第353話 【ミアリスエンド・後編】6年後の現世とコルティオール

 時間が流れるのは早いもので、創造の女神ミアリス様がただのミアリスになり、最強の農家だった春日黒助がただの農家になってから6年が過ぎていた。

 当然のように、何の足枷もなくなった2人は夫婦になっている。


「すみません、ミアリスさん! 朝ごはんをお任せしてしまって!」

「平気よ! 柚葉こそ、朝から農協と銀行の用事任せてごめんね!」


「むー。ミアリスさん? 私、春日大農場に就職してからもう4年ですよ? お手伝いじゃなくて、従業員なんですから! それに私、今はミアリスさんの義妹ですからね? お気遣いは無用です!」

「あはは、ごめん。だって、柚葉や未美香とは友達だったからさ。なんか、いつまで経っても慣れないのよねー」


 現在、ミアリスは春日家に嫁いでいる。

 女神の力を失っても転移装置は効力を維持しているので、コルティオールとの行き来は問題ない。


 というか、女神の泉を破壊して女神の効果がすべて消えると、ベザルオール様は妻を失い、リュックたんに至ってはやっとBカップになったおっぱいがマイナスBカップになる。



 そんな悲劇的な最後はあんまりである。



 黒助はツナギに着替えてから軽トラへ向かう。

 その前に、妻と挨拶。


「ミアリス。俺はこれから未美香を空港まで送って来る。先に農協に行ってくれるか」

「うあー。ごめんね、ミアリスお姉! 月に一度の即売会の日に!」


「ううん! 未美香、頑張ってね! あと、お姉って言われる度になんか3人目妊娠しそうになるわね。あんた、本当にしゅごいわ……!!」

「そう? 何回でも呼ぶけど? ミアリスお姉! 優勝して来るかんねー!!」


 柚氏は会計系の資格を大学時代にフルコンプして、春日大農場の経理部を設立。

 これまで手書きで泣きながら帳簿を付けていたミアリスが解放された。


 未美香たんはテニスプレイヤーの道へ。

 23歳の伸び盛り。既に世界大会で2度優勝している。

 目指せウィンブルドン。


 なお、この世界線でもミミっちパパラッチは存在するが、鬼窪玉堂率いる「みみお嬢親衛隊」がどの大会へも30人ほど同行するので、多分外国の要人よりも厳重な警備体制が取られている。


「ふぁぁー。おはようございまーす。ミアリスさん、朝ごはんって何ですか!?」

「今日はみんな朝が早いから、食べながら動けるようにサンドイッチよ。っていうか、鉄人。あんたまた3時まで起きてたでしょ? 何してるのよ」


「いやー。今ね、外国の市場が熱いんですよ! 稼ぎ時なんです!!」

「よく分かんないけど、まあ家にお金入れてくれてるし。はい、ご飯よ」


 春日鉄人は投資家になっていた。

 セルフィちゃんとは結婚しているが、現在里帰り出産のためにコルティオールへ帰省中。


 お前、なんで農協職員になってないんだ。

 結局お金稼ぐニートじゃないか。


「ね、今日ってさ、黒太郎の面倒って頼めたりする? わたし、農協に行って即売会の準備しなくちゃなのよ」

「もちろんオッケーっすよ! 黒太郎くん、おじさんと一緒に触手が出てくるゲームしようね!!」


 黒太郎は黒助とミアリスの間に生まれた第一子。

 この間4歳になったばかりであり、通い始めた幼稚園で既に幼女を5人ほど恋に落としている。


 父親の遺伝子が強すぎる件。



「あんた……。何年そのネタ引っ張るのよ。魔力なくなったけど、フライパンで叩くわよ?」

「あらー! 兄嫁がこわーい!!」



 春日家は今日もみんな揃って仲良く暮らしている。

 なお、未だに柚氏と未美香たんは黒助とお風呂に入っていると付言しておこう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 時岡農協では月に一度、駐車場を使って野菜の即売会が行われる。

