第280話 ミアリス様と春日柚葉と春日未美香のデパ地下ぶらり歩き

 本日はミアリス様が現世に出動中。

 まず時岡デンタルクリニックで精神修行を始める。


「……11時に予約していた。み、ミアリスです」

「すぐにお呼びいたしますので、そちらにお座りになってお待ちください」


「あ。いえ。その。無理なら呼ばなくて平気です……」


 瞳から光を消すと言うヤンデレモードを会得したミアリス様。

 病んでいるのは歯なのだが、ここ2週間の治療ラッシュで心が完全に疲弊しておられるご様子。


「ミアリスさーん。奥から3番目のお部屋にどうぞー」

「ひっ! は、はい……」


 歯科医師は数ある医者の中でも当たり外れが大きいとされている。(諸説あり)

 歯医者の数がそもそも多いので、その分外れも増えると言う情報をインターネットで見たミアリス様。


 「わたしの歯医者さん、絶対に外れなのよ……! だって! 痛いもん!!」と八つ当たりを開始していた。

 なお、自分がちょっとでも苦痛を感じると「あそこはやぶ医者」と吹聴したり、完治したあとでも「あそこじゃなけりゃもっと早く治っとったわ!!」と捨て台詞を吐くのはギルティとされており、「じゃあ来るんじゃねぇよ!!」と言われかねない反則行為。


 常に謙虚な姿勢で治療に臨むからこそ、本当におかしな相手と遭遇した時のクレームが意味を持つのだ。


「ではね、ミアリスさん。今日は上の奥歯を削りますから。麻酔しますからねー。痛くないですよー。おい、誰か!! ブランケット持って来て!! 急いで!! 速く!! 私が危ないから!! 誰でも良い!! 急いでぇ!!」

「ふぐぅぅっ!! うぅぅぅぅっ!! むぃぃぃぃっ!! んんんんんっ!!」


 ミアリス様は本日、膝丈のスカートを着用。

 この後にも予定があるためオシャレ着で来ていた。


 いかに清楚な丈を誇っていても、自分で裾を掴んでたくし上げると何の意味もない。

 ミアリス様は歯医者さんの恐怖に耐えかねて、スカートの裾をキュッと握ったまま手を胸の位置まで持って来ていた。



 大惨事である。



 駆けつけた歯科衛生士さんの手によって、男性歯科医の社会的地位は守られた。

 彼は「次からこの人がスカートで来ていたら、別に医師に頼もう」と決意したと言う。


 ある程度の年齢になると、ラッキースケベも種類によっては直接命を刈り取りに来るので注意が必要だと、かの医師は教えてくれた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 肩を落としてトボトボ歩くミアリス様。

