第15話 沖田壮馬も祝いたい
小岩井日菜は幻を見ていた。
高校時代に憧れだった先輩と手を繋いで買い物をする幻想である。
かつて彼女が少女だった頃に、何度となく妄想しては顔を赤く染めて、枕に顔を埋めてジタバタしていたシチュエーション。
「小岩井さん? 大丈夫ですか?」
「うみゅっ!? 別に、全然、全然アレですから! お、沖田くん先輩も、このわたしを心配するなんて、偉くなりましたね!? ありがとうございます!!」
大丈夫ではなかった。
「そうですか! すみません、お顔が赤い気がしたのですが。あ、もしかしてチーク変えました?」
壮馬は乙女の事情を勝手に察して、コスメの変化に気が付いた。
なお、別に日菜は化粧品を変えてはいない旨を明言しておく。
「この辺りがいいでしょうか。藤堂先輩に頂いたメモによると、第一候補が並んでいるのはやはりこのコーナーですね」
「別に、お化粧は変えてませんけど!? でも、そんなに見つめてくれてありがとうございます!!」
日菜さんがコミュ症の発作を元気に起こしているため、会話が成立していない。
だが、それでも壮馬は前に進む。
「日常で使えるもので、頻繁に目に留まるもの。そして、高価過ぎないもの。3人で知恵を出し合ったんですから、これが正解ですよ! さあ、選びましょう! 小岩井さん!」
そこには多種多彩なマグカップが並んでいた。
藤堂真奈美がオタクコンビの間に挟まり、仕事そっちのけでサポートした成果が実る時。
2人はマグカップ売り場にて、莉乃のプレゼントを選ぶ事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「じゃあ、俺はこっちの端から見て行きますね! 小岩井さんは逆サイドから攻めて下さい! この中間地点で落ち合いましょう!」
そう言って、壮馬は陳列棚の一番奥まで小走りで駆けて行った。
1人残された日菜は1分ほど再起動に時間がかかる。
1分で再起動できるコミュ症は、コミュ症の中でもエリート戦士と呼ばれる。
日菜は長らくコミュ症を患っているので、再起動までの時間を短縮する事に成功していた。
「ふみゅっ!? あ、え、わた、わたしは……! ふぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」
これで再起動が出来たのかと言われると、返答に困る。
だが、安心してください。出来ていますよ。
小さく叫んだ日菜は、現状の認識を試みた。
が、すぐに「それやると多分、わたしバカになる!」と自己修復機能が警鐘を鳴らした。
実に優秀な機能が脳内に存在しているようで、結構な事である。
(沖田先輩とお買い物デート……!! いや、違う、違うでしょ、日菜! 今日は莉乃のプレゼントを買いに来たんだから!! そんな不純な気持ちでは、いいプレゼントなんて選べないもん!! 頑張れ、日菜! おー!!)
日菜は胸の前でこぶしをグッと握ると、気合を入れた。
そこから、マグカップを吟味し始める。
「あ。これ可愛い。けど、わたしの趣味だもんね」
目に留まったのは、クマのぷー太郎と言う名の攻めたキャラが散りばめられたマグカップだった。
「おっ! ぷー太郎ですか! 小岩井さん、昔から好きでしたよね!」
「ふぎゅっ!? お、沖田くん! 女子の背後から音もなく近づかないでください!!」
「あ、すみませんでした。懐かしくてつい!」
「い、いえ。わたしの方こそ、大きな声を出してしまいました。……そんな昔の事、よく覚えていましたね?」
「覚えてますよ! 文芸部の部室に2個しかなかったマイカップですから! 懐かしいですねー!」
「ほわっ、ほぎゃっ、うみゅ、ふにゅ!!」
一時的に会社モードを取り戻した日菜だったが、高校時代の思い出話が始まると結局ダメになった。
むしろ、一時的にでもまともな受け応えをした彼女を褒めるべきかと思われる。
「これ、いいんじゃないですか? 莉乃さんとお揃いにしたら!」
「うみゅ……。でも、莉乃って大人っぽいですから。こんなキャラクターもの、好きじゃないかもですし。その、はい。ですし……」
「俺だったら嬉しいですよ! 小岩井さんとお揃いのマグカップを誕生日にもらえたら! 高校の時だって嬉しかったですもん! お揃いのマグカップでお茶飲むとき!」
「はぅっ、くぅぅっ!! わた、わたしも嫌じゃなかったですけど!!」
日菜は再び脳裏を走り始めた思い出たちにストップをかけるべく、莉乃の事を考える。
妹をブレーキ代わりに使うな。
「よろこんで、くれるでしょうか?」
「絶対に喜んでくれます! 俺が保証します!!」
「沖田せ……くんは、昔からそういうところがあります。何の根拠もないのに自信満々で……。じゃあ、気に入ってもらえなかった時は責任取ってくださいね?」
「了解しました! この沖田壮馬、男に二言はありませんよ!!」
こうして、日菜が選んだ揃いのマグカップを壮馬が持ち、会計へ向かう。
2人の後ろ姿は誰から見ても仲睦まじかったと言う。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あああっ! どうしてそこで、俺のカップも一緒に並べてもらえませんか? キリッ! とか言わないのよ! 沖田くん!!」
「ヤメようよ、真奈美さん。後輩のデートを覗き見とか、趣味悪いよ?」
仲睦まじい認定をした藤堂真奈美は、壮馬と日菜のお買い物をバッチリ見届けていた。
暇そうにしていた井上隼人も捕まえて来たので、カムフラージュは完璧だとか。
「いいえ! これは私の責任です! 帰りに寄り道をするよう勧めたのも私! マグカップを勧めたのも私! 今一番推したいカップル候補があの子たち!!」
「あー。真奈美さん、アイドルのおっかけとかしたらヤバそう。絶対に破産するタイプだ」
井上の皮肉も真奈美には届かない。
では、なにゆえ彼を連れて来たのか。
「あ! 見て、井上先輩! 沖田くんがさり気なく荷物を持ってあげてる! 尊い! んああああっ! 尊いじゃないの!! やるわね、意外と彼も!!」
「ちょ、まな、真奈美さん! 分かったから、ネクタイ引っ張らないで! 頭が取れちゃう! まな、真奈美さん!?」
その後、駅まで日菜を送っていく壮馬を見届けたのち、満足そうに真奈美は解散を宣言した。
井上は「僕、すっごい貧乏くじ引いてない?」と帰り道に気付いたらしいが、それを何も言わずに飲み込んだ。
杉林支店で1番モテる男の片りんをチラ見せした井上隼人であった。
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