第296話 春日鉄人と春日未美香の孤独じゃない孤独のファミレス

 春日家は本日、黒助と柚葉がお出かけ中で未だ帰宅せず。

 既に時刻は午後8時半。


 運の悪い事に、365日のうち362日は柚葉お姉ちゃんが何かしらの食べ物を備蓄しているにもかかわらずダメな方の3日を引いてしまったらしく、春日家にあるのは鉄人くん所有のカップ麺各種とカレーメシのみ。


 カップ麺もカレーメシも美味しいが、部活を終えて帰って来たテニス少女には物足りない。

 運動をたくさんする子はご飯もたくさん食べる。

 そして、ご飯をたくさん食べる子はだいたい誰しもが可愛いのである。


 ニート、動く時。


「じゃあ、ファミレス行こうか! 未美香ちゃん!」

「仕方ないから付き合ってあげるー!! お腹空いたから早く行こー!!」


 春日家の珍しい組み合わせの兄妹が空腹を満たすために冬空の下、出動した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 春日家には車は軽トラ一台しかなく、現在黒助が使用中。

 よって、鉄人と未美香のコンビは徒歩でファミレスを目指す。


「えー。鉄人のビュンって魔法で移動したらいいじゃーん」

「ダメなんだってさー。ベザルオール様がね、転移魔法は使う魔素が特殊だから、あんまり連用すると場所を特定されちゃうんだって」


「何言ってるのか分かんないー!! オタクってすぐそーゆう設定作りたがるよねー! あたしのクラスの男子もね、ペットボトルの蓋投げながら、ファイアージャイロボール!! とか叫んでたよ。今日。……鉄人、高校生レベルなんだ。かわいそー」

「あらぁー! 今の話の流れで、まさか僕がディスられるなんて!! いいじゃないの! 楽しいんだよ、ボトルキャップ野球!」


「子供っぽーい。むー。じゃあ早く行こ! 寒い!!」

「はいはい! 僕、言っとくけど足速いよ?」


「ふーん! ニートには負けないもーん!! あたしが勝ったら、デザート2つだかんね! 競争! よーいどん!!」

「たはー! 未美香ちゃんも結構子供っぽいじゃない! だが、それが良い!!」


 元気に夜道を走る女子高生と成人ニート。

 字面だけだと即刻通報されそうだが、見た感じは仲の良い兄妹に見える。


 普段あまり描写する機会が無いだけで、実はこの2人は案外普通にコミュニケーションを取っている。

 鉄人部屋にあるゲームや漫画を未美香たんは借りて行くし、鉄人くんがセルフィちゃん絡みの相談を未美香たんに持ちかける事もある。


「ぐぬぬぬっ。鉄人に負けたぁ……。ぐすんっ。もぉダメだよ……。あたし、きっと試合に2度と勝てないんだぁ……」

「ふふふ! ニートの本気に屈したね!! まあ元気出しなよ! ちゃんとデザート、好きなだけ食べさせてあげるから!!」


「ホントに!? やたー!! じゃあ早く入ろう!!」


 二名様ご来店です。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 女子高生がファミレスでご飯を食べる場合、全てとは言わないが8割はセットメニューである。

 お喋り目的であれば、ポテトとドリンクバーがジャスティス。


 逆に言えば「わざわざ単品で料理を注文する」と言う、一見無駄遣いの極みに思える愚行を犯すことで、女子高生のハートをグッと手繰り寄せる事が出来る。(地域、年代によって諸説あり)