 無事に今日の治療を終えたところであり、これから駅前に移動する。


 歩いて10分の距離であり、12月にしては気温が高い事も手伝って軽いウォーキングが気分転換になったらしく、到着する頃にはいつもの笑顔が戻っていた。


「あ! おーい! ミアリスさーん!! こっちこっちー!!」

「こんにちはー!!」


 春日姉妹と待ち合わせ。

 今日はこれから、春日大農場で行われるクリスマスパーティー用の料理を予約するのである。


 時岡市の駅の横には老舗デパートがあり、近頃はイオンによる猛攻を喰らっているが未だ健在。

 3人の乙女たちはデパートに吸い込まれていった。


「うぅー。虫歯って怖いのね。もうわたし、1日に5回は歯磨きする!!」

「あははっ。知ってますか? ミアリスさん。虫歯ってキスでうつるらしいですよ?」


「え゛っ!? そ、そうなの!? そうなのぉ!? クリスマス前なのに!? そんなぁ……!!」

「お姉のいじわるー! 平気だよ、ミアリスさん! お兄の体に入ったウイルスはみんな死滅するんだって! お兄が言ってた!!」


 淑女協定により「クリスマス前にはあらゆる戦争行為の禁止を徹底する」事が黒助ハーレムでは締結済み。

 全員で「誰が選ばれても恨みっこなし!!」と決めている。


 ギスギスしないのは実に素晴らしい。

 ——今のところは。


「おー! 来たー!! デパ地下!! んー! いい匂いだねっ!! お腹空いたきちった!!」

「すごいわね。噂には聞いてたけど。この辺り全部が食べ物の売店なんだ。へぇー」

「あ! 見てください! ミアリスさん! 玉子サンドがありますよ!! 人気なんです! 試食もありますから、ちょっと頂いてみましょう!」


 いわゆるだし巻き卵が挟んであるタイプのサンドイッチ。

 お値段1400円。


「たっか!! 高い!! なにこれ! 詐欺なんじゃないの!?」


 誰しもが通る道をミアリス様も通過した


「わー! ダメですよ、ミアリスさん! そんな大きな声で! あ、すみません!」

「確かに最初はビックリするよねー! けどけど! だから試食があるんだよっ! はい、ミアリスさん! あーん!!」


「こんな意識高そうな食べ物、わたしには合わないわよ。まあ、未美香が言うなら……。はむっ。うわぁ、おいしー!! 詐欺じゃなかったぁー!!」

「すみません! 外国の方なので! 初めてなんです、デパ地下!! ごめんなさい!」


 デパ地下の高い食べ物は結構な割合で本当に美味しいので困る。

 ミアリス様は迷わず10箱ほど注文を行った。


 次に乙女たちが目を付けたのはサラダを扱っているお店。

 とりあえずシーザーサラダ食わせとけば女子は納得するなどと口を滑らせると数多の乙女たちから反逆に遭うとコルティオールの魔王城では伝えられている。

 「くっくっく。コルティさんにガチギレされた。くっくっく」と、偉大なる全知全能の大魔王様がつい先日経験された実体験らしい。


「やっぱりサラダは欲しいですよね! 女の子も多いですし! 兄さんの農場!」

「んー。けどさ、柚葉? 農場でも野菜が採れるのにサラダ買うのって、もったいなくない?」


 ちょっと母ちゃんみたいな事を言い始めるミアリス様。

 家で採れる野菜とデパ地下のサラダは違うんだよ、母ちゃん。

 食ってみたら分かるから。


「わぁ! お姉! ミアリスさん!! 見て! ローストビーフサラダとシーフードサラダだって!! おいしそー!!」

「それってもうサラダじゃなくない? あ。また未美香が食べさせようとするんだから。言っとくけど、わたし野菜にうるさいからね? そんな、ちぎって混ぜただけなら採れたて野菜を生でかじった方が絶対にうわぁぁ! おいしー!!! なによこれぇ!!」


 各種サラダを7人前ずつご予約完了。


「むむー。これは強敵ですよ。キッシュがあります」

「なにこれ? ケーキ? お好み焼き?」

「すみませーん! ふむふむ。ありがとうございますっ! あのね、パイとかタルト生地に牛乳とかクリームとかチーズとかとお野菜入れて焼くんだって!!」


 当然だが、試食をする。


「1番人気はこちらですか。むー。やはりクオリティが高いです」

「ほうれん草とベーコン! おいしーヤツだ!!」

「こんな甘くないタルトなんてどうせうわぁぁぁ! ダメぇ! おいしー!!」


 落ちるまでの時間がどんどん短縮されていくミアリス様。


 それからも文句を言いながら各店で屈し続けた当代の女神は、膨れたお腹を押さえながらカフェで休憩中。


「いっぱい買えたねーっ!! あたしね、チキンが好き! えっと、ドーナツの次に見たヤツ!! 名前が難しくてー。んー? なんだっけ?」

「ふふん! ポルチーニクリームソース仕立てね! 鶏ももがまるまる1枚使われてて、満足感あったわよね! ご飯でもパンでも合いそう!!」


「私はチキンならクリスマスらしいローストレッグチキンが楽しみです! あまり外では食べられませんし。女の子がかぶりつくのはちょっと。ふふっ。けど、農場の皆さんは家族みたいなものですから! 私、豪快にいっちゃいます!!」

「から揚げタイプに照り焼きタイプも良いけど! ローズマリーでじっくり焼いたヤツが絶品だったわよね! たくさん注文したから、全員食べられるわよ!!」


 ミアリス様はスマホを取り出して「ちょっと黒助にお会計の報告してくる!」と言うとカフェから少し離れた共用スペースへ。


「あ! もしもし! 黒助! いっぱい予約したわよ! うん! 柚葉と未美香と! そう! 楽しかった!! やっぱりいい子よね、2人とも! あのさ、お会計がかなり高いんだけど、ホントにいいの? うん。太っ腹じゃない! そっか、1年に一度だもんね。はーい。領収書はバッチリ! オッケー! すぐ帰るわね!!」


 嬉しそうに電話をする女神を見つめてこちらも嬉しそうな春日シスターズ。


「ミアリスさん、元気になってくれましたね!」

「ねー! 鉄人もたまには役に立つよね! ミアリスさんを元気にしよーって!」


 実は春日家総出で虫歯に苦しむ女神を救済する目的だった本日のお出かけ。


「鉄人にもお土産買ってく?」

「これでいいですよ。スティックシュガー。きっと喜んでペロペロします」


 今日も現世は平和であった。

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