第21話 剛力剛志は肉を焼きたい

 剛力剛志は見た目と声質に恵まれず、ある意味では恵まれ過ぎているため、部下とコミュニケーションを取るのが苦手である。

 そんな彼は、今日も1人で寂しく昼食を取って帰社していた。


 そこに駆け寄って来る井上隼人。

 剛力支店長は歓迎の声を上げる準備に入った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おう、井上! お前が休み時間にワシのところに来るって事は、アレだな? なんかいい事を思い付いた時のアレだろ? おおん?」

「相変わらず、凄まじいVシネマボイスですね。そんな事だから、いつも決まった店でしかご飯食べられないんですよ。新しいところに行くと女性の店員さんが泣いちゃうから」


「だから一緒にご飯行こうって言ってるじゃないか」

「嫌ですよ。なんでおじさんと一緒に連れ立って昼ご飯に出掛けないといけないんですか。僕、女の子の方が好きなので!!」


 交渉の基本は相手をおだてていい気分にさせてからがスタートである。

 ならば、井上の言動は全然理にかなっていないじゃないかと思われるかもしれないが、そもそも剛力に自発的な会話を求めていくと言う行為自体が強面支店長にとってはご褒美なので、実はしっかりと基本を順守している。


「支店長、この間言ってましたよね? バーベキュー大会したいって」

「おう。言ってた、言ってた。だって、親睦深めたいじゃないか。でも、ワシが企画したら今のご時世、パワハラになったりするだろ?」


「その顔で、絶対に参加しろよな!! とか言われたら、まあ労基案件になる可能性は高いですね」

「ワシだって、色々と努力しとるんだぞ? ほら、このまつ毛見ろよ。ずいぶんと伸びたと思わんか? 娘にだって言われとるんだ。パパばっかまつ毛伸びてズルいーって」



「支店長。まつ毛ごときを伸ばしたところで、何も変わりませんよ」

「井上……。それ、せめてマツ育始める前に言ってくれよ……」



 井上は充分に交渉の下地は整ったと判断して、「そんな事よりも」と本題を切り出した。

 剛力は3カ月におよぶマツ育を「そんな事」呼ばわりされて、ちょっとだけ傷ついた、


「バーベキュー大会、やりましょう! 企画立案は僕って事にして! 壮馬くんの歓迎会は簡素な飲み会だけでしたし。ここは杉林支店の結束を強めると言う意味でも! ね、支店長!!」


 断る理由が剛力にはなかった。

 むしろ、井上が自分のために骨を折ってくれたと感じた彼の中では、井上の持ち点が20点ほどアップしたと言う。


「お前……。いいヤツだなぁ! よし、準備は任せろ! 梅雨真っ只中だが、天気も任せろ! 祈祷して晴れさせる!! 来週の日曜でいいか!?」

「オッケーです! じゃ、よろしく頼みますね! 高い肉、期待してますよ!」


 剛力剛志は昼休みが終わる前に、懇意にしている焼肉屋へ電話をした。

 彼は家族でよくバーベキューをしており、その際に件の焼肉屋から結構良い肉を購入している常連客である。


 奮発して、いつもよりもかなり高い肉を注文した剛力支店長であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 井上の暗躍は続く。

 彼は真奈美の隣の席に戻って来てすぐに、「バーベキュー大会の開催を次の日曜にセッティングしたので、この好機に壮馬くんと小岩井さんを後押しできるよ!」と彼女に告げた。


 真奈美は、井上の事をよく知っていなければ好意値の爆上がりは避けられなかっただろうと、胸をなでおろした。


「そんじゃ、行きますか」

「もう昼休みが終わるのに、これからご飯ですか?」


「何言ってんの。バーベキュー大会の主賓を誘いに行かないと。あの2人が来なかったら、僕と真奈美さんと支店長で肉食べることになるんだよ?」

「……最悪だわ。行きましょう!」


 井上に真奈美がくっ付いて、未だに睦まじくお菓子を食べている壮馬と日菜の元へと舞台は移動する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あ、藤堂先輩! 井上先輩も! お疲れ様です! これ、よろしかったらどうぞ!!」


 先輩を見つけるとすぐにお菓子を取り出す好青年。

 その名は沖田壮馬。


「ありがとう! 壮馬くんは女子力高いよねー。僕にはない武器だよ。モテる要素を熟知している!」

「あら、これ美味しいわね。沖田くん、こんなものまで手作りできるの? 本当にすごいわ」


 壮馬は少し照れくさそうにして、「今度小岩井さんと一緒に作るんですよ!」と答えた。

 隣にいる日菜はアタフタしながら「お、沖田くんが、どうしてもと言うので」と顔を赤くする。



 真奈美が「尊み秀吉……」と呟いて倒れそうになったが、気合で堪えた。



「仲良しでいいなぁ、2人とも。そんな2人をお誘いしに来たんだけどさ。次の日曜日って暇かな? バーベキュー大会でもしようかって話になってるんだけど! 参加者は壮馬くんも知ってる人ばかりだから気兼ねしなくて良いし。小岩井さんは妹さんいたよね? 良ければ連れてきてもいいよ! どう? 楽しそうじゃない?」


 真奈美は流れるように2人を誘う井上を見て、「これは女子も騙されるわね」と舌を巻いた。

 だが、今は自分の味方なので過度のディスりは禁物と戒める。


「バーベキュー大会! 楽しそうですね! 俺、実は参加したことないんですよ!」

「そりゃあいけない! 会社員になったからには、バーベキュー大会の1つくらいは経験しとかないと! 小岩井さんは教育係の腕の見せ所だね!」


 井上は、「強要はしないけれど既に参加する体」で話を進める。

 彼はこの手法で何人もの女性とねんごろな関係を築いて来た。


 踏んだ戦場の数が違うのである。


「う、うみゅ……。お、沖田くんが行くのなら、わたしも行きます」

「莉乃さんも誘ってあげたらきっと喜びますね!」


「よし! じゃあ決まりってことで! 場所とか時間については僕が調整するから! 決まったらラインするね! んじゃ、よろしくー」


 交渉が済めば長居は無用の井上。

 ひらひらと手を振って去っていく。


「楽しみね、小岩井さん! ……沖田くんに可愛い私服見せつけるチャンスよ!」

「ふ、ふぎゅ!? か、かわ、可愛い……!!」


 真奈美は日菜を鼓舞する事を忘れない。

 彼女も精一杯、自分にできる事を尽くすのだ。


 こうして1週間ほどお仕事に精を出した杉林支店。

 やって来たのは日曜日。


 陰謀渦巻く、バーベキュー大会当日である。

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