第13話 剛力剛志は仲良くなりたい

 剛力ごうりき剛志つよしは48歳。

 名前に「剛」が2つも住んでいるのが原因なのかは分からないが、彼は初対面で相手にだいたい怖がられる。


 その声はVシネマ四天王の1人、哀川翔にそっくりである。

 その顔はVシネマ四天王の1人、竹内力にそっくりである。


 なお、既婚者であり、妻との関係は良好。

 今でも結婚記念日には二人きりで旅行をする。


 また、高校生になる娘がいる。

 気難しい年頃にも関わらず、剛力の事を「パパ」と呼んで親子関係も良好。


 つまり、第一印象の初手を必ずミスる呪いを受けた、中身は善人なのである。

 そんな彼は、山の森出版・杉林支店の支店長である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おい、沖田。そのネクタイ、イカしてんなぁ! どこで買ったんだ!?」

「よ、よろしければ、差し上げます……!」


 現在、剛力の悩みは新入社員の沖田壮馬との距離が縮まらない事。

 何度も対話を試みているが、だいたい壮馬がすぐに無条件降伏するので会話が成り立たない。


 今朝のトークセッションも失敗。

 剛力の手には、壮馬のしていたネクタイが握られていた。


「おはざーす! 何やってんすか、支店長。新人からカツアゲしてー」

「違うんだ! と言うか、井上なら分かるだろ? ただ早く打ち解けたいんだよ、ワシ!」


「いや、分かりますけど。支店長の距離の詰め方がヤバいんですよ。縮地じゃないですか。気付いたら目の前にですよ? 見た目が竹内力の中身が哀川翔のおじさんがいたら、そりゃあビビりますって」

「中身は哀川翔じゃないもん。ワシ、娘にはキスマイの宮田くんに似てるー! って言われるもん」



「相当厚かましいですね。それ、支店長がオタクってこと以外の共通点あります?」

「男で髪が生えてるとか? ああ、オタ芸もできるよ? ワシ」



 井上は「中身は親しみやすいんですけどねぇ」とため息をつく。

 さらに追撃を加える。


「壮馬くんどころか、小岩井さんにも未だに怖がられてますよね? 早いとこどうにかしないと、一度苦手意識持たれるとずっとそのままですよ」

「なんでだ! ワシ、仲良くなりたいだけなのに!!」


 井上は剛力支店長が優しい中年である事を知っている。

 ポケットマネーで部下に奢るし、有給消化を勧めて空いた穴には自分が入って埋めるし、結婚式に呼ばれたら絶対にご祝儀7万円包んだりもする。


 そこで、井上は剛力に協力する事にした。


「じゃあ、お昼一緒に行きます? 僕もご一緒いますから。4人だったら会話も弾むでしょ?」

「井上! いいヤツだなぁ、お前は!!」


 井上隼人は「あなたほどじゃないですよ」と言って、壮馬と日菜のデスクへと駆けて行った。

 決戦は昼休み。


 剛力剛志は気合を入れた。

 その顔を見たヤクルトの配達員が「ひぃっ!!」と悲鳴を上げたと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 壮馬と日菜は、井上に「お昼奢るから一緒に行こうよ!」と誘われて、会社の近くにあるちょっと高い和食レストランにやって来ていた。


「……………………」

「……………ふぎゅっ」


「あのー。ごめんね? 支店長も一緒だって、最初に言えば良かったね?」


 知人に食事に誘われて、ほいほいついて行ったら宗教の勧誘をされた時の空気であった。

 似た空気にマルチ商法、いかがわしいサークルの勧誘などがある。


「ワシが奢るから! なんでも好きなもの食ってくれよ!!」



「……俺、お水だけで結構です」

「わたしは、えっと、その、お水も大丈夫です」



 アウェー判定である。

 上司が部下に食事を奢る事さえ、昨今ではパワハラに繋がるとも言われる世知辛いご時世。


 剛力剛志はそんなアウェーの洗礼を受けていた。


「よ、よーし! じゃあ、天丼だ! 上天丼頼もう! すみません! 上天丼4つ!!」

「まあまあ、壮馬くん。支店長は新入社員が入ると必ずご飯ご馳走してくれるんだよ。僕の時もそうだった。親睦を深めたいだけなんだよ」


「そ、そうなんですか?」

「あー。くそっ、まつ毛が目に入っちまった!!」



「ふぎゃっ!? あ、お水こぼしてしまいました……。すみません……ふみゅ……」

「良いんだよ、小岩井さん! 今のは急に白目剥いた支店長が悪いから!!」



 剛力は最近、高校生の娘と一緒に「マツ育」をしており、しっかり育った長いまつ毛が目に入るとそれはもう痛いのだと言う。

 まつ毛に遮られるコミュニケーション。


「上天丼、お待ちしましひぃっ!!」

「ああ、すみません! ありがとうございます! 支店長、いい加減に白目剥くのヤメてください!!」


 それから始まったのは、お通夜のような食事であった。

 無言で天丼を咀嚼する4人。


 「誰か死んだの?」と判断するには充分過ぎるほどの重たい空気。

 そして食事は終了した。


「ご、ごちそうさまでした……。すみません」

「うん。僕がごめんね、壮馬くん。提案したの僕なんだよ。本当にごめん」


 何とも言えない悲しい空気で幕を閉じようとしていたランチタイム。

 それは音も立てずにやって来た。


「ふぎゅっ!」

「いってぇ! おいおい、マジかよ! 腕折れたわ! 痛いわぁ!」


 Vシネマの話を持って来たのが悪かったのか。

 安いギャラで雇われた素人俳優が演じるチンピラのような者が、日菜にぶつかってくる。


 すぐに壮馬が動いた。


「そちらがぶつかって来たんじゃないですか! 小岩井さん、大丈夫ですか!?」

「おーおー。兄ちゃん、元気がいいな? 喧嘩売ってるって事でいいんだよなぁ?」


 チンピラはがっしりとした体をしており、平均的な肉体の壮馬が相手をすると、本当に骨が折れるかもしれなかった。


「いや、悪いな。トイレが混んでて! やっとまつ毛取れたよ。……どうした?」


 Vシネマ四天王の遺伝子を2人分継承した、剛力剛志がやって来た。

 井上が速やかに事情を説明する。


 剛力支店長の準備はすぐに整った。



「うちの若い子に難癖つけてくるとは……許せん! 覚悟はできたか? ワシはできてる」

「えっ? いや、何と言うか。そちら様も同業者でしたか! す、すんませんでした!!」



 チンピラは呆気なく店を飛び出して行った。

 剛力支店長は安心した表情で息を吐いた。


「いやー。怖い! なにあの人! 令和のご時世にもいるんだなぁ。ああいう輩の人って。大丈夫だったか、沖田。小岩井、怪我してないな?」


 壮馬と日菜の心に剛力の放った矢が刺さった瞬間を目撃したとは、井上の談である。


「支店長! ありがとうございました! ブチャラティですか!?」

「ふみゅ……。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。ブチャラティ」


「あっ、なんだ!? もしかして、フラグ立った!? そうなのよ、ワシも結構オタクなの! 沖田、吉良吉影のネクタイいる? ワシ、5本持ってるからやるぞ! 小岩井、一緒にジョジョ立ちしよう! おお、いいぞ! 井上! 写真撮って!!」


 怖い上司も話してみると意外に良い人。

 これは、社会人あるある十選にも数えられる、有名なエピソードである。

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