第295話 春日黒助と春日柚葉の孤独じゃない孤独のグルメ

 その日、春日黒助は軽トラを走らせて50キロほど遠方へ出かけていた。

 隣にはテニスウェアの上にコートを羽織った柚葉。


「すみません、兄さん。急に助っ人を頼まれてしまって。お断りするのも嫌だったので、兄さんに連れてきてもらえて助かりました!」

「気にするな。俺も柚葉のテニスをたっぷり観戦できたからな。有意義な1日だった」


 柚氏は多くのサークルに助っ人参戦する優勝請負人として、時岡大学の中で名声を高めている。

 彼女は清らかな心の持ち主なため、「お願い! どうにかならないかな!?」と頼み込まれると、基本的にどうにかしてあげる聖女様。


 今回もテニスサークルで欠員が相次ぎ、試合前日になって柚葉のスマホにSOSがやって来たのだと言う。

 朝のリビングでソファに転がっている愚兄に声をかけると、「ごめんねー! 午前中にセルフィちゃんと約束があるのよー!!」と手を合わせて謝罪してきたニート。

 憤慨していると黒助がツナギを着てリビングに出現し、事情を聞いた。


 2分で黒いセーターに黒いジーンズ、黒いニット帽姿に着替えた彼は電話をかける。


「もしもし。俺だ。ミアリス、すまんが今日は休む。柚葉が一大事らしい。ああ。そうだな。俺も、妹のために動けなくなった俺は、もはや俺ではないと思う。ああ。感謝する」


 短い通話を終えると軽トラに乗り込み、エンジンをかけてから「柚葉。スマホでナビを頼めるか? 俺がスマホのナビを使おうとすると、だいたいインターネットが壊れる」と、軽い感じで世界の生活インフラを脅かすので、柚氏も「はいっ!!」と笑顔で応じた。


 今は午後7時半を少し過ぎたところで、道中に事故渋滞と遭遇したため自宅までは30分以上かかる。


「少し腹が減ったな。柚葉。どこかで飯を食うか」

「わぁ! 兄さんと2人で外食なんて、すごくレアですね! 是非!! 未美香にはラインしておきます!!」


 こうして、2人は道路沿いにあった少し古い居酒屋に軽トラを停めた。

 本日。孤独のグルメ回でございます。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「らっしゃーせー!! お二人様ぁ!! こちらのお席にどぅぜぇー!!」


 元気の良い店員さんに迎えられ、2人は個室に案内される。

 まず黒助が問う。


「すまんが、店員さん。俺たちは車で来たため、酒は飲まんぞ。つまり、客単価が安くなる。それなのに個室に通してもいいのか?」

「ぇやー! うちぃ、そーゆう区別はしねぇんでー!! 家族経営っすからぁ! 焼き鳥一本しか食わねぇお客様でもぉ、マジゴッドなんすよね!! お気になさらずでぇーす!! お冷とおしぼりぃ、あとぼったくりみたいな量のキャベツの浅漬けお通ししやーす!!」


 黒助は満足そうに頷いた。


「今時、なかなかあそこまでは言い切れんな。気持ちの良い店だ」

「ですね! 真っ赤な髪がとてもお似合いでした!! けど、どうして個室なんでしょうか?」


「察するにな。柚葉のスカートが短いからだろう。チラッと見たが、客席は全て座敷だった。つまり、座ればそれだけスカートが捲れるリスクも高まる。個室ならば、身内だけになるからな」

「おおー! そんなお気遣いを頂いていたんですか! 勉強になりました!!」


 赤い髪のお兄さんがほんのちょっとしかキャベツがない小鉢を差し出して、「ご注文お決まりえっすけぇー!!」と笑顔を見せる。

 前歯が3本抜けているのがチャームポイント。


「聞くが。おススメは? 気遣いに応えるには、自慢料理を食う事だと愚考する」

「うちぃ、焼き鳥ガチってんすよねー! 個別メニューあるんでぇ! どぅーっすかぁ?」


「ほう。確かに多いな。柚葉、どうする?」

「兄さんにお任せします! 私、好き嫌いないですから!!」


「そうか。では、この定番を全て2本ずつくれ。たれと塩で。聞くが、おたふくと油つぼとはなんだ?」

「おたふくはリンパっすねー。油つぼはニワトリの尻尾の付け根なんすよねぇー。マジレアいんでぇ、おススメっすぇねー」


「そうか。では4本ずつくれ。ほう。野菜串もあるのか。ししとう、しいたけ、ねぎ、ぎんなん。ししとう。全部くれ」

「あじゃーす!!」


「あ! 兄さん! こっちの女性におススメって言うの、食べてみたいです! いいですか!?」

「もちろんだ」


「ではではー。エビ生春巻きと、豆腐ステーキ! 真鯛とズッキーニのカルパッチョ! お願いします!!」

「あじゃーす!!」


「ふむ。あとは米が食いたいな。ほう。牡蠣とトマトの炊き込みご飯か。美味そうだ。これをくれ。肉巻きいなり寿司か。珍しいな。どちらも2人前くれ。あとはウーロン茶を2杯頼む」

