第二章

タッチの差 1

「……やっと終わったぁ!」


あれから一週間。急に仕事が激務となり、お店に行けない日々が続いていた。


でもそれも今日で終わり。


私はパソコン作業で凝り固まった肩を回し、背伸びをした。


「ん~~!疲れたっ……!!」


「藤堂さんお疲れ様」


伸びをした後ろから声を掛けられ、振り向く。


そこには、姿勢をピッと正して主任が立っていた。


みんな忙しくてヨレヨレになっているのに、主任は髪一つ乱れる事なく、ピシッと黒のパンツスーツを着こなしている。いつ見てもカッコ良くて憧れの主任。


「主任、お疲れ様です」


「一段落したし、もう今日は帰っても良いわよ。はい、コレ」


主任が缶のミルクティーを私に手渡してくれた。


「わっ、ありがとうございます!すごく喉が渇いていたんです!」


ずっとパソコンとにらめっこで水分もろくに摂っていなかったから、とてもありがたい。


私は「いただきます」と言って、そのミルクティーを一気に飲み干した。


「はぁ~、生き返る~~!!」


ぷはぁっ!とビールを一気飲みしたおじさんの様に息を吐いた。


「ふふ、いい飲みっぷりね。今日は早めに帰って、ゆっくり休んで頂戴ね。じゃ、みんなお疲れ様」


「あ、はい!お疲れ様でした!」


みんなも「お疲れ様でした」と挨拶をする。主任はヒラヒラと手を振って課から出て行ってしまった。


多分、なんとかなった事を部長に報告しに行ってくれたんだと思う。


(出来る女って感じで、かっこいいなぁ)


まだ辞表も出していないのに、もう少しでお別れか……なんて考えながらしばらくポーっとしていると、「藤堂さんは帰らないの?」と言う声にハッと我に返る。


「え……?あ、か、帰ります!!」


そうだ!やっと早く帰れるんだ!こうしちゃいられない!!


時刻を確認すると、まだ18時を少し回った所。お店は21時までだからまだまだ余裕。


(よしっ!今日は行けるっ!)


バババッ!と後片付けをし、帰り支度もそこそこに「お疲れ様でした!」と叫んで会社を飛び出す。途中で何人かに「藤堂さん、飲みに行かない?」と誘われたけど、全部断った。


はやる気持ちを抑えきれず、走る。


お店に着いた頃には、ゼィゼィと息が切れていた。


入り口の前に立ち、息を整える。なんだかちょっと緊張して来た。扉を開ける前に、ステンドグラスの隙間からチラッと中を覗いてみる。


隙間から見えたのは、微笑みながら紅茶をカップに注いでいる三毛さんの姿。


一週間振りに見た三毛さんは、一週間前よりもカッコよく見える。


(大分と重症だな、私……)


ヤバい、ドキドキして来た。


気持ちを落ち着かせる為に何度か深呼吸をして、「よしっ!」と気合を入れて扉を開けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る