第34話 夏が来たから海に行きたい

 季節は8月。

 梅雨も明け、毎日晴天が続いている。


「小岩井さん! 先週のアニメ、3本も水着回でしたね!!」

「ふみゅ。やはり夏アニメには水着回は必須です。作画も気合が入っていました」


「水着回って2種類あるじゃないですか! 学校のプールの授業でスクール水着に統一されたパターンと、海水浴とかで水着に個性を出していくパターン! 小岩井さんはどっちがお好きですか?」

「うみゅ。難しい質問です。でも、この質問の答えは決まっています」


「ですよね!」

「はい」



「「どっちも最高!!」」



 今日も山の森出版・杉林支店のお昼休みは平和であった。

 8月に入り、リア充たちが海へプールへと駆けだしていく中、オタクたちはアニメで水着回を消化する。


 オタクにとって海とは見るものであり、行く場所ではない。

 オタクにとってプールは知識であり、実在する場所ではない。


 これがジャスティス。

 これこそが真理。


 現に、壮馬と日菜はずっと水着の話をしているのに「じゃあ行きましょうか!」と言う流れにはまったくなっていない。

 そもそも水着に着替えると言う発想がないのだ。


 「好きな水着について」と言うテーマをオカズにお昼ご飯中な壮馬と日菜。

 そんな仲睦まじい2人を見つめる瞳があった。


「井上先輩。いえ、井上」

「あー。うん。だいたい真奈美さんが何を言いたいのか分かったよ」


 こちらもいつもの2人であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「海へ行きましょう! プールでも可!!」

「言うと思った。それで、僕がセッティングすればいいの?」


 最近は外にご飯を食べに行かず、会社で済ませる事が多くなった井上隼人。

 隣の席の藤堂真奈美を放っておくと、昼食を抜いてまで沖岩のウキウキウォッチングに殉ずるため、最近は昼休みになると弁当を2つ買って来る井上隼人。


「井上先輩」

「うん。分かった。じゃあ、今回はフェアに莉乃ちゃんから連絡を取ろう」


「井上が何を言っているのか分からないわ」

「いや、僕たちって会社でいつも顔を合わせるじゃない? 壮馬くんと日菜ちゃんしかり。先月はスパリゾートにも行ったし。その点、高校生の莉乃ちゃんは過ごす時間が違うからさ。ここは準備期間を1日余分にあげるのがフェアプレーかなって」



「井上先輩……! あなた、時々最高の男性になるわね! 最近は徳を積んでいるから、来世はきっと虫か何か、ギリギリ生き物に転生できるわよ!!」

「はい、ありがとう。じゃあ、真奈美さんが莉乃ちゃんにメールでもラインでもいいから、連絡してあげてね。それで、沖岩の2人は明日僕が誘うから」



 「かしこまりだわ!!」と返事をして、光速の指捌きを見せた真奈美。

 黄金聖闘士の放つ拳は光の速さに達すると言うが、その点に注視すると、真奈美も既に十二宮を守護する資格を得ているかと思われた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 杉林南高校。

 友人と一緒にお弁当を食べていた莉乃のスマホが震えた。


 夏休み中ではあるが、小岩井莉乃は受験生でもある。

 推薦入試を利用しての受験を目指している彼女は、今日も図書室で小論文の勉強中。


「…………っ!! やたっ!」


 先ほどまで「眠いよー」と愚痴っていた莉乃の表情が一瞬で明るくなった。

 ならば、理由を聞いてあげるのが正しい友人の務めである。


「どしたん? なんかいい事あった?」


 彼女は原田陽子。

 ギャルであり、大学生の彼氏がいて、ついでに学業も優秀なハイブリッド女子。


「ねっ! 莉乃ちゃんが声出して喜ぶとか、レアですな!!」


 反対側に座っている彼女は武田なずな。

 文学少女であり、漫画やアニメが大好きで図書室にはラノベを読みに来ている女子。


 そこに小岩井莉乃を加えた3人は仲良しであり、ビジュアル的にもハイレベルであることから、主に学校の男子たちの注目の的である。


「ふっふふー。あたしの夏休みの予定が埋まってしまったのだよー!」

「あーね! 莉乃がハマってる社会人のメンズからだ!」

「おおー! 禁断の恋がいよいよひと夏の思い出作りに!? 薄い本が厚くなるっすなー!!」


「違うよー。お姉ちゃんの会社の人がねー。誘ってくれたのー! みんなで海かブールに行こうって話になってるから一緒にどうかってー!」


 「違う」と言った割には嬉しそうな莉乃さん。

 入学以来ずっと一緒に過ごしている陽子となずなにはすぐに分かる。


 「違う」と言うのはダウトである、と。


 だが、それを敢えて追求せずに建設的な会話に繋げるのがこの女子高生トリオ。

 陽子がまず口火を切った。


「じゃあ、水着買わなきゃっしょ! 莉乃はおっぱいデカいからなー! 攻めていこーぜー!!」

「えー? 子供が背伸びしたみたいで逆に恥ずかしくなるパターンじゃないかなー?」


 莉乃は髪の毛をいじりながら答える。

 彼女がこの仕草をする時はまんざらでもない場合が大半であり、それを熟知しているなずなが援護射撃を行う。


「莉乃氏は自分の魅力を分かってないっ! 童顔で胸部装甲マシマシとか、それはもう1つの芸術品! しかも、女子高生と言う名のブランドは今年の夏までしかないのですぞ!! ここは攻めるしかないでしょう!」

「なずなまでそんな事言ってー! ……でも、そっかー。ちょっとだけ冒険してみよっかなぁー?」


 話が決まれば行動までが早いのも若さゆえ。


「よーし! もう図書室に用はないっしょ! いざ、ショッピングモール!!」

「っすね! 莉乃氏の胸部装甲が映える水着をハントしに行くしかないっ!!」


「えー? もぉー。2人とも強引なんだからー。仕方ないなぁー!」


 この日は家に帰って寝るまでご機嫌だった莉乃。

 その理由が買い物の戦果によるものなのかどうかは、ここで語るのは無粋だろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 杉林支店のお昼休みに井上隼人が動いた。


「海ですか!? 俺みたいな社会人一年生が軽々に行っても良いのでしょうか!?」

「いや、いいに決まってるじゃない! もう真奈美さんとね、いい感じの場所をピックアップしてるんだよ! 車は支店長に借りるから! あの人、でっかいワゴン持ってるんだよ!!」


「ふ、ふぎゅっ!? あば、あばばばばっ!! うみゅ!!」

「大丈夫よ、小岩井さん! 私が付いているから、安心して!! 一緒に夏を楽しみましょう!!」


 ついに日菜のコミュ症語を解読できるようになった真奈美さん。

 彼女いわく、「わ、わたしみたいな陰の者が行くには海は眩し過ぎます!! 怖いです!!」と言ったらしい。


 結局、壮馬が乗り気だったため、日菜もセットで付いてくる事になった。

 なお、剛力剛志に車を借りる話は既についているが、当の本人が出張と重なるため不参加になると言う憂き目にあい、怖い顔が怖い声で泣いたと言う。

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