家の倉庫が転移装置になったので、女神と四大精霊に農業を仕込んで異世界に大農場を作ろうと思う ~史上最強の農家はメンタルも最強。魔王なんか知らん~
第300話 プロジェクト・イルノさん ~トマトジュースに挑んだ女~
第300話 プロジェクト・イルノさん ~トマトジュースに挑んだ女~
トマト農家の朝は早い。
日が昇る前から彼女は作業服に着替えて畑へと向かう。
——いつもこんなに早く仕事を始められるのですか?
「はいですぅー。トマトちゃんはデリケートなので、土の状況は逐一チェックが必要なんですぅー。んー。今日は少し多めにお水をあげるですぅー」
水の精霊イルノ。
彼女がトマトの魅力に憑りつかれるのに時間はそれほど必要としなかった。
「気付いたらトマトちゃんに夢中だったですぅー」と彼女は笑う。
イルノは右手を天にかざすと、聞き慣れない単語を控え目に叫んだ。
「いくですぅー! 『スプラッシュ・ベジタブルレイン』!!」
彼女がそう叫ぶと、信じられない事に局地的な降雨が発生する。
スタッフは目を疑った。
——今のは一体なんですか?
「はいですぅー。今のは魔法ですぅー。イルノは水の精霊なので、生み出す水の成分を自在に変換できるんですぅー。肥料と栄養分を予め構成したお水をシャワーのように降らせたんですぅー」
彼女は事もなげにそう言った。
コルティオールと言う大地は特殊であり、豊かな土壌と好天に恵まれ、農業に適しているのだと聞くが、水の精霊は油断をしない。
「どんな環境だって病気になっちゃぅ子はいるですぅー。そんな子を出さないように、すくすくとストレスなく育ってくれるように頑張るのがイルノのお仕事ですぅー」と、整った顔を笑顔で崩す水の精霊。
彼女は朝の日課を終えると、他の従業員よりも早く朝食を済ませる。
給仕をしている男にも話を聞いた。
——イルノさんは普段からお一人でご飯を?
「そうでありまするな。時には他の従業員も早くから作業をする事もございますが、イルノはほぼ毎日ですゆえ。ワシも精の付く料理をと常に心掛けておりまする!」
屈強な男が似合わないエプロンをまとい、ちょっと脂ぎった汗を流す。
これも水の精霊が頑張るからだと彼は言う。
取材陣が屈強なだけで特に形容すべき点のない男に時間を使っていると、いつの間にか彼女の姿は母屋から消えていた。
ディレクターは唇を噛みしめる。すぐに血が滲んだ。
彼女はとある施設にいた。
そこは工場とも工房とも言える建物で、奇妙でおどろおどろしい生物がせっせと仕事をしている。
取材陣は意を決して話を聞いた。
——イルノさんは普段、こちらでお仕事をされているのですか?
「オォォォォォオ。イルノ様は働き者。そこかしこで仕事する。オォォォォォオ」
見れば見るほど意味の分からない生物。
だが、インタビューに応じながらも作業の手は止めず、その淀みない所作にはプロ意識を感じざるを得なかった。
イルノは一心不乱に作業をしていた。
スタッフが声をかけるのを躊躇うほどである。
そこに現れたのは巨大なおっぱい。
おおよそ食品加工に似つかわしくないそのおっぱいに、取材陣は興奮気味に声をかけた。
——はぁ、はぁ。イルノさんは先ほどから何をしているのですか?
「ああ、あれかい? トマトジュースを作ってんのさ。うちの農場で作るトマトも品種が増えたからね。色々なもので様々な配合を試しながら、最適な逸品を作り出すんだって張り切ってるよ! あたいも協力は惜しまないつもりさ!」
——ぐ、ぐひひ。作業を初めて何日になりますか?
「そうだねぇ。1週間になるかね。畑の仕事も疎かにしない姿勢は本当に尊敬できるね!」
——ところで、あなたはどうしてそんな刺激的な服を? はぁはぁ。
「は? いや、別に普通だろ? と言うか、あんたたちに見せるために着てんじゃないからね? さっきから、すっごいカメラで撮ってるの、あたい知ってるからね? イルノが取材されてなかったら『エビルスピリットボール』でぶっ飛ばしてるよ?」
おっぱいお姉さんは不愉快そうな顔をして工場の奥へと戻って行った。
心が苛立つ。
それだけ、加工食品の生産は過酷な仕事なのだろう。
それからイルノの姿を舐め回すようにローアングルから見守ったスタッフたち。
彼女が「んー。ちょっと休憩するですぅー」と言って背伸びをしたのを機に、取材陣も昼食を取る事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
作業はクライマックスへと差し掛かる。
イルノの表情にも真剣さが宿り、スタッフたちも張り詰めた空気の邪魔をしないよう必死に気配を殺して汗ばんだ首筋を中心に撮影を進めた。
1時間後。
「できたですぅー!!」と、彼女は叫んだ。
これまでの鬼気迫る顔がひまわりのような笑顔に変わり、スタッフたちは興奮した。
——これでトマトジュースは完成ですか?