「マジ!? バラバラで注文していいの!? 鉄人、どうしたん!? セルフィさんに振られたん!? そか、だから余裕があるんだ!!」

「失礼な義妹だなぁ。ベザルオール様からね、同人誌の売り上げを振り込んでもらったのよ! これが意外とあってねー!! ふふふ。今の僕はちょっとリッチだよ?」


「わー! 鉄人のくせに、なんか大人な余裕を感じる!! じゃあね、サラダ! チーズ入ってるヤツ!!」

「シーザーサラダじゃなくていいの?」


「出たー。女子を見たらとりあえずシーザーサラダ頼む男! テニス部ではね、シザーマンって呼ばれて蔑まれる存在なんだよ?」

「そうなんだねー。まあ、確かに安易に好みを決めつけるのは良くないなぁ」


 なお、ベザルオール様はコルティ様とのデートでそれをやらかして、ご機嫌を損ねた事がございます。


「あと、唐揚げ!」

「柚葉ちゃんに怒られそうだなー」


「いいじゃん! たまには! あとはグラタンでしょ! でぇ、このハンバーグだけのヤツ!! むふふー! 完璧!! あー! あと、ドリンクバー!!」

「僕はチキン南蛮定食にしよう。おっ、キムチあるじゃん! じゃあ味噌汁は豚汁に変えちゃおう!」


「なんかおじさんみたーい。ファミレスで定食頼むー?」

「兄貴はよく頼んでるよ?」


「お兄はいいの! 鉄人はダメー!! ボタンぽちっ!! 鉄人、注文お願いねー!!」

「はいはーい。あらぁ! 美人なお姉さん! ラッキーだなぁ! ええとですね、この店の高いものから順番に持って来て下さい!!」


「うわー。セルフィさん、すっごくいい子だけどさ。恋人の趣味だけは分かり合えそうにないなー。お姉さんに迷惑かけてないでちゃんと注文しなよー」


 意外とまんざらでもない様子のウェイトレスさんにオーダーを伝えて、2人仲良くドリンクバーへ。

 料理が来る前に2杯くらい飲んで、「やべっ。ちょっとお腹いっぱいになったぞ」と焦るのもファミレスの醍醐味。


 スープバーとサラダバーまであると、もはや人類に勝ち目はないに等しい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「うまー!! このジャンクな感じがいいよねー!! 鉄人、ハンバーグ一口あげよっか?」

「あららー! なになに!? 義妹のデレがついに僕にも来ちゃった感じ!?」


「嘘だもん! あげなーい!!」

「……これはこれでご褒美なんだよね!! ん!? そろそろかな!?」


 鉄人のスマホが震えた。

 メッセージが届いている。


『くっくっく。ハツラツ元気な義妹ちゃんと一緒にファミレスでイチャイチャご飯パート。寝る前にはギャルの彼女とテレビ電話でピロートーク。起きたらモーニングコール。優しい兄と料理上手でツンデレなもう1人の義妹。余はどれほどの徳を積めば、卿のポジションに転生できるのですか。教えてください。それだけが余の望みです』


 続けて、咽び泣くガイルのスタンプが連投された。

 ベザルオール様も鉄人製作ラインスタンプを購入されており、泣き顔のバリエーションがガイル、ゴンゴルゲルゲ、ブロッサム、メゾルバと何故か豊富に取り揃えられている事に戸惑っておられます。


 鉄人ははしゃぐミミっちのスタンプを送り返す。

 これほどストレートな精神攻撃もないかと思われ、事実ベザルオール様はスマホをベッドに放り投げられたあと、無言でswitchの電源を入れられたと言う。


「鉄人ー! スマホいじってないで、デザート頼もうよー!!」

「もう食べたんだ? 未美香ちゃんは育ち盛りだもんねー! いいよ、いいよ! 好きなの頼んで!」


「やたー!! じゃあね、ストロベリーパフェと、白玉ぜんざい!! 冷たいのと温かいの食べるの! にへへっ。頭いいでしょー?」

「やだ! 守りたい、この笑顔!! 僕はパンケーキ頼んじゃう!!」


「女子ウケしようとしてさ、パンケーキ頼む男子っているよねー。テニス部ではね、パンパンマンって呼ばれて蔑まれる存在になってるよ」

「未美香ちゃんとこのテニス部はあれだね。男子に当たりが強いね? ファミレスのパンケーキなんて、ただのうっすいホットケーキにシロップぶっかかってるだけなのに!」


 その後、きっちりデザートまで完食して笑顔の未美香たん。

 お会計を済ませると、こんなに食べて3000円で足りてしまうミラクル。


 ファミレスは素晴らしいと言う事実を春日家は啓発していくのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 帰宅後。


「……鉄人さん? 未美香をファミレスに連れて行きましたね?」

「秒でバレてる!! なんで!?」


「お姉にラインしたもん。怒られるのヤだからさー。鉄人に無理やり誘われたって言っといたの! 断ったら、やらしーことするって脅されたって!!」

「あらやだー!! すっごい悪質な言い訳されてる!!」


「……その脅し文句は。……はい。次の作品に使えそうなので、私が一旦持ち帰ります!」


 柚氏は変なものを最近よくお持ち帰りします。

 これは仕様です。


「ニートは明日から3日ほど、納豆だけですからね」

「いいもん! 僕、納豆ご飯好きだし!!」


「ご飯? それってどこで手に入れるんですか?」

「柚葉ちゃんはきっとね、とても良い鬼嫁になると思うな!!」


 最後の不用意な発言で、1週間ほど納豆を食べ続ける事になるニート氏。

 コルティオールに行けばギャルが手料理作ってくれるので、まったくダメージがない点は実に腹立たしい。


 今日の、いや。

 ファミレスはいつも平和なのであった。

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