第305話 まずいぞ! 2月になった!! 節分だ、コルティオール!!

 ついに1月のカレンダーが役割を終えてはぎ取られる。

 今日から2月。


 地獄からの使者の足音がすぐそこまで迫りつつあった。

 そんな状況なので、コルティオールでは。


「おはよう。お前たち。今日は仕事を午前中で切り上げて、豆まきをする。厳密には3日にするべき行事なのだが、今日が金曜なので致し方ない。まあ、鬼も福も2日くらいは誤差だと許してくれるだろう。準備は既に担当する者が決まっているため、お前たちは通常の業務に励んでくれ。水分補給は怠るな。午前だけだからと言って、作業のペースも上げるな。お前たちが農場で一番の財産だと肝に銘じろ。以上。では、解散」


 節分をします。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 母屋ではお料理班が既に仕事を始めていた。

 なにせ従業員が多い。

 食事を用意するだけでも大仕事。


「柚葉様! 味見をお願いしても問題ないでしょうか!?」

「ゲルゲさんったら! もうお料理は完璧なのに! 私が口出しする事なんてないですよ!」


「いえ! 柚葉様のキャリアに比べれば、ワシなどコカトリスの雛のようなもの!! 是非、ご教授くださいませ!!」

「ふふっ。分かりました!」


 ちなみに、コカトリスの雛は生後1週間で体長は1メートルになります。


 今回は品数を絞って量を作る作戦のお料理班。

 献立はカットした恵方巻、炒り豆の炊き込みご飯、イワシのつみれ汁。

 しっかりと節分料理の肝をおさえた柚氏が考案したメニュー。


 ご飯ものが2種類ある辺りに、農家の娘の鋭い采配が光る。


「うん! すごく美味しいです! お汁はこれで問題ないので他の皆さんにお任せして、私たちは巻き寿司を作りましょう!」

「承知でございまする!!」


 そこに忍び寄る、ニートの影。


「柚葉ちゃん! 炊き込みご飯の一発目ができたよ! 味見、味見して!!」

「嫌です。自分ですればいいじゃないですか。鉄人さん、料理できますし」


「いいじゃないの! 可愛い義妹に味見して欲しいの!! お願い!!」

「ウザいですね。分かりました。はむっ。……むちゃくちゃ美味しいのがそこはかとなく腹立たしいです。このニート。定食屋でも開業してください。離島とかで」


「あらー! 柚葉ちゃんのお墨付きもらっちゃった! オーガさんたちと量産体制に入りまーす!!」

「ぐぬぬっ。なんであの人は何でもできちゃうんですか。まったく。新刊の絵がすごく良いので見逃してあげますけど。あと、私が攻めとか言うニートにあるまじき天才的発想をした功績は無視できません。ぐぬぬぬぬっ」


 柚氏は今日も元気です。


「お姉ー! お豆みんなで小分けにしたよー!!」

「お疲れ様です! 未美香! さすがに年の数は食べさせてあげられませんからね! オーガさんは高齢の方だと200歳超えてますし。大変だったでしょう?」


「平気! ゴブリンさんたちが手伝ってくれたの!!」

「そうでしたね! 未美香のお友達はたくさんいるんでした! はっ! と言う事は、ゴブリンさんたちのお料理も用意しなくちゃです! ゲルゲさん!」


「委細承知いたしました!! リザードマンたちを増員しましょうぞ!」

「急ぎましょう! あと4時間です!!」


 お料理班はこの後ピッチを上げて、無事に全てのメニューを作り切ったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 午前の業務が終わり、再び集合する従業員たち。

 黒助が拡声器を手に台の上に立つ。


「お前たち。ご苦労だった。疲れている者は無理をせず、家に帰って構わんぞ。イベントと言っても強制はしない。後で料理と豆を届けさせるからな。……では、これから先に豆まきをする。色々と作法もあるのだが、現世は現世、うちはうちだ。シンプルに行こう。とりあえず、鬼に豆をぶつけろ。そののち、福を招くために母屋や倉庫に優しく豆をまく。これだけだ。なんか良い事が起きるかもしれん。では、鬼役を呼ぶぞ。お前たち、来てくれ」