「試作品としては完成ですぅー。けど、これから試飲を皆さんにしてもらって、さらにブラッシュアップしていく必要があるですぅー」
——ここを推したいと言うポイントがあれば教えてください。
「たくさんあるですぅー。けど、強いて言えばですぅー。フルーツトマトを多めに使ったのと、キウイとスッポンポンを加えた事で爽やかさを加味したところですぅー」
清楚な彼女の口から突然「スッポンポン」と言う単語が飛び出し、取材陣はざわついた。
トマトと真剣に向き合うためには、裸になるのも厭わないと言う彼女の覚悟。
ならば早く裸になって欲しい。
スタッフたちは固唾をのんだ。
さらに1時間経つものの、イルノは一向に裸にならない。
それどころか、エプロンも外さない。
エプロンはそのままで良いから、作業服を脱いで下着エプロンになってくれないかとスタッフは辛抱強く待つ。
しびれを切らしたディレクターが彼女に聞いた。
——まだ裸にならないんですか?
「ちょっと何言ってるか分かんないですぅー。イルノが裸になる必然性を感じないですぅー」
——ですが、スッポンポンと口に出されましたよね?
「イルノはスッポンポンが好きなんですぅー。多い時には1日に3回くらい食べちゃうですぅー。とっても美味しいし、気分も良くなるのですぅー」
スタッフはトマトに携わる者の持つ狂気に触れ、心から震えあがった。
1日に3度も裸になり、気分が良くなる。
これがトマトジュースの秘訣であると言うのか。
——それでは、そろそろスッポンポンになりましょうか?
「イルノはスッポンポンを食べるのであって、スッポンポンにはならないですぅー」
驚愕の発言が次々に飛び出してくる。
彼女は農家であると同時に、イリュージョニストなのだろうか。
スッポンポンを食べる。
つまりは、そう言う事なのだろう。
——では、私がこれからスッポンポンになりますので、どうぞお召し上がりください。
「ちょっと何言ってるか分かんないですぅー。このおじさん、服を脱ぎだしたですぅー。生理的嫌悪感がやべーですぅー。黒助さぁーん」
スタッフが身を捧げようとしていると、ひどく縁起の悪そうな顔をした男がやって来た。
その男は人でも殺した事のあるような、冷たい目をしている。
密着を初めて1番の緊張感が取材陣の間を駆け巡った。
——あなたは?
「俺か。春日黒助と言う。この農場の事業主だ」
冷酷な瞳の男は、「自分がイルノの所有者である」と臆面もなく言い放った。
これには取材陣も黙ってはいられない。
密着取材により、イルノとスタッフの間には確かな絆が生まれていた。
——イルノさんに対する束縛を即刻ヤメてください!
「ふむ。何を言っているのだ。と言うか、イルノ。こいつらは何だ」
「黒助さんの呼んだ人たちじゃないですぅー?」
「知らんが。見たところ、魔族だな。おい。聞くが、お前らは誰の許可を得てうちの農場でカメラを回している。止めろ。従業員の肖像権を侵害するな」
ジャーナリズムの根底を揺るがす男の言葉。
これには取材陣の全員が義憤にかられた。
報道の自由を守らなければと。
——イルノさんの魅力を余すことなく撮影する事の何がいけないのですか?
「無許可だろうが。じいさんに確認しても知らんと言っている。よし。全員外に出ろ」
それから取材陣は、1人ずつ男に殴り飛ばされた。
気付けば全員が山の麓に突き刺さっており、そこでVTRは途絶えていた。
——これは、トマトジュース作りに挑んだ1人の女。
その女をただ撮りたかった、ガーゴイルたちの闘いの記録である。
製作。GHK(ガーゴイル放送協会)
◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、事情を聞いたベザルオール様とアルゴムによって、無許可撮影をしたガーゴイルたちは雷で処された。
ベザルオール様からのお言葉です。
「くっくっく。聡明なる卿らにおかれましてはまずないと思うが、どんなに魅力的な女性が目の前にいたとしても、無断でカメラを向けてはならない。一瞬の欲求で人生は簡単に終わる。この世から不埒な輩が絶滅する事を祈る。くっくっく」
今日もコルティオールは平和であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます