第298話 教えて! ヴィネ先生! ~保健体育を受講するリュックたん~

 その日の夜。

 リュックたんの憔悴は凄まじく、少量の水を飲んだだけでベッドから起き上がる事もなかった。


 ミアリス様はソワソワしっぱなし、オロオロし続けながら一夜を過ごし、眠れるはずもなかった。

 そんな女神様は朝日が昇る頃、少しウトウトしていた。

 早朝の静寂をつんざく良く響く声が彼女の意識を叩き起こす。


 ニワトリとか目覚まし時計とかそんなチャチなもんじゃ断じてなく、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったミアリス様である。


「ほ、ほ、ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! みあ、ミアリスさん!!」

「ひ、ひぃぃっ!? な、なに!? ごめん! ごめんなさい!!」


「ちょ、見てください! これぇ!!」

「え゛っ!? なんでパジャマ脱ぐの!? あ゛っ。わたし、もしかしてあんたの主砲で撃ち抜かれるの!?」


「なに言ってんすか!! 私のおっぱい! ほらぁ!!」



 そこには、元気にほんのりと膨らんだリュックたんの貧乳の姿が。



「あ、うん。だから言ったじゃない。元のサイズまでは1日くらいで戻るって。けど、早かったわね。たった一晩とか、さすがコルティさんの魔力ね」

「で!? ミアリスさん!? このままバンバン成長して、明日には可愛いブラ付けられるくらいのサイズになるんすか!?」


「え? ならないわよ? ホントにあんた、普段はむちゃくちゃ頭良いのに今回は聞いた情報の2割だけゲットして、残り全部捨てるんだから。そこからは普通の生物としての成長だから。そんな、1日や2日でおっきくならないわよ。ってぇ! また倒れるし!! リュックぅ!!」


 ついに上半身裸で床にダイブした回数が二桁に乗ったリュックたん。

 これは驚異的な数字である。

 胸囲とかけたわけではないが、あまりそこに触れると遠距離射撃されかねない。


「じゃあ……私はどうしたらいいんすか……」

「ご飯しっかり食べて、体冷やさないで、お風呂とかでマッサージして、夜はたっぷり寝るとか?」


「……ミアリスさんが女将みてぇなこと言い出した」

「いや、仕方ないじゃない!? おっぱいに限らず、体の成長ってだいたい必須条件はこんな感じだもん!? あ。でも、ヴィネは色々気を遣ってるって言ってたかしら? なんかね、今でも胸大きくなってるらしいわよ? まあ、ヴィネは魔族だからまた話が違うかもしれないけど。……いないんだけど、リュック」


 リュックたんは服を着て、家を飛び出していきました。

 最終決戦の前にどうしてもやらなければならない使命が生まれたのです。


 ミアリス様はパジャマを畳んでから「ご飯作っといてあげよ」と呟いて、リュックたんの家のキッチンに立つのであった。

 その姿は完全にコルティオールの女将そのものだったという。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 今日はオフのヴィネ姐さん。

 全ての要素がリュックたんの育乳のためにお膳立てされているようである。


「ヴィネさん! ヴィネさん!! リュックです!! 開けてください! 助けてください!! ヴィネさん!! 私、このままだと多分ストレスで死にます!! 助けてください!!」


 普段こんなにハキハキと喋らないややコミュ症なリュックたん。

 そんな彼女が世界の中心で愛を叫ぶのクライマックスシーンみたいな声で助けを求めるのだから、ヴィネ姐さんも穏やかではいられない。


「ど、どうしたんだい!? あたいに何かできる事はあるのかい!?」

「ヴィネさん!! 私のおっぱい育ててくださいっす!」



「本当にどうしたんだい? 疲れてるんだね? まあ上がりなよ。温かいミルク用意するから。クッキーもあるよ。自律神経が乱れてんのかもしれないね」


 こんなに優しい目の死霊将軍は見たことがないとは、リッチたちの証言である。



 事情を聞いたヴィネ姐さん。

 頼りになる姉御肌は魔王軍から春日大農場に籍を移しても健在。


「気持ちは分かるよ! あたいだって、やっぱり昨日よりも今日。今日よりも明日の自分に魅力的でいて欲しいって思うからね!」

「くあああ! 姉さん、かっけーっす!! じゃ、おっぱいおっきくしてくださいっす!!」


「……リュック? もしかしてあんた、生身の体の構造を理解してないのかい?」

「へ? 鉱石生命体となんか違うんすか?」


 全然違います。


 そこから始まる、ヴィネ姐さんの保健体育講座。

 女子の体の発育と成長の過程を、生物学的なアプローチでレクチャーした。


 リッチたちが気を効かせて母屋の衣装部屋から女教師の衣装を持って来たため、ヴィネ姐さんセクシー教師バージョンが爆誕する。

 なにゆえこの世界のおっぱい横綱である姐さんにジャストサイズの衣装があったのかは謎だが、多分病んでいた頃のミアリス様が「揉まれると大きくなるらしいし! Kカップくらいまで買っときましょ!!」とかしょうもない事言いながらポチったのだろう。


「マジすか……。え。でもっすよ? 私、どーなるんすか? 年齢は17なんすけど。これって成長期終わる寸前じゃないっすか? え。私のおっぱい、生まれた瞬間に成長ストップっすか? 童謡のシャボン玉の歌詞くらい切ねぇんすけど。生まれてすぐに壊れて消えるんすか?」


 これにはヴィネ姐さんも困り顔。

 彼女はスマホを取り出した。


 今さらだが、この異世界の人は困るとすぐにスマホを取り出し過ぎだと思う。


「コルティさんですか? ヴィネです。はい。あ、本当ですか? お口に合って良かったです」


 定期的にバーラトリンデへ食品加工工場の製品を仕送りしている姐さん。

 最近はフルーツトマト大福がお気に入りとのこと。


「なるほど。鉱石生命体って生まれた瞬間から大人の体なんですね。分かりました。お忙しいところすみません。あとはこっちで、はい。ミアリスに聞きます。失礼いたします」


 電話対応は実に丁寧なヴィネ姐さん。

 普段砕けた喋り方なのに、仕事モードになるとキッチリするお姉さんはどうしてこんなにも魅力的なのだろうか。


 電話が終わった後にまた砕けた感じで話しかけられると、「お、俺にだけ特別に気を許してくれてる!?」と勘違いしてその日は幸せに仕事ができるのである。


 それからミアリス様ともスマホで協議した結果、ヴィネ姐さんは1つの仮説にたどり着く。


「リュック。これはあたいの推測だけどね?」

「うす。覚悟はできてるっす」


「多分だけど、鉱石生命体ってさ。活動のために摂取したエネルギー使うだろ? ええと、あんたの主砲とか。あと、ドローン飛ばしたりとかさ」

「うす。そっすね」


「そのエネルギーの超過分が、恐らくあんたの新しく命を宿した胸の生育に向かうんじゃないかってのが、あたいたちの出した答えなんだけどね」

「す、すげぇ……! 筋が通ってる……!! つまり、栄養を取りまくればいいんすね!?」


「まあ、極端な言い方すればそうなるね。あんたは太ることないわけだからさ。栄養は全部胸に行くんじゃないかい? それって女子としてはかなり羨ましいよ!」

「マジすか!! うっしゃ!! 私、ご飯いっぱい食べるっす!!」


「そうだね! 頑張んな!! あたいも応援するよ!!」

「うす! あっ! 良い事思いつきました!!」


 元気を取り戻したリュックたん。

 水を差すこともないとヴィネ姐さんは同調する。


「お! いいね! 良い事はどんどんやっちまいな! それで? 何するんだい?」

「私、生活以外にエネルギー使うのヤメるっす!」


「うん。うん?」

「修行で今って、バンバン主砲撃ってんすけど! それヤメたら、その分おっぱいちゃんが喜ぶじゃねぇっすか!!」


「え? ちょっ」


 リュックたんは可能性の塊の胸を大きく張って、宣言した。



「もうマジで! 主砲とかぜってぇ撃たねぇっす!!」

「黒助。ごめんよ。あたい、なんかものっすごく余計な事した気がするよ……」



 こうして、リュックたんは自分の胸の可能性に希望を見出し、その日から以前よりも明るくなり、少しだけ積極的な女の子になれたと言う。

 代わりにコルティオール軍の戦力が激しく減少した。


 リュックたん最終決戦フォームとは、不戦の誓いなのだった。


 今日もコルティオールは平和だったが、世界の滅びる確率がほんのり上昇した。

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