第12話 小岩井日菜は本を買えない

 小岩井日菜の休日の過ごし方は究極のインドア派である。

 妹の莉乃が活発に家を飛び出していくのを見届けたら、彼女のターン。


 まず、月曜から金曜まで録り溜めておいたアニメ鑑賞をしながら、カップラーメンで朝食を取る。

 その作業が終わるのはだいたい昼過ぎ頃。


 それから積みゲーを崩すべく、彼女はゲームを起動させる。

 もちろん、同時進行でソシャゲのイベントも消化していく。

 社会人のオタ活は時間と効率が命。


 それが終わると、帰って来た莉乃と一緒に晩ごはん。

 だいたいピザを頼む事が多い。

 注文はコミュ強の妹に任せるのかと思いきや、日菜が自分で行う。


 そうする事でクォーターピザの4分の3を自分の好きなものにカスタマイズできるからだ。

 なお、インターネットという便利なツールを頼る事で、一切人とコミュニケーションを取らずに手配を終えることが可能。


 照り焼きチキンを選ぶ際など、日菜のスマホ捌きは音を置き去りにすると言う。


 お腹が膨れたところで長めの入浴を済ませ、ツイッターでアニメの感想を呟く。

 これを2セット繰り返すと、不思議な事に月曜日が迎えに来る。


 そんな日菜だが、今日は外出していた。

 災害が発生しても頑なに「避難したくないでござる」と叫ぶ彼女が、どうして休日と言うただでさえ人の多い日に外へ出たのか。


「……大丈夫。シミュレーションは完璧だもん。入口から左回りに移動。コミックを3冊取って、流れるように反対側へ。ラノベの新刊を4冊ゲットしたら、さらに右折。フィギュアのチェックをしてお会計。ポイントカードを忘れない。……完璧!」


 小岩井日菜はアニメイトに来ていた。

 お目当ては既に彼女が言ったように、漫画とラノベの新刊である。


 ネットで注文しないのかとは、日菜の勇気に対する冒とくである。


 本は書店で買う。

 これが彼女のジャスティス。


 その際に、フィギュアを愛でて、一番くじに挑戦したりしなければならない。

 この行動から得られる快楽はネットでは体験できないと彼女は興奮気味に語る。


「……よし! 行くもん! ……あ。カップルさんが入って行った。……じゃあ、10分ほど間を空けてから! あっ。今度は陽キャ寄りのお兄さんたちが。……ふみゅ。もう20分待とうかな」



 なお、日菜さんが店の自販機の影で様子を伺い始めてもう2時間が経つ。



 6月の晴れた土曜日。

 日差しは強い。湿度は高い。


 インドア派の日菜には完全アウェーな状態である。

 ステージ選択をミスしている事には何故だか彼女は気付かない。


 そんな事をやっているから、予想外の出会いをしてしまったりするのである。



「あれ!? やっぱり! 小岩井さん! 奇遇ですね! 小岩井さんも買い物ですか?」

「ふぎゅっ!? お、おお、おうふ、沖田くん!?」



 休日に職場の人間と出先でばったり会うと、だいたい気まずい空気になるのは何故だろう。

 日菜は「今すぐ雨が降らないかな?」と雲一つない空を見上げて考えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「本当に奇遇ですね! 俺、今日は漫画とラノベを買いに来たんですよ! 店舗特典目当てで! ついでにフィギュアも見て、一番くじやってたらそっちにも手を伸ばそうかなって!!」

「そ、そうなんですか」



 小岩井日菜。今日の行動シミュレーションが年上の後輩と丸被りする。



「小岩井さんは何をしに来られたんですか?」

「うみゅ……。さ、参考書を買いに……?」


 アニメイトで買う参考書とはこれ如何に。


「おっ! あった! 俺、この作者さんの作品ずっと追ってて! 新連載の一巻が出るのすごく待ち遠しかったんですよ!」

「はぁぅ……!!」


 それは日菜が買いに来た漫画の一冊に他ならなかった。


「こっちもあった! これは王道ですね! 大人気バトル漫画! でも、王道だからこそ熱いんですよね! 斜に構えて流行りものを避けるのは愚考ですよ!!」

「ふぎゅっ……」


 それも日菜がご所望の品である。


「あとはラノベ! やっぱラノベは店舗特典ありじゃないと! 俺、好きな作家さんの新刊は主要の店全部回るんですよー!!」

「うみゅ……」


 もはや言うに及ばず。


 壮馬が手に取ったものは7点。

 そのうち日菜が欲しかったものが7点。


 お見事。沖田壮馬、7枚抜きである。


 元々が同じ文芸部で活動していた先輩後輩の2人。

 趣味が合うから話も弾み、1年しか共に過ごしていないにも関わらず親密になれた訳であり、それが数年やそこらで変わるはずもない。


「小岩井さん、良かったら半分ほどお宅に置いてもらえませんか? 多分、小岩井さんにも刺さると思うんですよ! それで、会社の昼休みに感想を語り合うのはどうですか!?」

「ほぐぁ……」



 それをやりたかったのは日菜である。



 実は、壮馬が入社して来てから会話のきっかけを探すのが日菜の日課になりつつあり、「いい加減天気の話も辛くなって来た……」と思い始めていた。

 そこで思い付いたのが、「沖田くん先輩ともう一度共通の趣味を持って話題を作ろう」作戦である。


「どうですか? もちろん、小岩井さんが嫌でしたら、無理にとは言いませんけど!」

「べ、べべべべ、別に嫌だとか言ってませんし。むしろ、どんと来いです!」


 日菜さんは会社から離れているので、普段のコミュ症が現在3倍になって発動しております。


 だが、日によっては10倍。

 ひどい時には25倍までいく事もあるので、むしろこれは奇跡的な低数値。


「良かった! これで小岩井さんともっと色々話せますよ! 嬉しいです!!」



(ふぎゃぁぁぁぁっ!! 笑顔が眩しい! 太陽より眩しい! 太陽が2つ! ダブル太陽!! でも嬉しい! 先輩が先輩と仲良くなりたいって思ってるのすっごく嬉しい! 先輩が先輩だけど後輩で良かった! この気持ちを伝えたいのに全然言語化できないー!!)



 心の中の世界に行ってしまった日菜。

 そんな彼女を現実へ呼び戻すには、王子様のナニが必要だろうか。


「小岩井さんの私服、可愛いですね! いつもはスーツだから新鮮です! あ、そうだ! 会社じゃないんだから、名前で呼ぶんでした! 日菜さん!!」

「あばばばっ!? その、やめっ、あんまり見ないでください……うみゅ……」


 壮馬とは店の前で別れて、最短ルートで家に帰った日菜。


「お姉ちゃん? いつもより早かったね?」

「ふにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 莉乃に「ただいま」も言わずに日菜は自室のベッドにダイブ。

 枕に顔を埋めてジタバタと悶え苦しんだ。


 夕食のピザは莉乃が注文して、照り焼きチキンを食べ損なった日菜であった。

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