第14話 小岩井日菜は祝いたい

「沖田くん。相談があります」

「はい。小岩井さん、ほっぺにソースが付いてますよ」


 現在、山の森出版・杉林支店はお昼休み。

 今日の2人のご飯はほっともっとのお弁当。


 壮馬が備品を受け取りに出かけたついでに、2人分の弁当を買って来た。


 壮馬はおろしチキン竜田弁当。

 日菜はデミハンバーグ弁当を広げて、仲良く食べている。


「……ふみゅ。取れましたか?」

「はい。ですが、反対側に付きました。あ、動かないでください」


「ふぎゅっ!?」

「よし。取れましたよ」


「お、沖田くん。そーゆう先輩っぽい事をわたしの許可なくしないでください」

「すみませんでした。でも、小岩井さんの恥ずかしいところを俺以外の人間に見せたくなくて!」


 このあと、日菜が3回ほど「ふぎゃっ」と鳴いて、彼らは本題に入った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「そうなんですか! 莉乃さんのお誕生日、来週なんですね!!」

「はい。それで、何かプレゼントをしたいと思っているのですが。なかなかアイデアが浮かんでこなくて。沖田くんの意見を聞きたいです」


 お聞きの通りである。

 小岩井莉乃が18歳の誕生日を迎えるらしい。

 実にめでたい。


「俺がお役に立てると良いのですが。ちなみに、去年は何をあげたんですか?」

「乙女ゲームの抱き枕を。厳選したのですが、決めきれなくて2つあげました」


「なるほど。喜んでくれましたか?」

「はい。ですが、何故か使ってはくれません」


「それはきっと、小岩井さんの気持ちが嬉しくてもったいないんですよ!」

「やっぱりそうですか。気を遣わせてしまいました」



 多分違う。何故ならば、小岩井莉乃は非オタである。



「その前の年は何を?」

「乙女ゲームのマウスパッドを。厳選したのですが、絞り切れずに3つほど」


「3つもあるんじゃ、マウスパッドは間に合っていますね」

「はい。まだ1つも使っているところを見ていませんから」



「莉乃さん、嬉しかったんだろうなぁ!」

「はい! 自慢の妹ですから!」



 莉乃は確かに嬉しかった。

 姉が自分のために毎年色々と考えてプレゼントを用意してくれる事は、純粋に嬉しいと感じている。


 そして、気持ちだけ頂いて現物は彼女の部屋のクローゼットの奥に封印されている。


「それでは、今年は乙女ゲームの何をチョイスするかが問題ですね」

「そうなのです。沖田くんのお知恵を借りたいと思いまして」


 莉乃が聞いたら泣き出しそうな作戦会議である。

 だが、救世主がきたる。


「ちょっと待ったぁ! 話は聞かせてもらったわ!! と言うか、声が大きい上に会社でお昼食べてるのがあなたたちだけだから、もう筒抜けよ!!」


 藤堂真奈美が出先から戻って来ていた。

 彼女は続けて言う。


「一応確認するけど、妹さんは乙女ゲーム好きなの?」


 日菜は少し考えてから答えた。


「プレイしているところを見た事がないです。でも、女子って乙女ゲーム好きじゃないですか?」

「んっ!?」


「女子って乙女ゲーム好きじゃないですか。嫌いな子っていませんよね?」

「うん? ああ、ごめんなさい。ちょっと整理させて!」


「女子って乙女ゲーム好きですよね? ね? 沖田くん?」

「多分好きだと思いますよ! 小岩井さんも高校生の頃から好きでしたもんね!!」



「ストップ! あなたたち、勝手に話を進めないで! 私の整理が追いつかないから!!」



 真奈美は何と言ったものかと言葉を探す。

 探したけれど見つからない。


 だから、ストレートに言うしかなかった。



「妹さん、多分だけどね。乙女ゲーム、好きじゃないわよ?」

「えっ!?」

「えっ!?」



 結局、「オタクは自分の常識を世界の理にしたがるが、それは良くない事なのだ」と真奈美が昼休みの残り時間を使って2人に説教する事となった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「小岩井さん! 一緒にショッピングセンターへ行きませんか?」

「ふみゅっ!? な、なな、なん、なんでですか!?」


 今日は定時で退社した壮馬と日菜。

 真奈美が剛力支店長に事情を話して融通したのだが、その事実を2人は知らない。


 つまり、会社を出た直後に壮馬が誘った訳であり、既に日菜はコミュ症を発動中。

 凄まじい手捌きが動揺をよく表現していた。

 北斗羅漢撃だろうか。


「俺でお役に立てるか分かりませんが、莉乃さんのプレゼントを探しに行きましょうよ!」

「ふひゃ、2人で、ですか!? 今からですか!?」


「あ、もしかして何か予定がありましたか? すみません、気が付かなくて」

「あ、あああ、いえ、いえいえ! 家に帰ってポケモン見るくらいしか用はないでしゅ! ……です」


 23歳なのにポケモンを見る事を予定と言う日菜さん。

 これは有識者の間でも評価が分かれそうな事案である。


「それなら、ポケモンが始まるまでで結構ですから、行ってみませんか?」

「ひゃ、ひゃい!」


 その後、日菜は莉乃に「ポケモン録画しといて!」とラインしたらしい。

 ショッピングセンターは杉林駅の裏手にあり、非常にアクセスが良い。

 まさに、「帰りがけに寄る」を体現できる場所であった。


「莉乃さんの好きなものって何ですか?」

「べ、別にわたし、好きでショッピングセンターに行くんじゃないですから!?」



 今日のコミュ症は絶好調のご様子。



 日菜は既に莉乃のプレゼントが霞むほどに気持ちが空回りしていた。

 足元はフラフラ。思考はヨタヨタ。


(仕事帰りに寄り道って! これはもう、お付き合いしているのでは!? わ、わたし、ついに人生で初めての彼氏が!? 相手は沖田先輩で!? つ、次はどうなっちゃうの!? ……はっ! き、記者会見!?)


 ご覧の有り様である。


 頭の中で考えた事がちゃんと実行できないからコミュ症なのに、頭の中で考えていることが既にちゃんとしていないと言う悲しい現実。


「つきましたね! いやー。久しぶりに来ましたけど、やっぱりこの時間は賑わってますね! 小岩井さん、はぐれないように手を繋ぎますか?」

「ふみゅっ!? えっ、あっ、手っ!? ……結婚!?」


 この瞬間、日菜の脳内から莉乃の存在が消えたと言う。


「会社を出たら先輩を立てるものだと、井上先輩から聞いています! 本当は腕を組むといいらしいのですが」

「……出産!?」


 果たして、莉乃のプレゼントは選べるのだろうか。

 そもそも、プレゼントを買ってもらえるのだろうか。

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