第291話 クリスマスイブ、春日黒助にベザルオール様を取られたコルティ様のリベンジデート(12月26日)

 本日。12月26日。

 春日大農場、および魔王農場は既に年末年始の休暇に突入しており、当番制で水やりなどの作業をする従業員を除いて、各々が自宅や故郷にて今年1年を振り返っている。


 とある山脈。

 魔王城では。


「ベザルオール様。失礼いたします」

「くっくっく。アルゴムよ。ウマ娘が余を殺しにかかってきた。コパノリッキーちゃんからファル子の衣装違い。しかも可愛い。そこからタイシンとチケゾーの衣装違い。サポカが新環境のために必須。くっくっく。余のコツコツ貯めて来た石38000が全部なくなった。けどね、みんな可愛いんよ。見て、これ。お小遣いなくなったけど。余は満足。よし、鉄人とリュックたんにスクショして自慢したろ」


 アルゴムはこめかみを押さえて沈痛な面持ちを見せる。

 本来ならば彼は休暇を取り、自宅のサボテンにお水をあげる予定だったのだが、その溢れ出して震える忠誠心がベザルオール様を置き去りにできない。


「……ベザルオール様」

「くっくっく。なんぞ?」


「コルティ様がおいでになられるそうです。先ほど、ポンモニ様から連絡が」

「くっくっく」


「かなりご機嫌が悪いとの由でございます。……ご準備を」

「くっくっく」



「くっくっく。……マ? 3時間スマホ抱えてトイレに籠っても良かろうか?」

「良いとお思いならばご随意に。私、今度こそ家に帰ってサボテンの世話をします」



 ベザルオール様。

 地獄のリベンジクリスマスが始まる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから1時間後。

 新しく建造された宇宙要塞『ウェディングベザル』が魔王城の近くに降り立った。


 名前から漂う、もはや逃げられない気配。


「ようこそお越しくださいました。コルティ様」

「アルゴムさん。こんにちは。ベザルオール様はおいでですか? さぞかしお忙しいのでしょうね? なにせ、クリスマスイブに連絡もなく、ならばとクリスマスも待機していたら連絡がなく。私、ストレスでお腹痛くなりました」


「ははっ! すぐにご案内いたします!!」

「お願いします。……クリスマスツリーを一緒に飾り付けたのは何だったのでしょうか。アルゴムさんはご存じですか? 私、クリスマスの文化に疎いものですから」


「はっ! ……私も存じ上げません!!」


 アルゴムは思った。



 「このお方! ノワールに洗脳されておられた時よりも恐ろしい……!!」と。



 謁見の間では、正装に着替えたベザルオール様が玉座に座り、スマホを片手に慌てておられた。


「くっくっく。オッケーグーグル。クリスマスうっかりすっぽかした時の対処法を教えて。くっくっく。全部彼女がすっぽかされた時の復讐の方法でワロス」

「べ、ベザルオール様! ベザルオール様ぁ!!」


「くっくっく。アルゴム。しばし待て。今、賢者たちにラインで相談するところよ」

「ベザルオール様ぁぁぁぁ!!」


 アルゴムが必死に叫ぶのでそちらを見ると、ベザルオール様に匹敵する魔王が立っていた。

 サンタ服を着て。


 ベザルオール様は思われた。



 「くっくっく。これはまず過ぎる。サンタ服まで用意しておったとは。しかも。これ見よがしに着て来とるやん。もう何をやってもあかんのではないのか」と。



「ベザルオール様? ご機嫌いかがですか?」

「くっくっく。ちょっとお腹痛い。こ、コルティさん。よくぞ来てくれた」


「クリスマスツリー、まだ飾ってあるのですね?」

「くっくっく。……素晴らしい装飾であるゆえ。これを共に眺めるはコルティさんしかおらぬと思い、聖夜を超えても大事に取っておいたのだ」


 コルティ様もこれにはにっこり。

 笑顔で次の言葉を紡いだ。


「黒助様や他の皆様とクリスマスパーティーをされたのにですか? 私を呼ばずに」

「くっくっく」


 かの全知全能、偉大なる大魔王のベザルオール様が小刻みに震え始める。

 これは2000年以上の生涯でも初めての事であった。



「くっくっく。ねぇ、アルゴム?」

「……嘘を嘘で重ねれば、ベザルオール様! 待っているのは破滅にございます!!」



 ベザルオール様は激しい喉の渇きを覚えられた。

 願わくば、一杯のコーラを。

 ファンタを、スプライトを。


 カルピスでもヤクルトでも、ウーロン茶でも良い。

 もうホースから出る水で良い。


「ベザルオール様? 私、良いものを作って参りました。センブリ茶と言うものらしいです。岡本さんが譲ってくださいました。水筒に入れておりますので、どうぞ。お飲みくださいませ」

