第26話 バーベキューは穏やかに終わる

 小岩井姉妹が戻って来ると、沖田壮馬が食い倒れていた。


「壮馬さん!? どうしたんですかー!?」

「す、すみません。少しばかり自分のキャパシティを過信していました……」


 真奈美が2人に説明する。


「沖田くんったら、せっかく日菜さんと莉乃さんが持って来てくれたので! とか言って、あるもの全部食べちゃうんですもの。そりゃ、お腹いっぱいになるわよ」


 日菜が自分の犯したミスに気付いた。


(ふ、ふぎゃぁぁぁぁぁっ! わたしが沖田先輩に全部食べてって言ったからだぁぁぁ!! そうだよ、この人はそーゆう人だもん! どうしよ、あ、謝らなくちゃ!!)


「日菜さん。すみません」

「ふぎゅっ!?」


「ちゃんと言ってませんでしたよね。日菜さんが焼いてくれたお肉、美味しかったです!!」


 食い倒れても爽やかなスマイルのデキる男、沖田壮馬。

 この場にいた乙女3人の胸を貫く。


「むーっ。お姉ちゃん、ズルいなー! 壮馬さんの笑顔、独り占めはズルいー!!」

「お、おうふ。尊みが溢れてるわ……! なにこの甘酸っぱいヤツ……! いやー。ちょっと尊みが過ぎるわ。……アルコール飲むしかないわね」


 日菜は表情を変えず、「そうですか」とだけ答えた。

 何故か。

 それでは、彼女の心の叫びをお聞きください。


(ふああぁぁぁぁぁぁぁっ!! 沖田先輩が笑ったぁー!! わたしの目を見て笑ったぁぁ!! お肉食べさせちゃったのわたしなのに! そのせいで苦しいのにぃ!! きっとわたしに罪悪感を持たせないように気を遣ってくれたんだぁ! ううーっ!! 嬉し過ぎるー!! でも、言葉にできない!! 下手に感想言おうとしたら、自爆する自信があるもん! 確信だもん!!)


 心の中では狂喜乱舞している日菜だが、ここはコミュ症に救われる。

 感情表現不可と判断した彼女の脳。


「まったく。沖田くんには困ったものです」


 素っ気ない言葉しか出て来ない、彼女の乏しいボキャブラリーが身を助ける。


「すみません! でも、しばらく休めばまだ食べられますから! 日菜さん、莉乃さんも! しっかり食べてください! 俺、ご飯美味しそうに食べる女の人を見るの、好きなんです!」

「沖田くん……。あなた、うちの会社ヤメて、ホストにでもなったらどうかしら?」


 あまりのイケメンムーブに、思わず離職勧告する真奈美。

 それから小岩井姉妹が競うようにお肉を食べたのは言うまでもない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 楽しい宴も時間が過ぎればいつかは終わる。

 祭の後はお片付け。


 立つ鳥跡を濁さず。来た時よりも美しく。

 剛力支店長の指揮の元、杉林支店のメンバーは役割分担を完ぺきにこなし、正しいバーベキュラーとして模範的な動きに終始していた。


「支店長! 網を洗って来ました!」

「おう! 沖田、さすが和菓子屋の息子だけあって仕事が丁寧だな! 偉いぞ!!」


「日菜さんと莉乃さんが手伝ってくれましたから! 次は何をしましょう?」

「そうだな! だったら道具を車に運ぶから、手伝ってくれるか?」


 剛力と壮馬は手際よくバーベキューセットを分解し、剛力のランドクルーザーに運び込む。

 それを眺めているのは井上隼人。


「若いってのはいいねぇー。僕はお腹いっぱいで力仕事は無理だなー」

「それはもう何回も聞きましたから。お皿を洗って下さい」


「はいはい。真奈美さんはマジメだねぇ。もしかして、学生時代に学級委員とかやってたタイプ?」

「やってましたけど? そういう井上先輩は、学生時代から不埒な過ごし方をしてそうですね。一部の女の子に好かれて、多数の女の子に嫌われるタイプだわ」


「ひどいこと言うなぁ。傷つくー。あ、でも真奈美さんの顔見てたら元気が出て来たよ!」

「はぁ。そういうところですよ。世の中の女子がみんな安いお世辞で喜ぶと思わないでください」


「そんな事言ってていいのかなー? 夏休みに海に行く計画とか、立てちゃうよ? 僕。壮馬くんと小岩井さんを自然に誘えるの、僕だけなのになー?」

「くっ! なんて卑劣なの! 私が逆らえないからって! いいわよ、好きにしなさいよ! そんな尊みパラダイスが実現するなら、何だってするわよ、私!!」


 こちらのキューピッドコンビは既に次のイベントの企画立案に余念がない。

 何もしなくても恋のスパイラルに巻き込まれる運命の壮馬と日菜。そして莉乃。


 ひとまず、バーベキュー大会は3人にとって幸せな思い出ばかりを生み出したので、井上が後片付けをサボるのを見逃す真奈美であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 帰りの車中。

 ハンドルを握る壮馬の隣には、真奈美が座っていた。


「なんて言うか、ごめんなさいね。私が運転変わってあげられたら良かったのに。うっかりお酒飲んじゃって……。一応、沖田くんの歓迎バーベキューって事だったのに」


 尊みに負けてビールを瓶で5本ほど空けてしまった真奈美さん。

 今は助手席で運転手の話し相手を務めている。


「いえいえ、気にしないでください! 俺、すっごく楽しかったんですよ、今日! 実家の手伝いをしてた3年間も悪くなかったですけど、やっぱりこうやって仕事仲間と色々できるのって、なんか良いですよね!」


 真奈美は壮馬の笑顔が眩しくて、直視できずにいた。

 代わりに、後部座席へと視線を移す。


「それにしても、よく寝てるわね。2人とも。疲れちゃったのかしら」

「ははっ! 日菜さんも莉乃さんも楽しそうでしたもんね!」


 壮馬の運転する車は、高速道路から下りるべくウインカーを出した。

 もう20分もすれば彼らのホームタウンに到着する。


「可愛いですよね、2人とも! 莉乃さんは普段大人びているけど、寝顔は幼くて! 日菜さんは変わってないなぁ! 昔と同じなんですよ! この寝顔を見ていると、いつでも高校時代に戻れる気がして……。ずっと見ていたいです!」

「おうふ……。沖田くん、不意打ちはヤメて……。アオハル的な尊さはヤメて……。それは私によくキクわ……。お願い、オーバーキルなのよ……」


 会話をする人間が2名しかいないので、必然的にその声はよく響く。

 特に、狸寝入りしている乙女には。



(ふぎゃぁぁぁっ! 起きるタイミングを見失っちゃたよぉぉぉぉ!! なんで沖田先輩、急に高校時代の話始めるのぉぉ!? わた、わたしの寝顔、覚えてくれてるのは嬉しいけど! 恥ずかしい!! 部室で居眠りしてたわたしが悪いんだけど!! ふぎゅぅぅぅぅっ!!!)



 社会人にとって休日は貴重である。

 学生時代のようには過ごせない。


 だが、社会人として休日を過ごして、その日の最後に学生時代を思い出す。

 これはなかなか乙なものである。

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