 鬼の面を被った男たちが登壇する。


 左から、ギリー。ブロッサム。メゾルバ。ゴンツ。

 なお、女性陣が足りないのは魔王城の豆まきのサポートに出かけているからである。


 魔王城ではウリネたんやリュックたんが鬼役をするとの事。

 ミアリス様が引率役。料理指南はヴィネ姐さん。


「黒助さーん。豆をお持ちしたですぅー」

「ああ。すまんな、イルノ。助かる」


「いえいえですぅー。イルノは怪我人に備えて救護テントに戻っているですぅー」

「ああ。そっちは任せたぞ」


 豆まきで怪我人が出るのだろうか。


「では、僭越ながら俺がデモンストレーションを担当する。さて、誰にするか」


 鬼役に戦慄が走る。

 確信したのだ。「怪我人が出るの、ここやんけ!」と。


「ぎ、ギリー! お主、鬼人将軍なのだから名乗り出るでござるよ!」

「冗談じゃねぇよ! 好きで鬼人族に生まれたんじゃねぇつーの!! ブロッサムの旦那の方が角たくさん生えてんじゃねぇか!!」


「これはトゲでござる!! 角はお主に一本、雄々しく生えてるでござろうが!!」

「私が行きましょうか? ダイヤモンドで体が構成されているので」


「くははっ。まったく愚かなり。運命と言うものを受け入れられぬとは。所詮は五将軍。邪神とはデキが違う。鉱石は殊勝な心掛け。存分に励むが良い」


 黒助は「うむ」と頷いた。



「メゾルバ。ちょっと来い」

「くははっ。聞いたか、貴様ら。これが運命よ」



 潔い自殺志願にギリーとブロッサムは敬意を表した。

 メゾルバが黒助の前に立つ。


「いいか。お前たち。繰り返すが、鬼役に豆を投げつける。それだけだ。この1年で悔いに思っている事や、嫌な記憶を豆に込めて投げつけろ。例えば俺の場合、先日の農業組合の会合でうちの妹たちに対して汚いおっさんが、いやぁべっぴんさんに育ちましたねぇ、ぐふふ。などと抜かしたので、岡本さんが止めて下さらなかったら殺していただろう。その時の鬱憤をまず脳裏に蘇らせる。……。よし。そして、豆を握り。投げる!! うらぁぁぁぁ!!」



「ぺぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ」


 大豆が体に当たっただけで数キロ先まで吹き飛ばされるメカニズムはまだ解明されておりません。



「よし。こんな感じだ。では、ギリー。ブロッサム。ゴンツ。みんなの前で良い感じに逃げまどえ」


「がってん! 黒助の旦那以外の豆ならいくらでも受けるぜ!」

「吾輩もでござるよ!! 張り切っちゃうでござる!!」

「私には遠慮なくどうぞ!」


 それから、豆まきが盛大に行われた。

 スッキリした表情の従業員と命を拾って安堵する鬼人と魔獣の将軍コンビ。

 不動心のダイヤモンドマンは流石の一言。


 これにて儀式は完遂された。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「こちらにお料理が用意できてますよー!! 順番に並んでくださーい!! おかわりもあるので、焦らないでくださいねー!!」


 柚氏の言いつけはミアリス様の号令に匹敵するとも、凌駕するとも言われている。


 コルティオールの次期女神候補アンケートではミアリス様を抑えて柚氏が堂々の1位。

 2位はイルノさん。3位はリュックたん。

 ミアリス様は4位だったが、「寿退職するから別に平気だし!!」とちょっと涙目でコメントを残していた。


 多分、一時期のご乱心が影響しているかと思われる。


 ときに、節分の料理は控えめに言っても花がないと評価されがち。

 特にキッズには不人気なのだとか。


 それを恵方巻の登場で盛り返し、最近ではイワシをハンバーグにしたり、豆をスイーツにしたりとお母さんの努力と工夫によってバリエーションも豊かになってきた。

 「伝統的な料理を守らんかい」と言う意見も分かるが、その伝統にも始まりはあった訳であり、ならばこの創作節分料理が何百年後かにはスタンダードになっているのかもしれない。


 従業員に料理が生き渡ったところで、運営スタッフたちも食事を楽しむ。

 笑顔の多い、良い節分となった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔王城では。


「ふっざけんな! なんで私がトラ柄のビキニ着るんだよ! リメイクアニメ始まるからって調子乗んなよ!! あたるもラムちゃんも声に違和感なくてビビったわ!!」

「あーあ。黒助と豆の投げ合いっこしたかったわ。もうベザルオールが鬼やんなさいよ。はい。決定。じゃあ、皆。思い切り豆をぶん投げなさい。小石くらいなら混ぜてもいいわよ」


 くじ引きと言う厳選な抽選に漏れた乙女たちがやさぐれていた。


「くっくっく。色々準備していたのに。そんなのってないじゃんよ。あっ。いたっ! ちょ、待てよ! 余の部下たちがガチで豆を投げてきておる。くっくっく。普通に痛くて草」


 なんだか荒んだ節分が行われていた。


 今日のコルティオールは、まだギリギリ平和であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る