第27話 沖田壮馬は何でも食べる

「お姉ちゃんー? 早くしないと会社遅れちゃうよー?」

「ふぎゅっ! ま、待って! もう一回だけ! 卵焼きに挑戦するから!!」


 今日は小岩井家からお送りしております。

 現在、姉妹はお弁当作りの真っ最中。


 弁当箱は3つ。

 1つは莉乃の分。1つは日菜の分。

 ならばもう1つは。


 それは言うだけ野暮である。


「で、できた! 見て、莉乃!! なんだかよく分からないけど、見た目が完璧なヤツが出来たぁ!! SSR卵焼きがキタコレ!!」

「おおー! ホントに美味しそう! 恋のライバルだけど、これは素直に祝福しちゃうなぁー。きっと壮馬さんも喜ぶんじゃないかなー?」


 日菜はせっせとお弁当箱にSSR卵焼きを詰め込む。

 自分の弁当箱には真っ黒になったN卵焼きを入れる。


 食べ物は粗末にしないのが日菜のジャスティス。

 彼女はメシマズ女子ではなく、料理が下手くそ女子なので、何度か試行をこなせばいずれ正解にたどり着く。


 なお、R卵焼きは莉乃のお弁当箱に入れられた。

 他のオカズは全て莉乃が担当している。

 姉より優れた妹がここにいた。


「じゃあ、壮馬さんに感想聞いといてよー! あたしたちの合作のー!」

「うん! うみゅっ!? もう出なくちゃ! 電車から降りられなくなっちゃう!!」


 日菜はお弁当箱を2つ鞄に入れると、家の戸締りを莉乃に任せて家を飛び出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「沖田くん。お弁当を作り過ぎてしまったので、1つ差し上げます。……ふみゅ。もう1回。沖田くん。お弁当をちゅくりしゅぎたので1つ差し上げましゅ」


 現在、お昼休みの20分前。

 つまり、就業時間中である。


 日菜さんは給湯室でお昼休みに備えて予行演習中。

 そこにコーヒーを淹れに来た真奈美が遭遇し、速やかに身を隠した。


(尊いー!! 尊いシーンに遭遇キター!! もう、どう考えても沖田くんのために早起きしてお弁当作って来たヤツー!! それを上手に渡そうと練習してるけど、練習の時点からミスってる小岩井さん……!! 推せる……!!)


 真奈美さん、コーヒーを諦めてしばらく日菜の練習を堪能。

 そののち、心の中で「頑張れー! 私が付いているわよー!!」とエールを送って、自分の席に戻った。


「あれ? 真奈美さん、コーヒー淹れに行ったんじゃなかったの?」

「ええ。もう、何と言うか口の中が甘くなったので。満足して帰って来ました」


「ふーん? なんかよく分からないけど、僕もコーヒー淹れて来よう。……あの、真奈美さん? なんで僕のベルト掴んで引っ張るの? 苦しいんだけど」

「井上先輩。いえ、井上。一度しか言わないわ」



「私に引き金を引かせないで。もうトリガーに指が掛かってるの」

「意味がまったく理解できないけど、分かった。コーヒーは諦めるよ」



 真奈美のファインプレーで日菜の練習は昼休みのチャイムまで続行された。

 なお、午前の仕事は既に超スピードでこなしているので、少しくらいは見逃してあげて欲しい。


 日菜は後ろ手に弁当箱を隠して、机に座った。


「小岩井さん! お昼どうします? 俺、何か買って来ましょうか!?」

「い、いえ。あの、わたひおべんひょうほ……うみゅ……」


 ここぞで顔を出すコミュ症。

 会社なのに、相手が壮馬と言う計算をすると、余裕でコミュ症がやって来るらしかった。



「えっ!? 俺のためにお弁当を作って来てくれたんですか!?」

 そしてこの男。察しが良すぎるのである。



 日菜はこくりと頷いて、ネコのお弁当箱を差し出した。

 その様子を見ていた真奈美は「モルスァ」と言って机に倒れ込んだ。


「真奈美さん? なんか忙しそうだから、僕はご飯行ってくるね」

「あ。私は幕の内弁当をお願いします」


「ああ、僕が買って来るんだ? いや、良いけどね。じゃあ、急いでご飯食べて来るよ」

「それからコーヒーも。とびきり苦いヤツで。これから口の中が甘くなる予定なので」


 井上は肩をすくめて席を立った。

 真奈美の瞳は瞬きの回数を極限まで減らして、ただ一点を見つめる。


「うわぁ! 可愛いお弁当箱ですね! あ、小岩井さんのは黒猫ですか! 猫って良いですよねー!! 中身は? おおっ! なんかカラフルですね! この黒いのはなんだろう!!」

「ふぎゃっ!? ちょ、あ、ちょ、まっ!」


 日菜は間違えないように、壮馬の弁当は彼の好きな猫の柄のものにしていた。

 そして、自分の弁当箱は「沖田先輩とお揃い……!」と、猫の柄の弁当箱にしていた。


 おわかりいただけただろうか。


 ほとんど同じような弁当箱だったため、本来壮馬に食べさせる予定だった弁当箱が日菜の目の前にあるのである。

 その黒いのは、日菜の失敗卵焼きである。


「いただきます!! これは、ナポリタンですね! うん! 味が濃い目で美味しい!!」

「ふ、ふぎゅ……。そうですか……」


「こっちは唐揚げ! 定番だけど、やっぱりあると嬉しいですよね! 俺、冷えた唐揚げって好きなんですよ!」

「うみゅ……」


(知ってますぅー!! 高校の頃に教えてくれたから、ちゃんと覚えてましたー!! 本当は唐揚げも作りたかったけど、時間がなかったから莉乃に任せたんだもん! わたしは卵焼きで一点勝負する予定だったのにぃ!! ふぎゃあぁぁぁぁっ!!)


「いやー! ご飯が進みますね! おっ、こっちはピーマンの炒め物! 箸休めに良いんですよねー!! 次は、この謎の黒いオカズを!!」

「ふみゅっ!? あ、あの、それ、それは、ダメにゃんでしゅ!!」


 バリッと音がした。

 卵焼きからは決して聞こえてこないはずの擬音だった。



「おおっ! なんですか、これ! 食べた事ないですけど、美味しいなぁ! 苦みとほのかな甘みが口の中で広がりますよ! 食感も楽しい!」

「ふ、ふぎゅっ!? え、えと、その、美味しいですか?」



 壮馬は満面の笑みで答えた。


「はい! とても! 今度作り方を教えてください!!」

「ああぅ、それは許してくだしゃい……」


 その後、壮馬はご飯にかかっていたゴマの1粒まで綺麗に小岩井姉妹のお弁当を堪能した。

 その隣で、幸せそうな表情の日菜であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ただいまー。真奈美さん、頼まれてた幕の内弁当と、コーヒーね」

「尊さが滅びのバーストストリームだわ……。もう胸がいっぱい……。それ、井上が食べて良いわよ」


「ええ……。僕、ラーメン食べて来たんだけど……」

「私は一途な愛を目で楽しんだわ。こんなにステキなランチってないと思うの」


 その日の午後。


 井上は食べ過ぎでコンディション不良。

 真奈美は昼食抜きにも関わらずエネルギッシュに働き、新しい契約を取って戻って来たらしい。

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