 参加は自由だが、3度続けて欠席すると大半の職員に話しかけても無視されるようになるのは仕様である。


「ごめんね! 柚葉! 遅くなっちゃった!!」

「いえいえ! 助っ人も来てくれていますから!」


 全知全能、そして全知全農を統べる偉大なる大魔王ベザルオール様。

 春日家の名誉おじいちゃんであらせられるこのお方は、家族イベントには絶対参加なされるのだ。


「くっくっく。スッポンポンを大量に持って来た。あと、コルティさんと今朝ガチ喧嘩した。柚ちゃん、ミアリス。助けて」

「今度は何やったのよ、バカじいさん」


「くっくっく。ちょっとコルティさん3日無視して、ウリネたんと温泉旅行に行ったくらいしかしてないのに、謎過ぎワロタ」

「心当たりなさいよ! それでしょ!!」


 設営を終えた春日大農場。

 現れたのは頭髪が寂しくなり過ぎたのでついにスキンヘッドにしたら、嫁と娘から「生理的に無理」と大バッシングされている岡本支店長。


「ようこそおいでくださりました。大いなる創造の民であらせられる春日家の皆様。そして偉大なるベザルオール様。この岡本、お目にかかれて幸せの極み……」


 ちなみに岡本さんはリュックたんにより調教済みです。

 つまり、ニートが農協でスパイしなくてもこの世界線の農協はコルティオールの植民地。


 しばらくすると、即売会が始まった。

 相変わらずコルティオールで採れる野菜は売れ行きバツグン。

 昼前には最初に用意した商品はすべて売り切れる。


「くっくっく。余は商品を補充してこよう。ちょっと飛んでくる」

「私は来年度の共済について、少し岡本さんとお話してきますね! ふふふっ」


 店番を任されたミアリス。

 そこに、この世界では珍しいヤンチャな野郎どもが現れた。


「おいおい、見ろよ! コスプレしてる美人がいるぜ!!」

「マジじゃん! ただで豚汁食えるって聞いてきたけど、こっち食っちゃう!?」


 チンピラさん、6人でご来店。

 ミアリスは未だに羽が生えている。

 1度イルノに頼んで引っこ抜こうとしたら、激痛で2か月ほど寝込んだ経験があるため、もう羽と一緒に生涯を過ごすことにしたのだ。


 時岡市では、ミアリスをはじめイルノ、セルフィ、ウリネ、ヴィネ、リュック、ゴンゴルゲルゲ辺りが普通にやって来るため、8割くらいの市民が「ああ。春日さんとこの人だ」で済ますレベルに異世界人への理解がある。

 が、たまにこのような命知らずな者が絡んできたりするのもまた現世ならでは。


「えーと。これはコスプレじゃないのでー。あと、わたし旦那も子供もいますから」


 結婚して落ち着いたミアリス。

 態度が柔らかくなりお姉さん感が増したのは良いが、害虫につけ上がられる。


「クソみてぇな旦那よりよぉ! オレと良いことしようぜぇ!」

「とりあえず写真撮ってTwitterに上げとこ!」


 背後に忍び寄る、マントを翻す巨大な影。


「くっくっく。卿ら。問うが、ミアリスの知り合いか?」

「なんだこのじじい! 角生えてんだが!! おもしろ市場だな、ここ!!」


「くっくっく。……かぁぁぁっ!!」


 ベザルオール様が手の平を向けられると、チンピラくんが1人、空高く舞い上がって行った。

 コルティオールの民は以前、水難事故と火災現場と台風災害で救助活動を4度行っており、その功績によって所轄の警察から「1日1回までなら魔法使っていいですよ」と謎の免罪符をゲットしている。


「おめぇ! なにしてんだ、ごらぁ!!」

「……あの。お聞きしますけど。うちの家族に何か?」


「おっとぉ! 今度は清楚な美人きたー!! おっぱいでけぇ、お姉さべぇぇぇすっ」

「あっ。聖力使っちゃいました。あと4人もいるのに」


 柚氏は最終決戦で手に入れた聖力を未だに保持しております。


「てめぇら! もうどうでもいいや! ボコれ!!」

「おう! じじいから行こうぜ!」

「そうだな! 老いぼれから始末すんのがマナーだ!!」


「くっくっく。この子ら、どんな教育受けて来たんや。……残念だが、余の出番はなさそうである。卿ら、ご愁傷様」


 黒いツナギの男が軽トラから降りて来る。

 迷いなくチンピラたちのところへ歩み寄ったのち、いつもの調子で尋ねる。


「おい。聞くが。お前らはなんだ? うちの家族の知り合いか?」

「今からじじいボコすんだよ! そのあと、女拉致ってパーティーよ!!」


「そうか。柚葉。すまんが、岡本さんにやっちまう旨を伝えてくれるか。あと、鉄人に情報面での後始末も依頼してくれ」

「はーい!」


 黒助は軍手をはめる。

 3つで198円の農協ブランドである。


 続けて、拳を握ると躊躇なくそれを振り抜いた。



「おらぁあぁぁぁ!!」

「くっくっく。何の迷いもなくガチ殴りとか、さすがやでクロちゃん」



「た、タカシぃぃぃ!? おま、お前!? なにいきなり殴ってんだよ!?」

「ほう。マナーを指摘して来るか。よし。では、次にお前の腹部を殴る。いいな?」


「はぁ? 予告されて殴らせるバカがいるべんすぅ」

「おらぁぁぁぁ!! 今のは正拳突きだ」


 春日黒助。

 彼は最強の肉体を失った。


 が、思い出して頂きたい。

 この世界で最も強い職業はなんなのか。


「なんなんだよ、てめぇ!!」

「俺は春日黒助。農家だ。守るべき家族も増えたのでな。専守防衛はヤメて、悪・即・斬を旨に生きている。ミアリス、聞くが。お腹の子とお前に障りはないか?」


「あははっ。平気よ! いつもありがと!」

「くっくっく。余はラブコメをも統べる偉大なる大魔王。空気を読んで、こやつらを追い回そう」


 ベザルオール様がチンピラたちを空飛びながら追いかけて行かれました。

 1日1回の禁をすぐに破るのがコルティオールスタイル。


 静かになったので、黒助はミアリスに尋ねる。


「おい。ミアリス。現世では住みにくい事も多いだろう」

「もう慣れたわよ。家族はみんな頼りになるし」


 黒助は「そうか」と答えたのち、もう1つだけ確認した。



「ミアリス。聞くが。今、お前は幸せか?」

「黒助? 聞くけどさ。今のわたし、不幸に見える?」



 お互いに質問をして、お互いに返事をせず、ただ笑い合う2人。

 明確な答えがそこにはあった。


 農業に関わる世界線。

 それは全ての未来が明るく照らされるようであった。

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