって夜が盛り上がるって……!!」
理性的な妹の莉乃さん、静かに首を横に振る。
「お姉ちゃん? それって夜のお話だよねー? お昼のビーチでやるとねー。多分だけど、一部の特殊な人の需要しか集めないと思うんだー」
「ふぎゅっ!? そうなの!? でもでも! 大人になってもスク水着るキャラって一定数の人気があるんだよ!?」
「それって、アニメとかゲームの話だよねー? お姉ちゃん、今年で23だよねー?」
「ふぎゃっ! ヤメてぇ……。現役女子高生が憐みの視線を向けないでぇー……」
日菜も本気だった。
自分のスタイルを最大限生かす水着をリサーチし、実際にいくつもの候補を購入していた。
水着売り場に行って店員のお姉さんに意見を求めたショッピングをするのは、日菜にとって余りにもハードルが高い。
そのため、彼女は「ネットの評判」と言う、ホームグラウンドの意見を重視した。
「……ふみゅ。じゃあ、スク水は莉乃にあげるね」
「んー。いらないかなぁー!」
その結果が、ご覧の有り様である。
旧スクール水着と新スクール水着と、セパレートタイプのスクール水着を全て揃えたというのに、その努力とクレジットカード決済は無駄だったと言うのか。
日菜は現実と向き合えずにいた。
「こっちのフリフリのビキニが可愛いよー! こっちにしなよー! って言うか、お姉ちゃんの趣味じゃないよねー? これ、どうして買ったのー?」
「そ、それは……。追ってるアニメの第2期の水着回で、ヒロインが着てたヤツに似てたから、つい……」
社会人のオタクは半端に金銭的な余裕が出て来ると危険である。
特に、社会人デビューして数年のオタクは重ねて危険である。
これまでは見るだけだったアイテムに、手が届いてしまう。
その事実は、購買意欲を刺激する。
結果、なんだか無為な購買に至る事が多い。
いわゆるひとつの浪費である。
「これにしなってばー! 白のフリフリとか、絶対に海水浴映えするヤツだよー!」
「ば、ばばば、映え! あばばばばば!! わたしなんかが!! 恐れ多い……!!!」
「ちなみにあたしはねー! 緑のホルターネックのヤツにしたよー!! 見せてあげるー! ほら、これー!!」
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁっ!! 眩しい!! 現役JKの水着、眩しい!! 目が、目がぁ!!」
莉乃は既にショッピングセンターで水着を購入済み。
若さとその攻撃的なスタイルを存分に生かせる戦衣装を、友人たちと共に準備していた。
「んふふー。明日のビーチの主役は、あたしとお姉ちゃんで決まりだよー! ほら、着てみてってばー!! よーし! スクール水着はあたしが脱がしてあげるー!!」
「ふぎゃっ!? わ、分かった! 分かったから、自分で脱ぐから!!」
そんな押し問答をやっていると、日菜のスマホが鳴った。
「お姉ちゃんー? 電話鳴ってるよー?」
「ふぎゅっ!? ぜ、全裸で電話になんか出られないよぉ!!」
「別に、ビデオ通話じゃないんだから平気だよー」
「だ、誰から!? 会社の人だったら、申し訳ないけど今はスルーする!!」
「んっとねー。あっ、壮馬さんだー!」
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁっ!! スルー! スルーしてぇ!!」
だが、莉乃は通話ボタンをポチリ。
日菜の「ふ、ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」と言う叫びをファンファーレに、電話がつながった。
『もしもし! 日菜さんですか? 夜分にすみません!』
「あはっ! あたしですー! 莉乃ですー! こんばんはー!」
『莉乃さんでしたか! もしかして、日菜さんはお忙しかったですか?』
「えっとですねー。今、あたしが水着を脱がしたところなのでー。ちょっとビジュアル的にはお忙しいかもですねー」
日菜は実の妹が目を見張るスピードで、白いフリフリの水着に着替えたと言う。
壮馬に向けられた実況をこれ以上続けられると、彼女の羞恥心が耐えられなかったご様子。
『なるほど! 明日に向けての最終チェックですね! さすがだなぁ! 俺も後で水着を確認しておこう! 当日に不備があったら周りにご迷惑をおかけしますもんね!!』
「あははー。ですねー。それで、どうしたんですかぁー?」
その後、壮馬は「明日って俺たちは何か用意しないで良いのでしょうか?」と、会社の新参者らしい意見と気遣いを述べた。
莉乃は日菜に「どうなのー? お姉ちゃーん!」と聞いたが、姉は白いフリフリの水着を着たまま、部屋の隅でカーテンを体に巻き付けて動かなくなっていた。
「んー。多分大丈夫なんじゃないでしょうかー? 井上さんと藤堂さんが企画してくれたんですよねー? あのお二人なら、壮馬さんの事を気遣って下さりそうなのでー。多分、手ぶらで行くのが正解だと思いますー」
『さすが莉乃さんだなぁ! 言われてみれば納得のご意見ですね! 確かに、俺が変な気を回す方が失礼でした!』
その後、しばらくの雑談ののち、通話が終わる。
日菜はようやくカーテンの重ね着を解除。
「明日、楽しみだねー! お姉ちゃん!!」
「うみゅ……。ふぎゅ、ふみゃ……」
こうして、平和に夜は更けていくのであった。
気疲れした日菜は、その晩びっくりするくらい熟睡できたらしい。
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