第6話 小岩井日菜はお酒に負ける
乾杯をして、全員が飲み物に口をつける。
壮馬と井上、真奈美はビールを。
日菜は
先に明言しておくべき事がある。
日菜は基本的に酒を飲まない。
と言うか、最後に飲んだのは大学の卒業式である。
その際飲んだのはほろよいであり、アルコール度数は3パーセント。
そしてたった2缶しか飲んでいないのに、日菜は泥酔した。
相手はほろよいなのに。
さて、獺祭はフルーティーで非常に飲みやすいと定評のある日本酒である。
アルコール度数は16パーセント。
おわかりいただけただろうか。
既に死亡フラグは立っているのである。
あとは、どのタイミングでイベントが発生するかのカウントダウン。
果たして、小岩井日菜は無事に飲み会を乗り切ることができるのか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「わらひ、結構お酒強いみたいれふ! もう一杯、同じのくらしゃい!!」
開幕即落ちであった。
「小岩井さん? なんだか顔が真っ赤だけど、本当にそのお酒、飲み慣れてる?」
「藤堂しゃん、なに言うてますのん? そんなん、初めてにキマってましゅ!」
「ちょっと、井上先輩! 小岩井さんが既にまずいんだけど!?」
「お姉さんたち、大学生? 大人っぽいって言われない? 僕? 僕も大学生! 嘘じゃないよ! 大学9年生!! このあと暇? 飲みなおそうよ!!」
「……井上の大馬鹿野郎。沖田くん! あなたは無事ね!?」
「あ、はい! すみません! 焼き鳥を全部食べてしまったのはまずかったでしょうか!?」
藤堂真奈美もさほど酒に強い訳ではないが、彼女は正しいアルコールとの付き合い方を心得ている大人の女性。
また、沖田壮馬は飲み会に参加すること自体が珍しいのでアルコールとの付き合い方は知らないが、日本酒一升飲んでも平均台の上で片足立ちできるくらいにお酒と相性が良かった。
「沖田くん! 飲んでないじゃないれふか! 先輩のお酒を飲みなさい! ふにゅ」
「あーあー!! 小岩井さんってば! こぼれてるわよ!!」
「なるほど! これが社会人の飲み会! 机を舐めて酒を飲めと言う事ですね!?」
「違うわよ!? いまどき、反社の皆さんだってそんな非道な洗礼浴びせないから! 沖田くん、何か拭くもの貸してくれる!?」
「このネクタイで良ければ! 父と母が入社祝いに買ってくれました!!」
「そのエピソード聞いて、はいありがとうって言う冷徹な女に私が見えるの!? すみませーん! 店員さーん!! 布巾貸してくださいー!!」
この時、真奈美は言葉にできない不安を感じていた。
「何となく、沖田くんと小岩井さんに関わると面倒に巻き込まれそうな気がする!」と。
その予感が現実のものになるのは、もう少しだけ未来の話。
彼らの存在は、真奈美の価値観を大きく変える事になる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
壮馬は酒を飲み、料理を食べて、飲み会を堪能していた。
その隣では糸の切れた操り人形のようにほにゃっとしている日菜。
だが、たまに起き上がって「沖田くん! しっかり飲みなひゃい!」と謎の先輩風を吹かせる。
壮馬はそれに応じて「分かりました! いただきます!!」と更に酒を飲む。
「……まさか、会社で優等生の2人がこんな事になるなんて」
真奈美はカシスソーダを飲みながら、2人並んで仲睦まじい後輩たちを眺めてため息をひとつ。
視線を少しずらすだけで、ため息がもうひとつ増える。
「君たち、高校生の頃にさ! 参考書使ってたでしょ? それってどこの出版社だった? 山の森出版!? 偶然! それね、僕が務めてるところ!! じゃあさ、連絡先交換しようよ! お兄さんが参考書送ってあげる! 大人のヤツ! ふふふっ!!」
井上隼人のコミュ力は高い。
だが、高いコミュ力が必ずしも正しい行いに使われるのかと言えば、答えは諸君に委ねる事とする。
「沖田くん。そろそろ酔ってきたりしないの?」
「はい! もう先輩方が俺のために宴席を用意してくれたことが嬉しくて! これが人の優しさに酔うってヤツなんですね!!」
「ごめん! 違うの! 今ね、私、そろそろお開きにしないかって提案したのよ! だから、そんな純粋な返答しないで!! 分かったわ、もっと飲んでいいから!!」
「ありがとうございます! 藤堂先輩!!」
壮馬は追加でワインを注文した。
彼は何でも美味しく飲めるし、美味しく食べられる魅惑の胃袋を持っている。
「壮馬くん、やってるねー!」
「井上先輩! とても楽しいです!!」
「そうかー! 僕もこのあと、とても楽しいイベントができてね! 真奈美さん、ここのお家計任せて良いかえっぱぁっ!? ちょ、なんで引っ叩かれたの!?」
「すみません。なんか、もう、一発だけなら許されるかなって思ったので」
こうして沖田壮馬の歓迎会は幕を閉じる。
飲み会としてのリザルト画面はミッション失敗と表示されているが、壮馬はとても楽しんでいたので万事問題はないかと思われた。
むしろ、問題はこの後にある。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「藤堂先輩! 小岩井さんが俺の腕を掴んで動いてくれません! どうすれば!?」
「分かったわ。私がタクシー手配するから、あなたは小岩井さんを送ってあげて。沖田くんなら間違っても送り狼にはならないでしょうし」
そう言うと、真奈美は店員を呼び会計を済ませる。
井上は気が付くと店には居なかったと言う。
支店長から受け取った封筒の中に一万円札が数枚入っており、その封筒に「ハートを盗んできます」と達筆な文字でしたためてあった。
真奈美は酔いがさめるほどイラっとしたらしい。
そして、タクシーがやって来た。
「小岩井さん? 自分で住所言えるかしら?」
「馬鹿にしないでくらさいよー! 葛飾区亀有公園前れふ!」
「うん、分かったわ。ダメそう! 沖田くん、これが小岩井さんの住所だから! どうにか無事に送り届けてちょうだい! 私も行ってあげたいけど、明日朝一番でアポがあるの! ごめんね、よろしく!!」
「お任せください! 小岩井さんは俺が命に代えてもお送りします!! 運転手さん、お願いします!!」
「出発ー! しんこー!! いいれふか、沖田くん! わたひの家で飲みなおしましゅよ!!」
「了解しました! この沖田壮馬、お付き合いします!!」
「はい。出発しますよー。気持ち悪くなったら言ってくださいねー」
真奈美は、そこはかとない不安を感じた。
だが、彼女にできるのは、タクシーのテールランプが見えなくなるまでその場で2人を見送ることだけだった。
「もうこのメンツで飲み会はしたくないわね」と彼女は思った。
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