第25話 小岩井日菜は受けて立つ

 いよいよ始まる、肉を焼き野菜を炙る、野外グルメの祭典。

 剛力剛志が開幕の挨拶をする。


「あー。今日は、こうして楽しいバーベキュー大会を開くことが出来て、ワシはとても嬉しい! 今日のために奮発した肉も用意した! みんな、遠慮なくやってくれ! もちろん、酒もあるぞ!!」


「うぇーい! かんぱーい!!」

「おい、井上! なんでお前が乾杯って言っちゃうんだよ! ワシに言わせろよ!!」


「そうは言いますけど、剛力支店長。もうみんな始めてますよ?」

「マジかよ、ちくしょう。もう分かった。ワシは肉を焼くぞ!!」


 剛力は家族で行うバーベキューの際にも、肉焼きマンとして活躍している。

 適切な量の肉を適切な焼き加減で参加者に振る舞う。

 この1点に置いて、この見た目が怖い中年の右に出る者はいない。


「沖田くん。お肉を取ってあげます。わたし、先輩なので」

「本当ですか!? うわぁ、嬉しいな!」


「あー! だったらあたしもお野菜取ってあげますねー! 先輩の妹なのでー!!」

「これは困ったなぁ! 食べきれますかね!?」


 小岩井姉妹が、壮馬の周りを飛び回る。

 その様子を神妙な表情で見つめる、藤堂真奈美。


「真奈美さん、どうしたの? はい、ビール」

「ああ、ありがとうございます。井上先輩。いえ、私、気付いてしまったんです」


「うん。何に? あー! 昼間から飲む冷えたビールは美味いねぇ!!」

「私、小岩井さんを……日菜ちゃんを最推しだと思っていたんです。ついさっきまで。本当なんです。このバーベキュー大会だって、日菜ちゃんの後押しができればと思って、好きでもない先輩に頼んでセッティングしてもらったんです」



「真奈美さん。それは思っていても言わないで? 特に本人を前にして」

「あ、すみません。つい本音が。酔ったのかしら」



 そう言って、真奈美はビールを一口。

 酔っていないじゃないか。


「ところがですよ。気付いてしまったんです。私」

「うん。何に? ねえ、やり取りが重複してるんだけど。今日は暑いから、熱中症にでもなったんじゃないの?」


「莉乃ちゃん……。明らかに沖田くんの事を好きですよね?」

「ああ、そうだね。よく壮馬くんに懐いているね」


「何を冷静に答えているんですか!? これは緊急事態ですよ! 莉乃ちゃんは女子高生! しかも超の付く可愛いJK! 不器用な姉の対となる、コミュ強で積極的で開放的な美少女!! そんな彼女が、姉と同じ人を好きになってる!! この意味が分かりますか!?」

「んー。小岩井さん、ああ、日菜ちゃんの方ね。かわいそうかな?」



「井上。あなたは本当にバカね」

「真奈美さんはさ、ちょいちょい先輩に対する尊敬の念がマイナスになるよね?」



 真奈美は「本当に救いようのない人」と冷たい視線で井上を軽蔑した後に、「特別にレクチャーしましょう」と教鞭を手に取った。


「私は最推しのために、尊みを得るために、今日という日を迎えました」

「あー。ビール美味いなぁー」


「それが! なんということでしょう!! 莉乃ちゃんのラブも推せるんですよ!! しかも、激推し案件!! 恵まれてる美少女なのに、わざわざそこに行く!? ってツッコミたくなるような恋愛の袋小路に進んでいく一途な乙女……!!」



「……正直ね。推せる。最推しまである。これが緊急事態と言わずに何と言うのかしら!! 尊みがスパークして、私はもう心が弾けそう!!」

「トウモロコシってさ、こんなに食べにくい形状のくせに、美味いよね。しかも肉とも相性良いし、ビールも進むし。すごいなー」



 恋愛ウォッチャー真奈美さん。

 新たな推しと尊みを見つけてしまい、彼女の胸中は複雑だった。


 だが、壮馬に「あーん」してあげる莉乃と、それを見てアタフタしている日菜を見ていたら、なんだかどうでも良くなったらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「り、莉乃! そんなお行儀の悪い事をしちゃダメだと思う! ふぎゅっ」

「ああ! 日菜さん、大丈夫ですか!? ダメですよ、串噛んだら! 歯が折れちゃいますって!!」


「ふっふー。お姉ちゃんの事は大好きだし、応援もしてるけどー。それとこれとは別問題だったりするんだもんねー。はい、壮馬さん! 新しいお肉ですよー!」

「うみゅっ!? そ、そんな、アンパンマンに新しい顔を差し入れるみたいに!!」


 日菜は薄々感じ取っていた。

 彼女はコミュ症だが、人の気持ちを察する事のできる優しい女の子である。


 明らかに莉乃の様子が違うのは、姉としても乙女としても明らかで、その原因にも心当たりがあった。

 それは、自分が今まさに体感している事案と同じなので、もはや確信している。


 また、莉乃も姉想いの、姉によく似た清らかな心の持ち主である。

 2人は全然似ていないが、本質的な部分はそっくりなのだ。


「壮馬さーん! 今度はお野菜取って来るので、待っててくださいねー! お姉ちゃんと一緒に行って来ますー!」

「うみゅ……。お、沖田くんは、この場にあるお肉と野菜を全て食べておいてください! 先輩命令ですから!!」


 小岩井姉妹が連れ立って歩いて行く。

 行き先は、熱気から少しだけ離れた川の傍だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あぅ、莉乃。えっと、わたし、あのね? 応援す」

「お姉ちゃん! あたし、そんな事されても喜ばないよ?」


「ふみゅ……」

「お姉ちゃんが逆の立場でもそう思うでしょー? あたし、お姉ちゃんの事が大好きだから! 分かるんだよー?」


 日菜は何も言わない。

 今回は「何も言えない」のではなく、敢えて「何も言わない」のだ。


「あたしね、お姉ちゃんには負けないよー? だから、お姉ちゃんもあたしに負けないで欲しいなー? 何回だって言うよ? あたしはお姉ちゃんが大好き! 壮馬さんの事も、大好き!!」

「……ふぎゅっ」


 少しだけ沈黙が続き、日菜は口を開いた。

 いつものようにおどおどと。だけど、ハッキリと。


「わたしも、莉乃が好き! ……だからね、負けたくない! ……かも、ふみゅ」

「あははっ! 本気のお姉ちゃんと競争できるなんて、いつぶりだろー? あたしね、すっごくワクワクしてるし、ドキドキしてるんだー!」


 日菜は、ギュッと拳を握ってから答えた。


「……ふふっ。わたしも。恋愛って、すごいね! こんな事、自分で言える日が来るなんて、思わなかった!」


 笑い合う小岩井姉妹。

 一方、沖田壮馬はと言えば。


「……困ったな! お腹がいっぱいになって来たぞ!!」


 日菜の言いつけを守り、その場にあった肉と野菜を全て食べていた。

 なお、それには日菜と莉乃の分も含まれていた事は言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る