第283話 【柚葉ルート】春日黒助と春日柚葉のイルミネーションデート

 時岡駅前には、リア充が集結していた。

 つがいの者。片割れを待つ者。

 だいたい2種類に分類されるが、「待っていたのに誰も来なかった者」と言う悲しき希少種も誕生する事はこの場にいる全員が知っている。


 そして「いや、自分じゃねーし」と思っている。

 人間とは、不幸が肩を叩いて来る瞬間まで自分とは無関係だと考える愚かな生物。


 そんな中、ひと際異彩を放つ男が腕を組んで待機していた。

 黒いジーンズに黒いセーター。黒いコートを羽織った彼の名前は春日黒助。


 やって来たのは短いスカートに網タイツのセクシーなお姉さん。


「おー! お兄さん! ひとりー? 寂しくなーい?」

「ふむ。確かに俺は独りだ」


「えー。かわいそー! お兄さんイケメンだしさー! これあげる! そっちの路地にあるビルでねー! 女子が良い事してあげちゃうよー!!」

「ほう。聞くが、良い事とは具体的に」


 そこまで黒助が口に出したところで、全力疾走してくる乙女が1人。

 彼女は積極的に運動をしないだけで、動けばかなりのフィジカルを発揮する事はファンの間で広く知られている。


「はぁ、はぁ! 兄さん! お待たせしました!! 行きましょう!! 兄さん!!」

「おっと。柚葉。そんなに急がなくとも良いだろうに。約束の時間まであと40分あるぞ」


「はい! ……兄さんを甘く見ていました。私の中では30分前で大丈夫なはずだったのに!! すみません! この人! 私と! わ・た・しと!! これからデートですので!!」

「なんだー。お兄さん、ちょー可愛い彼女いるじゃんかー。じゃ、楽しんでー」


 春日柚葉さん見参。

 黒助の義妹であり、ガチ恋勢の1人。

 この男と一緒に過ごした時間の長さは黒助ハーレムの中でも最長タイ記録を保持するベテランである。


 なお、昨年のクリスマスは「すまん。農協の忘年会に行ってくる」と言って黒助が朝まで帰ってこなかったため、何も思い出は作れず。

 柚葉が農協を少し嫌いになっただけであった。


 それだけに今年は気合の入り方が違う。


 タイトスカートは膝上15センチと清楚の境界線のギリギリを攻めていく。

 タイツを穿いているのでストレートな破壊力は下がるが、程よいセクシーをキープ。

 あとはニットとコートで綺麗にまとめてきた。


「では。行くか。柚葉、その服は可愛いな」

「ふふっ。兄さんならきっと言ってくれると思いました! ……最近の兄さんは可愛いって言う頻度が高いですから。女子に対して」


「しかし、この間見たアレもとびきり可愛かったな」

「え? なんですか! なんですか!! 私、そんな可愛い恰好しましたっけ!?」


「アレだ。そう。思い出した。どうも名前が覚えられなくてな」

「もー! なんですかぁー!? 焦らさないでくださいよぉ!!」



「ミニスカメイドと言ったか。ほら、同人誌即売会で着ていた。たまに家でも恥ずかしそうに着てくれるヤツだ」

「うぐぅ……!! に、兄さん……。それ、あの……! 嬉しいですけどぉ……!!」


 パラレルとは言え、過去の歴史はしっかり継続しております。



 柚氏にとって痛恨のダメージである。

 黒助に「可愛い」と言われるだけで肌艶が良くなり、寿命は2日伸びる彼女だが、基本的にセクシーな恰好も水着も下着も裸も自発的に見せていくのが柚氏のやり方。


 不意討ちで見られたミニスカメイドは裸を見られるよりも恥ずかしいのである。


「そうそう。あの本な」

「は、はぃぃぃ!? ほ、本!? えっ、ああ、へ、まさか!? う、嘘! 嘘ですよね!?」



「鉄人がこっそり見せてくれたんだ。柚葉そっくりの可愛い子が出ていてな。いや、若い子は積極的だな。はっはっは」

「……あのニート、殺します。サンタクロースの代わりに、私がニートにプレゼントを届けます。血の色で染めてあげます。ふふ、ふふふふっ」



 柚氏が瞳の光を失ったところで、イルミネーションデートが始まった。

 割と最悪のスタートである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 柚葉さんはふくれっ面。


「どうした。柚葉。気分でも悪いのか?」

「悪くないです……。ただ、何と言うか……。私は兄さんの中で、頼れる妹でいたかったのに。なんだか最近、恥ずかしいところばかり見られているような気がして……」


「そうか。だが、俺は近頃の柚葉は色んな事にトライしていて、実に魅力的に見えるぞ。大学に入って良かったのではないかと思っている。サークル活動をしてみたり、友人とも上手くやっているようだし」