「おじゃーす!! ごちゅーもんくりかえしゃーす!!」


 活舌の悪さこそ目立つが、完璧な復唱をキメて赤髪の店員は去って行った。


「私、居酒屋になんて来ないのでとてもワクワクします!」

「そうか。大学生は週3で居酒屋に行くと聞いていたのだが、そんなものか」


「ニート……鉄人さんですね? あの人、すぐに適当な事を言うんですから。私は外でお酒飲みたくないんです。自分を律する自信がないので! おうちで飲みます!」

「ほう。柚葉、酒が飲めたのか?」


「あはは。実はまだ飲んだことないんですよ。兄さん! 今度付き合ってください!!」

「ああ。構わんぞ。鉄人も呼ぶか。あいつの作るつまみは美味いんだ」

「はい! おつまみ作ってもらったら、私が1万円あげるので、鉄人さんにはネットカフェに行ってもらいますね!」


「そうか」

「はい!!」


 ニートは社会的に見ると悪なのかもしれないが、拙作では人に迷惑をかけていないニートを揶揄したり、中傷したりは決していたしません。

 私もなりたいと常々憧れている職業だからです。夢しかねェんだよなァ。


 拙作でしばしばニートの鉄人氏が嫌われるのは、主に「おのれ貴様、そこになおれ案件」に抵触しまくり、「柚氏のラブラブ空間」の邪魔をするからなのです。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 運ばれて来た料理を順序良くモグモグしていくのが居酒屋のジャスティス。

 最近では、一切アルコールを飲まずに居酒屋メニューだけを楽しむお客も増えているとか。


 だが、黒助も言ったようにアルコールを飲まないと客単価が安くなるため、嫌な顔をする店もあるかもしれない。



 そんな店には2度と行かなければ良いと、偉大なる全知全能のベザルオール様は言っておられます。

 「くっくっく。それやったらあかんのならさ、飲み客以外お断りって張り紙したらええやん?」との事です。



「確かに美味いな。焼き鳥。ニワトリの尻尾の先だったか? 脂っこいが、不思議と次が欲しくなる」

「トマトの炊き込みご飯なんて初めて食べましたけど、美味しいですね! むむー。これは研究して、家で再現しなくては!! わー。肉巻きいなり寿司って、豚バラなんですね! これは私が作ったものを兄さんに食べさせてあげたいです! 仕事終わりにきっと合います!!」


「ふふっ。楽しそうだな」

「あっ。す、すみません……。ちょっとはしゃいじゃいました……。あはは。なかなか兄さんと2人でご飯なんて機会、ないので」


「いや、大いにはしゃいでくれ。実は俺も少しばかりはしゃいでいる」

「えー? そうですか?」


「ああ。これを見てくれ。勢い余ってししとうを重複注文していた。気付かなかったが、伝票にちゃんと2つ項目がある。どうやら、テンションが上がっていたらしいな。よりにもよって、ししとうを選ぶあたり、特にな」

「あはは! そうですね! お口の中が痺れちゃいそうです!!」


 それから、1時間ほど居酒屋飯を堪能した春日兄妹。

 彼らは満足した表情で店を出る。


 「ごちそうさま。美味かった。また来る」と言って。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃。

 春日家では。


「ねー。鉄人ぉー」

「どうしたの? 未美香ちゃん」


「お腹空いたー」

「仕方ないじゃないのー。柚葉ちゃん帰り遅くなるんだから。僕のカップ麺分けてあげたじゃない?」


「やだぁー!! もっと美味しいのが食べたい!! 鉄人のばか!! そーゆうとこなんだよ!!」

「んー。じゃあ、ファミレスにでも行こうか? たまには僕がご馳走しちゃうよ?」


「え!? ホントに!? 行くー!! 仕方ないなー。あたしが鉄人とファミレスデートしたげるー!!」

「あらー!! ベザルオール様にラインしとこ!!」


 次回。

 春日鉄人と春日未美香の孤独じゃない孤独のファミレスです。


 お腹を空かせてご覧ください。

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