「くっくっく。避けられねェ。……頂こう。喉が渇いておったのヴォエ。……エキゾチックな味がする。くっくっく。実に味わい深く口の中で転がせばヴォエ」


 死せる大魔王のスマホが震えた。

 目の前でキレている女将の愛娘からであった。


『何やってんだよ、大魔王! 仕方ねぇな! 女将、クソチョロいぞ! あんたの手料理が食べたいって、クリスマス前に3時間も長電話してきやがった! ま、まあ、私も? 好きな人の手料理とか、ぶっちゃけ萌えるっつーか?』


 その時、ベザルオール様に天啓降りる。

 次の動きは早かった。


「くっくっく。コルティさん。空腹ではないか」

「はい。心がポッカリと虚しいです。レミオロメンの粉雪をリュックが聴かせてくれたのですが、7回泣きました」


「くっくっく。……リュックたん? で、では、余があなたに心ばかりの手料理を作って差し上げたい。よろしいか?」


 コルティ様の髪型は基本的にロングヘアーをそのままなびかせているが、デートの時には大きなポニーテールを作る。

 そのポニーテールが激しく揺れた。


 勝機。


「ベザルオール様。こちらにご用意、整ってございます」

「くっくっく。アルゴム。卿、来年から給料3万円アップね」


 アルゴムがキッチンセットを謁見の間に運び込んだ。

 古くは料理の鉄人やビストロスマップなどでよく見た、あれである。


「くっくっく。では、参ろうか。余は全知全能。この世を統べる大魔王ベザルオールである。今日はこれから、卵料理でコルティさんをもてなそう」


 エプロンを装着されたベザルオール様。

 コルティ様のポニーテールがピクピクと左右に揺れる。


 ちなみに、この2人の思い出の料理が卵料理。

 ノワールに横やりを入れられて諍い合うようになったのが目玉焼き。


 ならば、今こそ関係を修復する時。


 ベザルオール様は手際よく調理をこなし、30分ほどで3皿ほど仕上げられた。

 アルゴムが用意したテーブルにそれを並べる。


「くっくっく。左から、スコッチエッグ。スパニッシュオムレツ。フレンチトーストである。お口に合えば良いが。さあ、おあがりよ」

「い、いただきます……。私のために、お料理を……!! ぁぁぁぁぁ……。ぃっちまぃそぅです……!!」


 既に言語がおかしくなりつつあるコルティ様。

 勝ったな。ガハハ。


「んっ! この卵! 外はカリカリ! 中はトロトロ!! とても美味しいです!!」

「くっくっく。だいたい全部、食戟のソーマで覚えた」

「ベザルオール様ぁ! 必要のない事を口に出されないでくださいませぇ!!」


「オムレツ……。なんて優しい味……」

「くっくっく。コルティさんには優しい料理がよく似合う」

「それはよろしいです! 大変素晴らしい言葉のチョイスです!!」


「フレンチトースト……! 私、ホテルの朝食でお、お慕いする、殿方と……共にフレンチトーストを食べるのが夢なのです……!! ご存じだったなんて……!!」

「くっくっく。偶然のいたずらワロリーヌ」

「ベザルオール様ぁぁぁ!! お黙りくださいませぇぇぇぇ!!!」


 食事を終える頃には、コルティ様の表情に笑顔が戻っていた。


「うふふふふ! ベザルオール様ったら! このようなサプライズを仕掛けられるだなんて! 私を怒らせるのも作戦のうちでしたのね! もう! やられました!!」

「くっくっく。あ゛あ゛っ、痛い!! アルゴム、なんで余のお尻つねるん!? ……コルティさんにも時には刺激を味わって欲しかったのだ。くっくっく」


 それからコルティ様は夜の8時まで、まさかの7時間滞在をキメ、ベザルオール様とアルゴムの精神力をギリギリまで削ったところで笑顔のままウェディングベザルに乗り込みバーラトリンデへと戻って行った。


「くっくっく。アルゴムよ」

「はっ」



「くっくっく。クリスマス、来年からヤメよう?」

「我々がヤメても、クリスマスはやって参ります。諦めてください」



 こうして、この世界の全クリスマスイベントが終了した。


 今日の魔王城はギリギリ平和であった。

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