「そ、そうですか? 兄さんがそう言うなら……。むぅ。ちょっぴり嬉しいですけど。……あれ? 兄さん、私がサークル活動してるとこ、見た事ありましたっけ?」


 妹もやらかしているが、この兄も結構大事なところでやらかす男。

 彼は脳を高速回転させた。


「お……」

「お?」


「お、鬼窪がな。先日、時岡大学に行く用事があったらしく、ついでに女子の様子を凝視していたら、柚葉を見かけたと言っていたな。は、はははっ」

「えー。鬼窪さんってそんなことする人だったんですかぁ……? ちょっとショックです……」


 じっとりした目で胸を抱える柚氏。

 黒助は「明日。鬼窪にありったけの野菜を持って行こう」と心の中で謝罪した。


 しばらく歩くと、イルミネーションが2人を出迎えた。

 クリスマス頃の時岡駅前通りは青年会が主催した大規模な電飾が売りの煌びやかな光のシャワーが評判である。


 が、人通りはあまり多くない。

 特にカップルが少ないのだ。


「随分とこの通りに入って人が減ったな?」

「それはですね。このイルミネーションをカップルで見ると、破局するってジンクスがあるらしいですよ? 大学のお友達が言ってました」


「ほう。それは大変だな」

「ですねー。大変です」


 柚葉が黒助の腕にギュッとくっ付く。

 兄を見上げると「ふふふっ」と笑う。


「私は平気です! むしろ、ジンクスどんとこいです!! だって、言い伝えとかを打ち破れるくらいの強い関係に兄さんとなりたい! と言うのが、私の想いなので!!」

「そうか。俺もそうなれば良いと思っている」


「へっ? そ、そうなんですか!? いつからですか!? ええっ! 知らなかったです!! 私、いつの間にか結婚秒読みでしたか!?」

「いや、柚葉と初めて会った時からだが」


「え゛っ!? あんなに小さな頃からですか!? 兄さんって、ロリ……ううん! あの頃は兄さんも小さかったから、セーフ!!」

「この小さな手に、たくさんの幸せを掴ませてやりたいと思ったものだ」


「あ。あー。……そういうあれでしたかぁ。私としたことが、ちょっぴり浮かれすぎて、兄さんの基本スペックを忘れてしまってました。あはは……。はぁ」

「まあ、本音を言うとな。柚葉は嫁にやりたくない。俺が旦那に立候補できたらどんなに良いかと時々思ってしまうくらいだ。はっはっは。我ながら気持ち悪いな」


 柚氏のエネルギーがフルチャージされました。


「兄さん!! 帰りましょう!!」

「む。どうした? 脚が冷えたか?」


「いえ! こんな縁起の悪い場所になんていられませんよ!! 本当は休憩できるところに無理やり滑り込みたいのですが!! 兄さんとの時間はこれからもたっぷりありますから!! 今日は家に帰りましょう!! お料理作るので、スーパーに寄っても良いですか?」

「ああ。構わんが。では、予約した店は鉄人に譲るか。……よし。メール完了。おお、さすがに返事が早いな。鉄人とセルフィが行くらしい。転移魔法で」


 柚氏の瞳が怪しく光る。


「ん? 未美香はアキラちゃんの家に泊まると言ってましたね……? はっ!!」

「今度はどうした?」


「私! 今晩は……!! 頑張って、ミニスカメイドになりますねっ!! 兄さんだけの専属です!!」

「そうか。それは嬉しいな。じっくりと楽しませてもらおう」



「はい! 夜は長いですから……!!」

「明日も休みだしな」



 その後、黒助と柚葉は小走りで国道を2キロほど走り、スーパーに寄って直帰した。

 2人とも息ひとつ乱れていなかったらしいが、その後も乱れなかったのかどうかは分からない。


 この時空のクリスマスは平和であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る