第22話 小岩井日菜は気付かれたい

 東丘キャンプ場は市街地からのアクセスも良く、ちょうどいい感じの山の中にある。

 高速道路を使えば杉林駅から1時間と30分車を走らせれば到着する。


 ドライブと言う面から見ても実に良い塩梅の時間であり、車内は大いに賑わった。


「おっ。そろそろ着くみたいですね。日菜さん、申し訳ないんですが俺の財布からお金出してもらえますか?」

「分かりました。……ふぁ!? ふぎゃっ!! ……沖田くん、小銭が勝手に飛び出しました」


 壮馬の父の車は令和のご時世なのにETCを取り付けていない。

 父いわく、「だってうるせぇだろ、アレ!!」だそうである。


 料金所でお金を支払うと、いよいよキャンプ場が目前に迫ってくる。


「……うみゅ。沖田くん、あの、えっと、ごめんなさい」

「いえいえ、俺の方こそすみません。小銭入れがきちんと閉まってなかったですね。日菜さんに気を遣わせるとは! 後で財布にきつく言っておきます!!」



「おうふ……。このぎこちない夫婦感……! 強い尊みが含まれているわ……!!」

「あははー! あたし、藤堂さんの事をかなり理解してきたかもですー」



 こうして壮馬の安全運転で、無事に東丘キャンプ場に到着する。

 1名ほど車ではなくロマンティックに酔った者がいたものの、概ね計画通り、予定通りの時間であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おはざーす! みんな、来たね! 既に支店長がキャンプ場で色々借りて、準備を着々と進めているよ! もうあんまりやる事ないと思うけど、とりあえずみんなはおじさんを手伝ってあげてくれる?」


「了解しました、井上先輩!」

「お、沖田くん。わたしが先輩として手本を見せます。ふんすっ」


 元先輩後輩で現先輩後輩コンビは井上と挨拶を交わすと現場へ直行する。


「ああ、ごめんなさい、莉乃さん。まさか女子高生に肩を貸してもらうなんて……。私としたことが、これはうっかりだわ」

「いえいえー。お気になさらずにー。あ、井上さんですか? あたし、小岩井の妹で莉乃と言いますー」


 井上は「ご丁寧にありがとう! 日菜さんに似て可愛いね!」と、ナチュラルに褒めて自己紹介の返礼をする。

 彼のストライクゾーンは二十歳以上なので、ご安心頂きたい。


「何してるの、真奈美さん。車に弱かったっけ?」

「い、いいえ。あまりにも強力な尊みを浴び続けていたら、なんだか胸がいっぱいになってしまったの……。尊みエクスプロージョンを喰らったわ……」



「ごめんね、莉乃ちゃん。この人、いい大人なのに色々と残念なんだ!」

「あ、いえー。姉の事を大事に想ってくださっている事は道中で伝わりましたー」



 3人は会場の河川敷には行かず、受付で剛力支店長に頼まれている替えの網を受け取りに向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おはようございます、支店長! 沖田壮馬、現着しました!」

「おう! いい天気だな! おはよう! 沖田、小岩井!!」


「お、おはようございます」

「何か俺たちでお手伝いできる事はありますか?」


 既に準備はほとんど終わっているが、ここは敏腕支店長の剛力である。

 そこに抜かりはない。


「だったら、野菜をカットしてくれるか? ちょっとそこまで手が回らなくてな!」


 嘘である。

 バーベキュー将軍の剛力剛志が本気になれば、肉の仕込みと同時進行で野菜の下ごしらえなど余裕。


 だが、敢えて野菜に関しては手を付けずに残していた。


 バーベキューの楽しみは準備の段階から始まっているとは、剛力の言葉である。

 その楽しみを部下にも味わってほしいと考えていた。


 顔と声は怖いのに、中身は実にハートフルな上司。

 剛力剛志のグッドジョブであった。


「そこにたまたまテーブルとまな板に包丁、それから串もあるからな! 任せたぞ、2人とも!」


 もちろん、この都合の良い作業場も、誰よりも現場に来た剛力のセッティング。

 壮馬は腕まくりして、日菜は鼻息荒く野菜を手にする。


「お、沖田くん。ここは、わたしがお手本を見せましゅ! ふみゅ、噛んじゃった……」

「最近料理を頑張っているんでしたね! 是非その腕前を拝見させてください!」


 日菜は壮馬に家庭的な女子アピールをするべく、昨日まで野菜のカットと肉の焼き加減についての修行を完遂させていた。

 なお、小岩井家の夕食は1週間続けて野菜炒めである。


「た、玉ねぎからいきます。まずは、根っこと先の部分を切って……ふぎゅっ!?」

「危ない! ……ああ、良かった! 日菜さん、ダメですよ! しっかりと玉ねぎを持たないと! 綺麗な指に傷でもできたらどうするんですか!!」


 コミュ症の人間は1人の時に出来た事が、人前になると出来なくなる。

 その相手が想い人であれば、なおさらだった。


 珍しく声を荒げた壮馬に対して、日菜は涙目になって「うみゅ……。ごめんなさい……」としょんぼりしている。

 だが、壮馬の男気が発動する。


 彼はかつての愛すべき後輩で今の敬愛すべき先輩に悲しい思い出など作らせはしない。


「や、やっぱり、わたしはお野菜洗ったりしてます。残りは沖田くん、ふぎゃっ!?」

「こうやって、一緒に切りましょう! 俺も独りじゃ不安なので! ダメですか?」


 日菜の手に壮馬が自分の手を重ねた。

 突発的共同作業イベントの発生である。


「あや、やややややややっ! これは、あの、ちょ、ふみゅ、あややややややっ!!」

「日菜さん、手が震えてますよ! 危ないので落ち着いて下さい!!」


 カタカタカタカタとマナーモードのスマホの5倍くらい震える日菜の手。

 確かに、彼女は思っていた。


 (沖田先輩、わたしの気持ちに気付いてくれてもいいのに!!)と思っていた。車の助手席に座っている頃からずっとである。

 頑張って選んだワンピースは褒めてくれたし、車内の会話も盛り上がった。


 だが、それでは足りないのだ。

 日菜は満足できない。もっと自分の想いを知って欲しいと考えた。


「さあ、ゆっくりやりましょう! 大丈夫、俺がついていますから!」

「あ、あぅ……。沖田くんは、昔からそーゆうとこがあります……。ふみゅ……」


 困っている者がいれば手を貸し、なおかつ相手を気遣う男。

 それが沖田壮馬。



 小岩井日菜がずっと想いを寄せている、世界でたった一人の男でもあった。



 重ねた手から想いに気付いて欲しいと思う日菜だったが、そんなに世の中は甘くない。

 少しいびつな形にカットされた玉ねぎが並んでいくだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る